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 ●シラバスとは何か(2) ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.1.0 2019年07月15日

※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで126000文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約315枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。

この「シラバス論は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【1(第1章~第3章)】と【2(第4章~第5章)】に分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打っています。この形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。よろしくお願いします。→大学カテゴリーランキング

※文中、書籍の縦書きを想定してほとんどすべての数値を漢数字にしています。悪しからず。
※本文中、(●)などの表記が見られる場合は、その前に来る言葉の傍点ルビや読みがなルビを意味している。●が一個だと前の文字一つのルビ、●●と2個だと前の文字二つのルビなどを意味しています。

※以下全体の目次です。(一)~(三)までが「シラバス論(1)」の内容になります。

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 ●シラバスとは何か(1) ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.1.0 2019年07月15日

※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで126000文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約315枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。

なお、この記事は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【1】と【2】に分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打っています。この形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。よろしくお願いします。→大学カテゴリーランキング

※文中、書籍の縦書きを想定してほとんどすべての数値を漢数字にしています。悪しからず。

※本文中、(●)などの表記が見られる場合は、その前に来る言葉の傍点ルビや読みがなルビを意味している。●が一個だと前の文字一つのルビ、●●と2個だと前の文字二つのルビなどを意味します。


(一)一九九一年「大綱化」以降のシラバス(3頁)
①カリキュラムの自由化とシラバス
②カリキュラムの反対語としての講座制 ― 大学におけるカリキュラム形成の阻害要因

(二)「概念概要」型シラバスと「時間」型シラバスと(12頁)
① 授業概要が授業回毎に詳細化する意義 ― 概念のインカネーション(incarnation)としてのコマシラバス
② 教育=学習の目標開示としてのコマシラバス
③ コマシラバスと授業時間の設計 ― 教科書と教材との違い
④ コマシラバスの具体的な構造例 ― 「細目レベル」表示のあるシラバス
⑤ パワーポイントプレゼンはなぜ教育的ではないのか
⑥ 受講前・受講後フォローとしてのコマシラバス
⑦ 「見る」シラバスから「使う」シラバスへ ― メタ教材(教材参照体系)としてのコマシラバス
⑧ 授業評価・授業改善のプラットフォームとしてのコマシラバス ― 思惑の差分(●●)を意識することの〈双務性〉について

(三)コマシラバスによるカリキュラムの構築(31頁)
①単位制科目における深化の時間性
②小テストでは問えない科目の〈全体〉
③カリキュラムリテラシーとしてのコマシラバス
④教育と研究との接点としてのコマシラバス
④-一 教員はなぜコマシラバスを嫌うか
④-二 長い時間をかける教育としての大学教育とシラバス
④-三 「できる」評価=「行動目標」評価における行動主義(behaviorism)
⑤カリキュラム体系の一部としてのアセスメント・ポリシー
⑤-一 履修判定指標の必要性 ― 科目間接合とカリキュラム
⑤-二 「アセスメント・ポリシー」は「観点別評価」では代替できない
⑤-三 シラバスアンケートの実施

(四)「コマシラバス」という言葉と一〇年後のシラバス論(48頁)
① 教員の自己管理のためのコマシラバス
② 生涯学習的なコマシラバス
③ -一 学校教育の学生は生涯学習的な受講主体ではないということ
②-二 〝後がない〟社会人教育の緊密感
②-三 「アクティブな」授業評価者としての学生の育成
④ 一〇年後のコマシラバス論 ― 試験センターの創設と科目数の削減
③-一 最もリアルな授業評価としての学生模擬試験作成
③-二 〝できる〟評価の解像度再論
③-三 第三者試験を実施すること以外にはシラバス記載の凸凹は防げない
③-四 科目数の削減と必修科目の拡大 ― 五年後にできること
⑤ 「それでもシラバスは詳細化する意味がない」という教員のために
④-一 〈理解〉のない単調な暗記指導がますます〝できない〟学生を作り出す
④-二 〈答え〉もまたメタトークを必要としている ― どんな〝詳細な〟教材資料も授業の終点にはならない

(五)終わりに代えて ― 新しい人材像とシラバスとカリキュラムと(78頁)
① ハイパー論と大学の「機能別分化」論の隘路
② カリキュラムの文化性こそが格差社会を相対化する
②-一 むきだしの個人と階層格差 ― 人物評価入試はますます階層格差を拡大させる
②-二 〈方法〉と〈実体〉が一致する場処としての〈学校〉 ― 長い時間の教育

●参照文献一覧(学術論文でもないのでざっくりと読者の便宜のために挙げておきます)

(1) 1991年「大綱化」以降のシラバス

1. 大学審議会答申「大学教育の改善について」、1991年
2. 臨教審第一次答申「個性重視の原則」、1985年
3. 天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
4. 潮木守一『大学再生の具体像(第2版)』東信堂、2013年
5. 佐藤学「教養教育と専門家教育の接合」東京大学教養部第1回FD講演会、2004年
6. カント『諸学部の争い』岩波版カント全集18巻、2002年(1798年)
7. デリダ『条件なき大学』月曜社、2008年
8. シェリング『学問論』岩波文庫、1957年(1803年)
9. デリダ『他者の言語』法政大学出版局、1989年
10. デリダ『哲学への権利(二)』みすず書房、2015年
11. デリダ『声と現象』理想社、1970年
12. クルツィウス『ヨーロッパ文学とラテン中世』みすず書房、1971年
13. リオタール『熱狂』法政大学出版局、1990年
14. ビル・レディングズ『廃墟の中の大学』法政大学出版局、2000年
15. 栄陽子『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?』ワニブックス、2014年
16. 苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
17. 垂見裕子(「家庭背景による学力格差 ― PISA調査の分析から」日本教育社会学会大会発表要旨集録61、2009年)
18. 中澤渉『日本の公教育』中公新書、2018年
19. クリストフ・シャルル&ジャック・ヴェルジェ『大学の歴史』白水社、2009年
20. 吉見俊哉『大学とは何か』岩波新書、2011年
21. マーチン・トロウ『高度情報社会における大学』玉川大学出版部、2000年
22. 吉川徹『学歴分断社会』ちくま新書、2009年
23. 児美川孝一郎『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』日本図書センター、2011年
24. 古市憲寿『希望難民ご一行様』光文社新書、2011年
25. 本田由紀『若者と仕事』東京大学出版会、2005年
26. 天野郁夫『日本の高等教育システム』東京大学出版会、2003年
27. 濱中義隆『大衆化する大学』岩波書店、2013年
28. 蓮実重彦『私が大学について知っている二、三の事柄』東京大学出版会、2001年
29. 天野郁夫『大学の誕生』中公新書、2009年
30. 天野郁夫『帝国大学』中公新書、2017年
31. 立花隆『天皇と東大』文藝春秋、2005年
32. 潮木守一『ドイツの大学』講談社学術文庫、1992年
33. 内田樹『タルムード四講話』国文社、1987年
34. 金子元久『大学の教育力』岩波新書、2007年
35. 苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
36. 中教審「大学のガバナンス改革の推進について」、2014年
37. 中教審「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」、1971年
38. 天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
39. ヘーゲル『法の哲学(1)』中公クラシックブックス、2001年(1820年)
40. ドゥルーズ『哲学とは何か』河出書房新社、1997年


(2)「概念」型シラバスと「時間」型シラバスと

1. コルバン・クルティーヌ・ヴィガレロ監修『身体の歴史』藤原書店、2010年
2. 中島英博編著『授業設計』玉川大学出版部、2016年
3. 佐藤浩章編著『大学教員のための授業方法とデザイン』玉川大学出版部、2010年
4. 鈴木克明『教材設計マニュアル』北大路書房、2002年
5. 内田樹『街場の大学論』角川文庫、2007年
6. 内田樹『先生はえらい』筑摩プリマー新書、2005年
7. 苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』有信堂、2001年
8. 苅谷剛彦『イギリスの大学・ニッポンの大学』中公新書ラクレ、2012年
9. ピケティ『21世紀の資本』みすず書房、2014年
10. 内田樹『最終講義』技術評論社、2011年
11. 井上理「『実学』再考 ― 教育改革の動向」、高等教育研究・第四巻、2001年
12. 土持ゲーリー法一『戦後日本の高等教育施策』玉川大学出版部、2006年
13. 潮木守一『アメリカの大学』講談社学術文庫、1993年
14. マーチン・トロウ「高等教育の構造変動」in『高学歴社会の大学』東京大学出版会、1976年
15. コントラート・パウル・リースマン『反教養の理論』法政大学出版局、2017年
16. 小方直幸「大学の授業の何が課題か」in「高等教育研究 第一七集」玉川大学出版部、2014年


(2)「概念概要」型シラバスと「時間」型シラバスと

1. 苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
2. 蓮実重彦『私が大学について知っている二、三の事柄』東京大学出版会、2001年
3. 拙著『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン社、2013年
4. 川添信介『哲学の歴史(第三巻) ― 神との対話』講談社、2008年

(3)コマシラバスによるカリキュラムの構築 ― 教員は授業機械か?

拙稿「大学入試改革の時代錯誤について ― 『人物本位入試』は階層格差を拡大する」(「教育と医学」慶應義塾大学出版会、No.733号)


(4)「コマシラバス」という言葉と一〇年後のシラバス論

1. テッドネルソン『リテラリーマシン ― ハイパーテキスト原論』アスキー出版局、1944年
2. 竹内洋『日本の近代 12 学歴貴族の栄光と挫折』中央公論新社、1999年
3. 高田里惠子『グロテスクな教養』ちくま新書、2005年
4. 竹内洋『日本のメリトクラシー』東京大学出版会、1995年
5. 内田健三『臨教審の軌跡』第一法規出版、1987年
6. 芦田宏直『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン、2013年
7. 内田樹『下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉』講談社文庫、2009年
8. 内田樹『待場の教育論』ミシマ社、2008年
9. 潮木守一『世界の大学危機』中公新書、2004年
10. フンボルト「ベルリン高等学問施設の内的ならびに外的組織の理念」in『大学の理念と構想』明治図書、1970年(1809年)
11. フンボルト『言語と精神』法政大学出版局、1984年
12. 潮木守一「アルカディア学報『フンボルト理念』とは神話だったのか? ― 自己理解の“進歩”と“後退”」2235号、2006年)
13. 伊藤敦広「個別的理想と大学の理念」in「シェリング年報」2018年26号
14. マーチン・トロウ「エリート高等教育の危機」in『高学歴社会の大学』東京大学出版会、1976年
15. 中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」、2008年
16. 小方直幸『キャリアエデュ』No.26、「『専門学校教育と卒業生のキャリアに関する調査』から見えてきた課題」、2009年
17. 「判例時報」判例時報社、No.2335
18. 苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
19. 市川昭午『未来形の教育』教育開発研究所、2000年
20. ブルデュー『実戦感覚(1)』みすず書房、1988年
21. ブルデュー『ハイデガーの政治的存在論』藤原書店、2000年
22. ハイデガー『存在と時間』作品社、2013年(1927年)
23. ブルデュー『国家貴族(Ⅰ)』藤原書店、2012年
24. ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』朝日出版社、2006年
25. 小方直幸「コンピテンシーは大学教育を変えるか」in『高等教育研究』第四集、2001年)
26. 潮木守一『大学再生の具体像(第2版)』東信堂、2013年
27. デリダ『条件なき大学』月曜社、2008年
28. カント『純粋理性批判』第三章「純粋理性の建築術」作品社、2012年(1787年)
29. ハイデガー『技術への問い』平凡社ライブラリー、2013年
30. シェリング『学問論』岩波文庫、1957年(1803年)


(5)終わりに代えて ― 新しい人材像とシラバスとカリキュラムと

1. 本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年
2. 佐藤俊樹『自由への問い(六) ― 労働』岩波書店、2010年
3. 牧野智和『日常に侵入する自己啓発』勁草書房、2015年
4. 木村元『学校の戦後史』岩波新書、2015年
5. 中教審答申『我が国の高等教育の将来像』、2005年
6. 天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
7. 寺脇研「『ゆとり教育』は時代の要請である」in「中央公論」、2004年
8. 市川昭午『未来形の教育』教育開発研究所、2000年
9. 井上進『中国出版文化史』名古屋大学出版会、2002年
10. ピーター・バーグ『知識の社会史』新曜社、2004年
11. 与那覇潤『中国化する日本』文藝春秋、2011年
12. 拙論「大学入試改革の時代錯誤について ― 『人物本位入試』は階層格差を拡大する」(「教育と医学」慶應義塾大学出版会、No.733号
13. 高田里惠子『グロテスクな教養』ちくま新書、2014年
14. ブルデュー『実践感覚』みすず書房、1988年
15. スコット・ラッシュ「再帰性とその分身」in『再帰的近代化』而立書房、1997年
16. 『軋む社会』双風舎、2008年
17. 中曽根答申二次答申第二章「家庭の教育力の回復」、1986年
18. 天野郁夫『教育への問い』東京大学出版会、1997年
19. 立木康介『露出せよ、と現代文明は言う』河出書房新社、2013年
20. 本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年
21. 苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
22. 苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』有信堂、2001年
23. ベネッセ教育総合研究所「第五回学習基本調査」、2015年
24. 耳塚寛明「子どもの学びの四半世紀(1990年~2015年)」in『第 5 回学習基本調査』ベネッセ教育総合研究所、2015年
25. 厚労省「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)」2017年
26. 苅谷剛彦、清水睦美、志水宏吉、諸田裕子『調査報告「学力低下」の実態』岩波書店、2002年
27. 中澤渉『日本の公教育』中公新書、2018年
28. 拙稿「大学入試改革の時代錯誤について ― 『人物本位入試』は階層格差を拡大する」(「教育と医学」慶應義塾大学出版会、No.733号)
29. 垂見裕子「PISAから日本の学力格差をみる―家庭的背景・学習方略を中心に― 」早稲田大学高等研究所、2012年
30. コリンズ『資格社会』東信堂、1984年
31. フジテレビ『めちゃ×2イケてるッ!』、1996~2018年
32. テレビ朝日『あいつ今何してる?』、2016年~現在
33. 土井隆義『個性を煽られる子どもたち』岩波書店、2004年
34. アイゼンステイン『印刷革命』みすず書房、1987年
35. ビル・レディングズ『廃墟としての大学』法政大学出版局、2000年
36. アラン・ブルーム『アメリカンマインドの終焉』みすず書房、1998年
37. ヤーロスラフ・ペリカン『大学とは何か』法政大学出版局、1996年
38. 拙著『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン社、2013年
39. 小方直幸「コンピテンシーは大学教育を変えるか」in『高等教育研究』第四集、2001年
40. 本田由紀『教育の職業的意義』ちくま新書、2009年
41. 濱口桂一郎『新しい労働社会』岩波新書、2009年
42. ヘーゲル『精神現象学』作品社、1998年(1807年)

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投稿者:ashida1670 | 13:51 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 【註】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか ver.5.0 2019年07月12日

【註】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか 

この記事の本文を含む全体は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなったためのやむなしの(本文との)分離掲載です。加筆分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせずフォローしていただいた読者のために、【本文】と【註】を分けて無限に加筆掲載できるようにしました。両者に【註】の通し番号を打ち照合できるようにしています。その形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。本文(http://www.ashida.info/blog/2019/05/post_444.html#more)と合わせてお読みください。この註だけで50,000字前後あります。註+本文で122,000字くらいです。根気よくお読みください。二ヶ月で120000字書き殴りましたので(頭の中が燃えさかっていますが)、文中なお誤字脱字あるかと思いますが、ご指摘していただけると助かります。よろしくお願いします。なお註の文中●●●などがある場合はすべてその●●●の前の語に付いた傍点を意味します。●が三個ある場合は、その●●●の位置の三語前の語までに傍点が付いていることを意味します。→大学カテゴリーランキング

※1
カリキュラムの「大綱化」=「自由化」と選択科目の増加とは必ずしも同じことを意味しないが、中曽根臨教審に発する「個性重視の原則」に発する「新ゆとり教育」 ― 臨教審の第一次答申「個性重視の原則」1985年は、10年後の1996年中教審第1次答申における「生きる力」養成における「個性尊重」という言葉に引き継がれていく ― が選択科目の増大に影響を及ぼしたことは否定できない。

「個性重視」の教育がどんな害悪を生んだかについては本稿第5章で触れる。なお、この答申を契機に、「シラバス」「オフィスアワー」「セメスター制」「GPA」「授業評価」など、「アメリカで開発されてきた、あまり勉強したがらない学生、あまり教育したがらない教員を学習と教育に向けて動機づけ、さらには強制する様々な装置がわが国の大学にも導入されるようになりました」と天野郁夫は指摘し、これらの「装置」を横文字の「小道具」とも言っていたが(天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年)、私のシラバス論の全体はそれとは別の観点からのものである。

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 【本文版】シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか(ver.750.0) 2019年05月15日

シラバスとは何か ― コマシラバスはなぜ必要なのか

※なお、この論考は、他の論考も含めて『シラバス論 ― 大学教育と職業教育と』(仮題)として2019年11月に刊行決定(その他に人物入試批判、キャリア教育論などの原稿を併載)。このシラバス論だけで120,355文字(昔風の言い方をすると400字詰め原稿用紙で約300枚)ありますが、途中で投げずにしっかり最後まで読んでください。教育関係者以外にも役立つはず。

なお、この記事は120,000字を超えたところでブログサーバーの一記事容量制限を超えた模様でアップできなくなりました。もう増補分は実際出版される11月までお待ちください、と断念しかけましたが、折角700バージョンを超える加筆にあきもせず期待していただいた読者のために、【本文】と【註】を分けて掲載することにしました。両者に【註】の通し番号を打ち照合できるようにしています。その形で両者とも出版まで加筆し続けようと思います。よろしくお願いします。→「にほんブログ村」大学カテゴリーランキング


(1)1991年「大綱化」以降のシラバス

 1-1 シラバス詳細化の契機 ― カリキュラム自由化と引き換えの大学特色の形成

 1-2 カリキュラムの反対語としての講座制 ― 大学におけるカリキュラム形成の阻害要因


(2)「概念」型シラバスと「時間」型シラバスと 

 2-1 授業概要が授業回毎に詳細化する意義 ― 概念のインカネーションとしてのコマシラバス

 2-2 教育=学習の「ペースメーカー」としてのコマシラバス

 2-3 コマシラバスと授業時間の設計 ― 教科書と教材との違い

 2-4 コマシラバスの具体的な構造例 ― 「細目レベル」表示のあるシラバス

 2-5 パワーポイントプレゼンはなぜ教育的ではないのか

 2-6 受講前・受講後フォローとしてのコマシラバス

 2-7 「見る」シラバスから「使う」シラバスへ ― メタ教材(教材参照体系)としてのコマシラバス

 2-8 コマシラバスの詳細化は、授業をマニュアル化することではない

 2-9 〈カリキュラム〉の必要性 ― 科目の上下左右の接合性が問われる「多様な学生」の時代 

 2-9-1 コマ授業の積み上げとしての単位制科目

 2-9-2 小テストでは問えない科目の〈全体〉

 2-9-3 コマシラバスを書くことがカリキュラム(科目間接合)リテラシーの基本


(3)教員は授業機械か? ― 教育と研究の接点としてのコマシラバス

 3-1 コマの成果、科目の成果を積み上げること

 3-2 長い時間をかける教育としての大学教育とシラバス

 3-3 「できる」評価=「行動目標」評価における行動主義(behaviorism)


(4)期末試験(履修判定試験)とシラバス ― シラバス体系の一部としてのアセスメントポリシー
 
 4-1 履修判定指標の必要性
 
 4-2 「アセスメントポリシー」は「観点別評価」では代替できない
 
 4-3 シラバスアンケートの実施


(5)「コマシラバス」という言葉と10年後のシラバス論

 5-1 自己管理のためのコマシラバス

 5-2 生涯学習的なコマシラバス

 5-3 〝後がない〟社会人教育の緊密感

 5-4 「アクティブな」授業評価者としての学生の育成

 5-5 最もリアルな授業評価としての学生模擬試験作成

 5-6 〝できる〟評価の解像度再論

 5-7 10年後のコマシラバス論 ― 試験センターの創設と科目数の削減

5-7-1 第三者試験を実施すること以外にはシラバス記載の凸凹は防げない

5-7-2 科目数の削減 ― 5年後にできること

(6)終わりに代えて ― 新しい人材像とシラバスとカリキュラムと
 
 6-1ハイパーメリトクラシーと大学の「機能別分化」論の隘路
 
 6-2 カリキュラムの文化性こそが格差社会を相対化する

※本文中、(●)などの表記が見られる場合は、その前に来る言葉の傍点ルビや読みがなルビを意味している。●が一個だと前の文字一つのルビ、●●と2個だと前の文字二つのルビなどを意味する。 →「にほんブログ村」大学カテゴリーランキング

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⚫文献表(学術論文でもないのでざっくりと読者の便宜のために挙げておきます)

(1) 1991年「大綱化」以降のシラバス

中曽根臨教審第一次答申(「個性重視の原則」)、1985年
天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
潮木守一『大学再生の具体像(第2版)』東信堂、2013年
佐藤学「教養教育と専門家教育の接合」東京大学教養部第1回FD講演会、2004年
カント『諸学部の争い』岩波版カント全集18巻、2002年(1798年)
デリダ『条件なき大学』月曜社、2008年
シェリング『学問論』岩波文庫、1975年
デリダ『他者の言語』法政大学出版局、1989年
デリダ『哲学への権利(二)』みすず書房、2015年
クルツィウス『ヨーロッパ文学とラテン中世』みすず書房、1971年
リオタール『熱狂』法政大学出版局、1990年
ビル・レディングズ『廃墟の中の大学』法政大学出版局、2000年
ミシェル・フーコー『ミシェル・フーコー講義集成(12)』筑摩書房、2010年
栄陽子『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?』ワニブックス、2014年
苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
垂見裕子(「家庭背景による学力格差 ― PISA調査の分析から」日本教育社会学会大会発表要旨集録、2009年
中澤渉『日本の公教育』中公新書、2018年
クリストフ・シャルル&ジャック・ヴェルジェ『大学の歴史』白水社、2009年
吉見俊哉『大学とは何か』岩波新書、2011年
マーチン・トロウ『高度情報社会における大学』玉川大学出版部、2000年
吉川徹『学歴分断社会』ちくま新書、2009年
古市憲寿『希望難民ご一行様』光文社新書、2011年
本田由紀『若者と仕事』東京大学出版会、2005年
天野郁夫『日本の高等教育システム』東京大学出版会、2003年
濱中義隆『大衆化する大学』岩波書店、2013年
蓮実重彦『私が大学について知っている二、三の事柄』東京大学出版会、2001年
天野郁夫『大学の誕生』中公新書、2009年
天野郁夫『帝国大学』中公新書、2017年
立花隆『天皇と東大』文藝春秋、2005年
潮木守一『ドイツの大学』講談社学術文庫、1992年
内田樹『タルムード四講話』国文社、1987年
金子元久『大学の教育力』岩波新書、2007年
苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
中教審「大学のガバナンス改革の推進について」、2014年
中教審「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」、1971年
天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
ヘーゲル『法の哲学(1)』中公クラシックブックス、2001年(1820年)
ドゥルーズ『哲学とは何か』河出書房新社、1997年

(2)「概念」型シラバスと「時間」型シラバスと

コルバン・クルティーヌ・ヴィガレロ監修『身体の歴史』藤原書店、2010年
中島英博編著『授業設計』玉川大学出版部、2016年
佐藤浩章編著『大学教員のための授業方法とデザイン』玉川大学出版部、2010年
鈴木克明『教材設計マニュアル』北大路書房、2002年
内田樹『街場の大学論』角川文庫、2007年
内田樹『先生はえらい』筑摩プリマー新書、2005年
苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』有信堂、2001年
苅谷剛彦『イギリスの大学・ニッポンの大学』中公新書ラクレ、2012年
ピケティ『21世紀の資本』みすず書房、2014年
内田樹『最終講義』技術評論社、2011年
井上理「『実学』再考 ― 教育改革の動向」高等教育研究・第四巻、2001年
土持ゲーリー法一『戦後日本の高等教育施策』玉川大学出版部、2006年
潮木守一『アメリカの大学』講談社学術文庫、1993年
マーチン・トロウ「高等教育の構造変動」in『高学歴社会の大学』東京大学出版会、1976年
コントラート・パウル・リースマン『反教養の理論』法政大学出版局、2017年
小方直幸「大学の授業の何が課題か」in「高等教育研究 第一七集」玉川大学出版部、2014年


(3)教員は授業機械か? ― 教育と研究との接点としてのコマシラバス

苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
蓮実重彦『私が大学について知っている二、三の事柄』東京大学出版会、2001年
拙著『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン社、2013年
川添信介『哲学の歴史(第三巻) ― 神との対話』講談社、2008年

(4)期末試験(履修判定試験)とシラバス ― シラバス体系の一部としてのアセスメント・ポリシー

拙論「大学入試改革の時代錯誤について ― 『人物本位入試』は階層格差を拡大する」(「教育と医学」慶應義塾大学出版会、No.733号)


(5)「コマシラバス」という言葉と一〇年後のシラバス論

テッドネルソン『リテラリーマシン ― ハイパーテキスト原論』アスキー出版局、1944年
竹内洋『日本の近代 12 学歴貴族の栄光と挫折』中央公論新社、1999年
高田里惠子『グロテスクな教養』ちくま新書、2005年
竹内洋『日本のメリトクラシー』東京大学出版会、1995年
内田健三『臨教審の軌跡』第一法規出版、1987年
拙著『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン、2013年
内田樹『下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉』講談社文庫、2009年
内田樹『待場の教育論』ミシマ社、2008年
潮木守一『世界の大学危機』中公新書、2004年
フンボルト「ベルリン高等学問施設の内的ならびに外的組織の理念」in『大学の理念と構想』明治図書、1970年(1809年)
フンボルト『言語と精神』法政大学出版局、1984年
潮木守一「アルカディア学報『フンボルト理念』とは神話だったのか? ― 自己理解の“進歩”と“後退”」2235号、2006年)
伊藤敦広「個別的理想と大学の理念」in「シェリング年報」2018年26号
マーチン・トロウ「エリート高等教育の危機」in『高学歴社会の大学』東京大学出版会、1976年
中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」、2008年
小方直幸『キャリアエデュ』No.26、「『専門学校教育と卒業生のキャリアに関する調査』から見えてきた課題」、2009年
「判例時報」判例時報社、No.2335
苅谷剛彦『アメリカの大学・ニッポンの大学』玉川大学出版部、1992年
市川昭午『未来形の教育』教育開発研究所、2000年
ブルデュー『ハイデガーの政治的存在論』藤原書店、2000年
ハイデガー『存在と時間』作品社、2013年(1927年)
ブルデュー『国家貴族(Ⅰ)』藤原書店、2012年
ジョン・R・サール『MiND 心の哲学』朝日出版社、2006年
小方直幸「コンピテンシーは大学教育を変えるか」in『高等教育研究』第四集、2001年)
潮木守一『大学再生の具体像(第2版)』東信堂、2013年
デリダ『条件なき大学』月曜社、2008年
カント『純粋理性批判』第三章「純粋理性の建築術」作品社、2012年(1787年)
ハイデガー『技術への問い』平凡社ライブラリー、2013年
シェリング『学問論』岩波文庫、1957年(1803年)


(6)終わりに代えて ― 新しい人材像とシラバスとカリキュラムと

本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年
佐藤俊樹『自由への問い(六) ― 労働』岩波書店、2010年
木村元『学校の戦後史』岩波新書、2015年
中教審答申『我が国の高等教育の将来像』、2005年
天野郁夫『大学改革を問い直す』慶應義塾出版会、2013年
寺脇研「『ゆとり教育』は時代の要請である」in「中央公論」、2004年
井上進『中国出版文化史』名古屋大学出版会、2002年
ピーター・バーグ『知識の社会史』新曜社、2004年
与那覇潤『中国化する日本』文藝春秋、2011年
拙論「大学入試改革の時代錯誤について ― 『人物本位入試』は階層格差を拡大する」(「教育と医学」慶應義塾大学出版会、No.733号
高田里惠子『グロテスクな教養』ちくま新書、2014年
ブルデュー『実践感覚』みすず書房、1988年
スコット・ラッシュ「再帰性とその分身」in『再帰的近代化』而立書房、1997年
中曽根臨教審答申二次答申(「家庭の教育力の回復」)、1986年
本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年
苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書、1995年
苅谷剛彦『階層化日本と教育危機』有信堂、2001年
耳塚寛明「子どもの学びの四半世紀(1990年~2015年)」in『第 5 回学習基本調査』ベネッセ教育総合研究所、2015年
厚労省「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)」、2017年
苅谷剛彦、清水睦美、志水宏吉、諸田裕子『調査報告「学力低下」の実態』岩波書店、2002年
中澤渉『日本の公教育』中公新書、2018年
垂見裕子「PISAから日本の学力格差をみる ― 家庭的背景・学習方略を中心に ― 」早稲田大学高等研究所、2012年
コリンズ『資格社会』東信堂、1984年
土井隆義『個性を煽られる子どもたち』岩波書店、2004年
アイゼンステイン『印刷革命』みすず書房、1987年
ビル・レディングズ『廃墟としての大学』法政大学出版局、2000年
アラン・ブルーム『アメリカンマインドの終焉』みすず書房、1998年
ヤーロスラフ・ペリカン『大学とは何か』法政大学出版局、1996年
本田由紀『教育の職業的意義』ちくま新書、2009年
ヘーゲル『精神現象学』作品社、1998年(1807年)

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(1)1991年「大綱化」以降のシラバス

①シラバス詳細化の契機 ― カリキュラム自由化と引き換えの大学特色の形成

「シラバス」は、通常「授業概要」「授業計画」「科目概要」などと言われている。1991年の「大綱化」以降(※1)、カリキュラムが自由化されて選択科目が増えたこともあり、「シラバス」は年々充実(詳細化)してきた。選択科目が多くなればなるほど、受講する前に科目の詳細を知りたくなるのは自然なことだからだ。

この選択科目の便宜のようなシラバスを潮木守一は「電話帳シラバス」と呼び、「学生に役立たないだけではなく、教師にも役立たない」と言っていた(『大学再生の具体像(第2版)』東信堂、2013年)。しかしそれは単に科目選択の便宜のためだけではなかった。自由化されたカリキュラム全体における各大学(各学部、各学科)独自の人材目標をどのような仕方で実現しようとしているのかを明確化するためには、各科目内容の詳細化は必須だったのである。

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投稿者:ashida1670 | 00:36 | 感想を見る・書く (8) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 DSF11MHz音楽ファイルの再生は、音の風が吹く ― 「ハイレゾ」ファイルは無駄使い 2019年03月09日

朝からお仕事前のDSFファイル11.289MHzの音を聴いてかっと目を開く。この世のものとは思えない音が出て、演奏会場の空気感がスピーカーの背後に一気に広がる。

11MHzのDSFファイル再生だと音を聴くというより、音が空気を連れてきて、一音、一音が肉体をもつかのようだ。音が空間を作りあげている。 「ハイレゾ」(FLACファイルやWAVファイルのリニアPCM「ハイレゾ」)とは全く違う音だと思う。

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※私は、DSDマーカーレス再生する場合、DELA(HA-N1AH20/2)から、AccuphaseDP-750(お金がないのでAccuphase社からただいまお借りしているSACDプレイヤーですが)のUSB-DACに繋いで再生している。USB-DACを通じて再生する場合、マーカーレス再生は結構再生機同士の相性があるので接続確認はした方がよいとのことです。このDP-750の表示窓にある「11289」という数字は、DSFの11.289Hzのファイルをマーカーレスで受け付けているという表示です。

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投稿者:ashida1670 | 11:33 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 SACDプレイヤーとSACDに、今頃目覚めて 2019年01月27日

最近の「ハイレゾ」音楽の流行に乗って、「ハイレゾ」ファイルの数々をネット購入しはじめ(mp3からWAV、WAVからFLACへと)、数あるハイレゾファイルの中でも、特にはDSD(DSF、DFF)ファイルの音の良さに取り付かれて、「もはやCDの時代ではない」と思っていたら、DSD(Direct Stream Digital)記録こそ、いまから、20年前に登場した「SACD(Super Audio CD)」ではないか、とお恥ずかしながら今頃気づいて。
※「SACD(Super Audio CD)」とは、→ http://ow.ly/QNyo30nsUKm

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※写真は今頃買い直し始めたSACD。

そうこうするうちに、今頃SACDプレイヤーを(初めて)買って、そして今頃SACDを買いあさって、たとえば、私の生まれた1954年モノラル録音のフルトベングラーによるブラームス交響曲第三番をシングルレイヤーSACD限定版で聴くと、これがまた格別で、(目をつむると)ありありと1954年の演奏会場が浮かぶという快挙。20年前にSONYとPHILIPSが共同でフォーマットを決め登場したSACDだったのに、一斉にCDのSACD化がすすまないので様子を見ていたら(むしろSACDは衰退して)いつのまにか20年経っていた。

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投稿者:ashida1670 | 16:20 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 忘年会のお知らせ ver13.0 ― 12月9日(日)18:00~21:00 ヒルトン東京(新宿)『王朝』にて 2018年11月30日

12月9日日曜日17:30より受付開始。18:00より開始。飲食は19:00より2時間(1時間御挨拶+飲食2時間=計3時間)。何時からでも参加できます。芦田の近刊予告、近況活動報告を含めた忘年会をヒルトン東京(新宿)『王朝』(中華料理) https://www.hiltontokyo.jp/restaurants/dynasty で行います。

会費は15,000円です(『王朝』のディナービュッフェと酒類の食べ放題、飲み放題)。 すべての忘年会をキャンセルしてご参加ください。私と会ったことのない方も大歓迎です。テーブルも座席も用意しますが、交流を深めるため席を自由に移動できるパーティー形式にします(じっくり食べたい方は「じっくりテーブル」を用意しております)。ドレスコードはパジャマ以上です。

なお、費用のたかーいヒルトン『王朝』でレストランを貸し切り確保しておりますが、最大でも60名しか入りませんので、申し込み順の受付といたします。よろしくお願いします。

約五年ぶりのヒルトン忘年会です。

飛行機で来られる方は、羽田空港まで愛車でお出迎えに上がります。遠方組みは、今のところ、長崎、広島、大阪、京都、名古屋、茨城、宮城などから来られますが、一度品川の拙宅にお立ち寄り頂いて(歓待します)、一緒に忘年会に合流しましょう。

お申し込みされる方は、Twitter(jai_an)のメンションか、Facebook(芦田宏直)か、このサイトの上記「芦田へメールする」で、お申し込みください。

現在の参加申込者は63名。大学の先生(心理学、演劇、現代文学、教育学、経営学、ビジネスモデル論、建築デザイン、ワークプレイスデザイン、精神科医、哲学など)、専門学校教員、県立高校教員、大学職員、私立高校職員、同時通訳者、マーケター・プランナー、出版編集者、WEBデザイナー、フランス人のWEBデザイナー、アートディレクター、システムエンジニア、ピアニスト、学習塾塾長、カーディーラー販売主任、アロマセラピスト(アロマアナリーゼ)、インテリアプランナー、不動産経営、シンガー、シンガーソングライター、女優、声優、保険会社営業主任、芸能プロダクション企画営業、大学生、大学院生、主婦、その他です。いろんな分野の人たちが来られます。若い人たちはキャリアの一端を勉強できるかと思いますので、ぜひご参加下さい。

以下の写真は、会場のヒルトン東京・中華料理の『王朝』。

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投稿者:ashida1670 | 06:57 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 顧客対応とは何か ― 不安の源泉は時間である。 2018年10月23日

お役様相談センターなどで散々待ったあげくやっとつながって(「大変お待たせ致しました」との謝罪で始まるのだが)、相談しているとやはりそこでは処理できずに話の途中で「少々、お待ちください」と言われることがよくある。

もうこうなったら何時間でも待ちますが、「少々」と言われても1分なのか10分なのか100分なのかこちらでは全く分からない。100分と前もって分かるのなら、全然待てますが。

対応担当者としては、「たぶん(これまでの経験では)2,3分で終わるだろうと。ほんとにすぐ終わるだろうから、だから『少々』と答えました」と言うつもりだろうが、そう言われた相手は、その「つもり」は全く読めない。

時間はいつも前から流れる。後ろは見えない。前にあるものは、「少々」という言葉しかない。5分待つのも、100分待つのも同じ。5分で終わるか100分で終わるか結果=終わりが分からない、前から進む時間にさらされた人にとっては。

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投稿者:ashida1670 | 23:49 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ノート論 2018年05月16日

1)ノート論

授業が〝わかる〟とか〝わからない〟とかいう場合の一番切実な問題は、学生一人一人の理解の水準に授業(授業教員)が対応できないということである。

理解の〝水準〟と言っても、それは学生の基礎学力に差があるということではない。〝水準〟というより、すべての人間(学生)は同じひとつのことを学ぶにしても、様々なプロセスを通して〝理解〟に至るのであって、一人の教員が授業で行う展開は、たんに一つの理解プロセスをシミュレーションしているにすぎない。

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投稿者:ashida1670 | 11:46 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 表現の成立について(メモ) ー 検索か、終わりか 2018年05月03日

いろいろな〈思い〉が、言葉の〈表現〉の〈より先に〉あるとすれば、〈表現〉の課題は、言葉の時間過程なのだから、〈思い〉の存在は、時間がかかる言葉の展開と絶えず矛盾する。そもそも時間をかけて繰り出した言葉の全体も、最後まで読まれないかもしれない。なにから言葉にすべきか、なにをもってピリオドを打つか、これは極めて人工的な(意識的な)行為だが、それも、〈表現〉が時間的なものとの戦いによって構成されているからだ。

そもそも、何をもって〈終える〉か、というのも、コンピューター(AI)には無縁の時間であって、コンピューターの本質は、やらせればいくらでも終えずにできることを本質としているのだから、ピリオドを打つという行為は人間に固有なことなのである。

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投稿者:ashida1670 | 23:15 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 新入生歓迎の言葉(フレッシュマンキャンプにて) — 大学を選ぶことは、テキストを選ぶこと 2018年04月06日

新入生歓迎の言葉(蒲郡にあるホテル竹島にて)

ご入学おめでとうございます。教職員を代表してご挨拶させていただきます。

ご挨拶代わりに、大学とこれまでの高校までの勉強のどこが違うのか、そのことに限ってお話させてください。

まずは、この学生生活の四年間、〈検索〉するなと言いたい。もちろんWikipediaも使うなと。

高校までの学習は、教科書による学習。

誰が書いてるのかの著者名は書かれているが、その誰かがどんな思想の持ち主かは書かれていない。Wikipediaになるともっとその洞察はやっかいなものになる。

大学の勉強は、その誰かの言うこと、書くことを評価し、吟味するためのもの。あるいは、一つのテキストや解説をみただけで、それを誰が、どんな思想の持ち主が書いたのかを洞察する能力を身につけること。それが大学で勉強する意味。

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投稿者:ashida1670 | 09:58 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 人工知能(AI)と機能主義の諸問題(1) ― 日経BPnet「ストック情報武装化論」連載(第五回) 2018年03月31日

人工知能(AI)と機能主義の諸問題(1) ― 人工知能ほど主体的で人間的なものはない。

●機能主義と行動主義 ― 「内面」とは結果に過ぎない。

機能主義の基本モデルは、簡単に言えば、「パブロフの犬」の条件反射。刺激を与えると一定の規則だった反応があるというもの。

機能主義は英語のfunctionalismの訳だから、むしろ関数(function)主義と言った方がわかりやすい。「パブロフの犬」に於けるベルの音と犬の食欲を表す唾液は、関数関係にあるわけだ。

刺激(INPUT)と反応(OUTPUT)との間にある形式的な規則性が認められれば、その反応体(と取りあえずそう呼んでおこう)は何ものか「である」と。

機能主義は、どんな内容(=実体)がその刺激と反応を支えているのかは棚に上げて、刺激(INPUT)と反応(OUTPUT)というテーマ化された観察対象だけを基盤にして内容を逆構成するという離れ業をやってのける。

近代経済学が前提とする行為者の合理性理論(rational choice theory)、つまり自由な判断主体を前提して最大利益の獲得を目指す合理的な個人というのは、この機能主義で言えば、幻想に過ぎない。最初に合理的な思考をする個人ありきという立場、つまり自らの不利益をわざわざ招くような行動をする人間は存在しないという立場に立たないからだ。

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 Twitterについて ― 日経BPnet「ストック情報武装化論」連載(第三回+第四回) 2018年03月30日

●Twitterとは何か(1) ― 電話からTwitterへ、あるいはポストGoogleの課題

Twitterの特長は、同期性だ。ブログやSNS、掲示板やチャットとどこが違うのか、とよく話題にされるが、Twitterは携帯電話の延長にあると考えて良い。

電話はもともとが同期メディアだった。「同期」というのは、発信者と受け手とが同時に存在しているということだ。話し手、聞き手が同時に〈そこ〉にいるという実在性が電話コミュニケーションの基盤をなしている。

ところが、電話の特長であるこの同期性が薄れてきた。留守録機能と着信通知機能(あるいは着信非通知)が電話の同期性を殺いでいる。おまけに持ち運びが手軽にできる携帯電話は同期という時間性だけではなく、場所の制約も相対化してしまった。

電話の同期性は留守録機能と着信通知機能によって意識的な選択の対象になり、自然な時間性(あるいは場所性)を回避するようになってきている。

人々は「便利」だと思っていた電話の同期性(や場所の特定)をむしろ「うざい」と思い始めたのである。

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投稿者:ashida1670 | 09:52 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「電子書籍」について ― 日経BPnet「ストック情報武装化論」連載(第二回) 2018年03月29日

●iPad現象と電子書籍の現在

古典と呼びうる芥川賞的な「純」文学と直木賞的な「大衆」文学とは何が異なるのか?

両者に截然とした差異があるわけではないだろうし、サブカルチャーの水準は従来よりははるかに高度化しているが故にますますその差異を見極めることは難しいだろう。しかしにもかかわらずその差異は相対的には存在している。

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投稿者:ashida1670 | 23:24 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「オンライン自己」について ― 日経BPnet「ストック情報武装化論」連載(第一回) 2018年03月29日

先日、私のTwitterのフォロワーから、日経BPnetに2010年から連載していた「ストック情報武装化論」(第一回~第九回)が読めなくなっていると聞いて、ブログに掲載することにしました。

なお、この「ストック情報武装化論」は、書き切れなかった最終回も含め再編集して(大幅な加筆修正を施して)、近々出版されます。最初の回は「オンライン自己」について。当時、結構反響を頂きました。出版の原稿は、この四倍の分量になっており既に出来上がっていますが、とりあえずはこの短編で我慢してください。

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91年の大学大綱化から早くも30年近く経った。「大綱化」の基本はカリキュラムの自由化。総単位数124単位以上取れば卒業できるようになった。従来存在した分野別の必修単位科目は設置基準上はなくなり、大学は自由にカリキュラムを組めるようになった。

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投稿者:ashida1670 | 19:21 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 吉本隆明全集(晶文社)第三巻「月報」 ― 「転向」について 2017年01月13日

●「転向」について (芦田宏直)

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私は、吉本さんと個人的に対面したことは一度もない。私の家内が学生時代(今から四〇年ほども前)、吉本さんを神田の古書街で見付け、彼がどんな本を買おうとしているのか知りたくて追い回したことがある。

吉本さんは、いくつか書店を出入りする内に家内の尾行に気づき、早足になり、最後にはしつこい家内を追い払おうとパチンコ屋に飛び込んだらしい。家内もそれにめげず初体験のパチンコ屋に潜入し、裏口から出る吉本さんを追尾し続けた。

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投稿者:ashida1670 | 18:11 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 あけましておめでとうございます ― 往き道と帰り道の年頃 2017年01月01日

一昨年の引っ越し=全額住宅ローンのマンション購入の大事(還暦越えの二〇年ローンの大事)に次いで、昨年はもっと印象に残る大事が年末に起こりました。

現在刊行されつつある吉本隆明全集(晶文社刊全38巻)第3巻「月報」の原稿依頼があったのです(発刊日は昨年の12月30日)。※http://www.yoshimototakaaki.com/

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 60歳も優に過ぎて郊外の戸建て住宅を建て替える暴挙について ― 自分の家庭を賢く捨てることについて 2016年07月18日

60歳もすぎて子供にも手がかからなくなり、仕事も徐々に減ってくると、人生の集大成のように家を建て替える人がいるが、自分が歳を取ると自宅内なのに2階にさえ上がれなくなるし、ちょっとした段差にも躓き始めるというのを忘れている人がいる。

要するに、子供に手がかからない分、自分自身に手がかかり始めるのだ。子供は成長して自立するが、自分はどんどん手がかかり始める。死ぬことさえ自分でできない状態に陥る。

超遅い自宅用エレベータは2階へあがるのがもっと面倒。2階へ上がる気それ自体を殺いでしまう。そもそも超高層マンションの最大の屈辱は、自宅に着いているのにエレベータを待つことなのだから。超高層の最大の恩恵は低層階の人があの一階共有エントランスや共有スペースの豪華な環境を自室から歩ける距離で満喫できることにある。私なら人工林にしても植栽で目隠しになる部屋を選びに選んで超高層の2階に住む(笑)。

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投稿者:ashida1670 | 16:00 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 大学入試改革と学校教育の意味 ― ペーパーテストは民主主義の原点 2016年05月20日

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●今回の入試改革の趣旨と変遷

大学入試改革は、3年間にわたって三つの報告にまとめられて提案されています。一つは、一昨年の教育再生実行会議(安倍政権の私的諮問機関)第四次提言(二〇一三年十月三十一日) ― 以下「提言」と略す。二つ目が「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(二〇一四年一二月二二日中央教育審議会答申) ― 以下「一体改革答申」と略す。三つ目が今年三月の高大接続システム改革会議「最終報告」(二〇一六年三月三十一日) ― 以下「最終報告」と略す。

三年前の「提言」は、マスコミによって「人物評価主義の入試方式」とまとめられましたが、今回の「一体改革答申」(二〇一四年)と「最終報告」(二〇一六年)では、「人物評価」という言葉はすっかり消えて、そのキーワードは、二〇○七年教育再生会議の「教育三法の改正」による「学力の三要素」 ― 正確に言うと「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するものに転換する」入試改革 ― に変わっています。

人物評価入試論の不評(あるいは誤解)に配慮した文科省が、入試改革趣旨のロジックを変えたのです。こういう変更を民主的な文科省はよくやります。最近のものでは、新大学(職業専門大学という仮称で呼ばれているもの)のターゲット人材層を「中堅」人材→「中核」人材(または「ボリュームゾーン」)と言い換えるのもその実例の一つです。

もっとも、「提言」の中では、「人物評価」という言葉は一回しか出てきません。「人物評価の重視に向けた見直し」(提言八頁)が、平成十四年以降の公務員採用において「図られてきており、引き続き能力・適性等の多面的・総合的な評価による多様な人材の採用が行われることが期待される」とあるだけです。

ここで言う「能力・適性等の多面的・総合的な評価による多様な人材の採用」は、入試選抜に関わる文脈では、「能力・意欲・適性や活動歴を多面的・総合的に評価・判定するものに転換する」(提言七頁)という言い方になります。この両者に共通する「多面的・総合的」評価という言葉は、「知識偏重の1点刻みの選抜」評価に向けられた言葉です。

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投稿者:ashida1670 | 23:30 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「実践的職業教育を担う新しい大学制度について」~公開パブリックコメント:高度な産業人材育成に何が求められるのか~ 基調講演とモデレータを務めます。 2016年05月14日

【高度産業人材育成シンポジウム】
「実践的職業教育を担う新しい大学制度について」~公開パブリックコメント:高度な産業人材育成に何が求められるのか~
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【開催概要】
日時:2016年5月19日(木)19:00~21:00
場所:富国生命ビル14階・第4セミナールームA
   :(東京都千代田区内幸町2-2-2)
最寄りの駅:
都営地下鉄三田線「内幸町」駅 A6出口 直結
JR山手線・京浜東北線・東海道本線「新橋」駅 日比谷口 徒歩6分
東京メトロ千代田線・日比谷線「霞ヶ関」駅 C4出口 徒歩3分
東京メトロ丸ノ内線「霞ヶ関」駅B2出口 徒歩5分

定員:200名(先着順)
参加費:無料
お申し込み・連絡先は、株式会社ベクトル 担当:川上、堀井
TEL:03-5572-7334 FAX:03-5572-6065 MAIL:s-kawakami@vectorinc.co.jp

主催:政策分析ネットワーク(代表 伊藤元重・東京大学)

協力:新日本有限責任監査法人

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投稿者:ashida1670 | 20:07 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 社会・経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い専門職業人養成のための新たな高等教育機関の制度化について(審議経過報告)に関するパブリックコメントについて 2016年04月19日

昨日締め切りの「社会・経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い専門職業人養成のための新たな高等教育機関の制度化について(審議経過報告)に関するパブリックコメント(意見公募手続)の実施について」 http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000825&Mode=0 、とりあえず最低限のことは書いて出しておきました。
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今回の「社会・経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い専門職業人養成のための新たな高等教育機関」(以後、「新大学」と省略する)について、2点、疑問に思うところがあります。

一つには、この新大学の法制化については、学校教育法第83条「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」の内部で行われようとしているのかどうか、という点です。

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投稿者:ashida1670 | 00:41 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 朝日新聞GLOBEの「入試とエリート」(3月6日)、および日本経済新聞の「大学入試新テスト、記述式導入 有識者会議が最終報告」についての「識者の味方」(3月25日)の私のコメント補遺 2016年03月29日

朝日新聞GLOBEの「入試とエリート」(3月6日)の中の私の記事「点数主義の方が多様だ」 http://globe.asahi.com/feature/article/2016030300006.html?page=4 、および日本経済新聞の「大学入試新テスト、記述式導入 有識者会議が最終報告」 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG24H49_V20C16A3EA2000/ についての「識者の味方」(3月25日)の私のコメントで話しきれなかった部分を以下で補っておきます。

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〈学力〉とか〈知力〉とか〈思考力〉というのは、それらの能力が〈現在〉と〈個人〉に集約されているために、短い時間の紙試験であっても、あるいは一回の紙試験であってもそこそこの選抜が可能になりますが、人物評価における〈人物〉というのは、長い時間(=環境)によってできあがったもの。だからその評価は、〈個人〉と〈現在〉を超えたものの評価になります。一般的に言って、自他観察、自他評価の時間が短ければ短いほど個人性は高まり、長ければ長いほど環境性が高まります。

結局、ハーバードも、親の知性、親の文化、親のダイバーシティを選抜しているに過ぎないと言えます。

富の再配分ということを言う人たちがいますが、それは、すでに起こってしまった格差に対する後追いの配分(厚労省的な配分)。だから福祉的なコストがかかりすぎる。

それに対して〈学校教育〉は、前配分。〈学校教育〉は教室に入れば皆平等という前提に立っています。同じ教室で同じ教科書で同じ先生に学ぶ。この〈同じ〉は、親の違い、地域の違い、階層の違いを相対化する〈同じ〉なわけです。学校教育の教育力を高めることこそが前配分機能を高めることになります。

教育における〈多様性〉とは、個人的な多様性や個性のことを言うのではなくて、社会的なリーダー層の中に〈多様な階層〉から選抜された人たちが活躍している状態が作り出せるかどうかを言うのです。学校教育における〈多様性〉問題を、人物の個性や多様性、というふうに理解してしまうと、ふたたび厚労省的なコストが跳ね上がっていくことになります。

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投稿者:ashida1670 | 01:53 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 大学入試改革を議論する文科省「有識者会議」(座長・安西祐一郞)の最終報告について 2016年03月27日

●〈人物〉評価とは身分の評価でしかない

安倍政権の「教育再生実行会議」(座長:鎌田薫・早大総長)が、大学入試(センター入試)を〝人物重視〟に改める提言を10月末日(2014年)に発表しました。また昨日25日(2016年)は、その「教育再生実行会議」の議論の延長上で、大学入試改革を議論する文科省「有識者会議」(座長・安西祐一郞)の最終報告がなされました。後者の力点は「知識偏重」に対する記述式問題の導入という観点です。

こういった動きに関連して、私は、まずは朝日新聞朝刊社説面(オピニオン欄)で「脱・点数主義の罠」(2013年11月12日)として論じましたが、ここではさらにその論点を詳述してみたいと思います。

「人物本位」の大学入試に問題があるのは、〈人物〉評価というのが、生まれたときからの長い時間を経た、本人の意識や努力にとどまらない要素、つまり環境(ハビトゥス) ― 家族やその交友関係や地域の文化環境 ― によって左右される部分が相対的に大きいからです。

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投稿者:ashida1670 | 04:12 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 三ヶ月後の2016年年賀状公開(笑) 2016年03月24日

明けましておめでとうございます。


歳を取ると年月の流れが速くなると言いますが、それはたぶん何をするにしても「最後の…」ということを意識するようになるからでしょう。若いときには何度も失敗が許されたのかもしれませんが、さすがに“失敗”が許されない年になりました。溜(ため)の効かない年になったのかもしれません。そもそも歳を取るということはそれ自体が〈溜〉だからだ、ということでしょう。

若いときには無知が行動力の源でしたが、何に付けても即断できるストックのあることが大人への社会的な期待でもあります。ストックに基づいた即断をこそ〈分別〉と呼び、それは始まりにして終わりを見据えることとほとんど同義です。時の流れを終わりにおいてみる(向こう側からみる)、ということを〈分別〉と言うのかもしれません。

そしてたぶん、その本質は、終わりの時を待てることです。若いときほど待てないのです。〈待つ〉には〈溜〉が必要だからです。終わりを“知る”溜が必要だからです。

深い絶望や失望を乗り越えるときには、どんな知恵や認識、友情に厚いアドバイスにも先だって、時間という機縁が届く必要があります。結果が分かっていることとそれを受け入れる事との間には千里の径庭があるのです。〈それ〉を〈待つ〉前に言いたくなる、説明したくなるようにして努力や知性が存在していますが、そんなものをいくら重ねても〈それ〉=〈時間〉はやって来ない。

従って、〈溜(ため)〉とは、老いぼれの観望や諦念の溜ではなくて、耐忍の〈溜(ため)〉です。ドイツ語には、日本語の「耐忍」を意味する言葉でAustrag(アオストラーク)という言葉があります。ハイデガーが後期になって好んで使った言葉です。

Austragは「耐忍」と同時に、「胎児を臨月まで持ちこたえる」という意味もあります。Aus-trag、外-運び(あるいは外-持ち)という意味です。まさに終わり(胎児)を生みだすことのための待つ耐忍なのです。

逆に、人が努力や知性を積んでいくのは、黙することの技法(本体の知性)を得るため。優勝したときにのみ人前での苦労話が許されるスポーツ選手のように。老いることの本質(“溜”の本質)は、結果論(昨今のコミュニケーション=OUTPUT主義)で騒ぐことにあるのではなく、待つことの沈黙を汲み取ることにあると思います。

“老いる”ことの本質、言わば熟成とでも言えるものは、その意味でほとんどマザーシップと同義です。誰に対しても優しい親父になりたいと思う今日この頃です。→「にほんブログ村」

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投稿者:ashida1670 | 19:37 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ソーシャルメディアにおける〈ソーシャル〉とは何か 2016年03月10日

(…)ツイッターの微分機能は…携帯でもないし、電話でもないし、チャットでもない新しい次元を切り開いたわけです。

これは内面を現在で微分しているという意味ではすごく内面を強化しているけれども、タイムラインがどんどん内面を解体していきますから、携帯電話やメールのようなきつい感じにはなっていかない。飽きず疲れず時間を忘れるのがツイッターの本分で、僕なんか何回自分の駅を通りすぎたことか(笑)。もう着いちゃったみたいな。〈現在〉という時間はむしろ時間を無化するのです。

新幹線の大阪 ― 東京ぐらいだったら苦もなく時間を過ごせるというのがツイッターの面白さです。内面の現在を共有するということは、従来は少数の他者との関係を知ることであったにも関わらず、ツイッターでは多数の他者との現在を簡単に増大させることができる。

よくフォロワーを増やすのは大変だと言う人がいますけれども、フォローを増やせば、フォロワーは増えます。フォローを二〇〇〇人もすれば五〇〇人ぐらいはフォロワーは絶対に出てきます。メディアに登場したことのない無名の人が五〇〇人も読者を持つなんて、これまでの歴史にはなかったでしょう(笑)。

そういう意味で言うとすごく革命的なツールで、そこがミクシィとは違うところです。ミクシィで五〇〇人集めようとすれば大変でしょ。僕なんかいろんな作戦をたてて足跡を追跡しまくりました。一年かけて五〇〇名がやっとです。しかし、ツイッターはただクリックすればいいだけだからどうということはない。一週間で一〇〇〇名くらいは集められます。

フォローすればフォロワーは増える。このフォロー者とフォロワーとの非対称性が、内面のきつさを緩和しているのです。ミクシィもフェイスブックも、"承認"が必要ですから、互報性の原理が機能しています。必ず相手にしてよね、というものです。どちらも村落的で奴隷的なのです。それがツイッターの他者関係にはない。

現在と他者を微分によって拡大し、三〇〇〇人も四〇〇〇人もの現在のつぶやきを見ていけば、必ず自分と話題が共通するツイートがタイムライン上に出てきます。だから、どんなに性格の曲がった人間であったって、ある種の社会性を獲得することができる。どんなにストックのない人でも社会性を獲得できる。

しかもその社会性は著名人の日常と接触することによって著名人とカレーライスの話をすることもできるし、僕なんか(有名人ではないのですが)紅ショウガのいっぱい入った牛丼ツイートのときしか話題に入ってこない人がいるわけです(笑)。

そこじゃないだろうと思っていても(笑)、牛丼が好きな人とはそういうチャンネルになっていきます。すると牛丼食っている人から「趣味が合う」ということになります(まさに合っているわけです)。そういう人がやっている哲学とは何だろうかと思い始める。すると牛丼しか関心を持っていなかった人が「ハイデガー」なんて言い始める(笑)。これが〈ソーシャル〉です。

― 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』338頁より→「にほんブログ村」

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投稿者:ashida1670 | 22:07 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 成人式を迎えるあなたへ ― 大人になるというのはどういうことなのか 2015年01月11日

大人になって〈自立する〉というのは、自分が使いたくないものにもお金を使うということを意味しています。われわれは〈光熱費〉にお金を使いたいなんて思いません。〈アパート代〉もできればなしで済ましたいと思っています。

しかし社会人になるということは、使いたくないものにも自分のお金をかけるということと同じです。そういうものを自分で担えるようになることを「大人になる」と言います。

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投稿者:ashida1670 | 19:48 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 バカな若者について-人材育成の諸課題(増補改訂版ver5.1) 2015年01月10日

「会えない時間が愛育てるのさ」と郷ひろみは言いました。歌のタイトルはまさに『よろしく哀愁』だったわけです。「哀愁」(OUTPUTのないINPUT)こそが〈育む〉ことの原理なのです。

まさに大学受験勉強などは、それゆえ、「哀愁」の勉強だったわけです。最近の若者は、「哀愁」に「よろしく」が付いている意味がわからない(中曽根臨教審から最近の教育再生実行会議までの教育思想の犠牲になっているとも言えますがhttp://www.ashida.info/blog/2014/07/post_429.html#more)。昨今のコミュニケーション論の対極にある言葉が「よろしく哀愁」です。

さて昨年12月29日の忘年会のこと。若い人のよくある勘違いに出会った。

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投稿者:ashida1670 | 12:02 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 世界一早い第65回NHK紅白歌合戦全曲速報ver.3.0  ― 今年のテーマは「歌おう。おおみそかは全員参加で!」。 2015年01月02日

今年(昨年)の紅白歌合戦は、特にこれといった特長のないものとなりました。吉高由里子さんの司会も、昨年の綾瀬はるかさんの司会に較べてそのぶっきらぼうさでは変わりが無いのですが、うまく回転していなかったように思います。

綾瀬はるかさんには、天然であってもひたむきな感じと紅白を天然として楽しんでいる風情が感じ取れましたが、吉髙さんの天然にそれはなかった。この差が、今年の紅白のすべてだったのかもしれません。あまりにも気が散逸して、股が開きすぎていた吉髙さんが気になった今年の紅白です。

今年は、10月末に引っ越しをした2ヶ月目での新居での紅白観戦でした。引っ越しをまったく手伝わなかった息子の太郎も、はじめての新居で迎える大晦日でした。家内の再発なしの記録も4年目を迎え、今年もリビングでの三人紅白観戦ができました。「もうこんなに疲れる紅白観戦はやめようよ」と家族から毎年不評ですが、2002年から続いているこの”行事”をやめるわけにはいきません。なによりも「やめたい」と思っているのは私なのですから。やめたいと思っていても続けるのを〈人生〉というのです。それが動物と違う人間の〈生〉、と思う今日この頃。

では49番目の聖子さんの、完全にすべっていた歌で終わる65回紅白の全曲評、どうぞ。

※ツイートは、誤記を含めて(少々)修正しています。
※直後のツイートも(少々)収録しました。
※今年も紅白直後にtogetterで、私のツイートをまとめて下さる方が登場http://togetter.com/li/764452。3日目で30000viewを超えました。その分、BLOGの閲覧者は下がり続けています(笑)。リアルタイムツイッターには、さすがのBLOG発信も負けてしまします。私の紅白評も「速報」が特徴でしたが、ツイッターの速報性にはかないません。今年は、私の速報に「いちゃもん」を付けてくる人にもその場で〝対応〟しましたので、togetterのタイトルにも「いちゃもんとクソリプ対応」というタイトルが付きました(笑)。もちろん私が付けたタイトルではありません。悪しからず。

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投稿者:ashida1670 | 02:18 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 何が実践的な教育なのか ― 多様性にまみれない教育こそ、学校教育の意味 2014年10月13日

1. 少し時間が経ったが、この間、辻調の自己点検評価委員会に参加して、久しぶりに興奮する議論があった。

2. 実務の現場では、たとえば、卵一つにしても、学内実習のように新鮮な卵ばかりが使えるわけではない、様々な理由で鮮度の落ちた卵を使わざるを得ない場合もある。

3. そうすると、ある意味理想的な環境で学んできた学生の料理の技術がたちまち頓挫する場面も多々出てくる。

4. いつも、〝上級〟の食材で学ぶのではなく、〝中級〟〝下級〟の食材や環境で学ぶことが職業教育本来の実践的な教育ではないのか。

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投稿者:ashida1670 | 02:02 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 増補版・高校生のための進路決定ガイダンス ― 学歴と収入との関係について 2014年07月13日

7月10日に、とある私立高校の女子3年生100人にレクチャーした際に使ったパワポを再掲します。「男子の収入に子育てを頼ることができない時代」(この講演での私の再三のフレーズ)の高校生女子のために作った資料です。

スライド0.JPG

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投稿者:ashida1670 | 04:39 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 大学入試改革(教育再生実行会議)の時代錯誤について ― 〈人物〉評価とは何か。 2014年07月03日

『教育と医学』http://www.keio-up.co.jp/np/kyouiku.do編集部(慶應義塾大学出版会「教育と医学」編集部)から、大学入試改革についての記事依頼があり、20枚ほどにまとめてみました(まだまだ書きたかったのですが)。『教育と医学』2014年7月号(733号)の「特集2・大学入試制度改革の動向と影響」に掲載されています。編集部のご協力、了解を得て、転載します。

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大学入試改革(教育再生実行会議)の時代錯誤について ― 〈人物〉評価とは何か。

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投稿者:ashida1670 | 19:28 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 本日のテレビ出演(フジテレビ「新報道2001」)において、私の言いたかったこと― 「小保方問題」と「コピペ問題」について(増補版) 2014年04月20日

●「小保方問題」について

1)「小保方問題」ですが、これについては、まずは「ありえないこと」の発見を彼女は「ある」と下手な仕方であっても叫んだのだから(つまり、コピー疑惑以前に、明らかにみんなの疑惑を生む主張をしたのだから)、ちまたの科学者たちが、「ミューズ細胞」「OCT4」発光の勘違い説などでいまさら騒ぐのはおかしいということ。それほど(勘違いさえわからないほど)に理研や小保方さんや共同執筆者たちの質が低いというのなら、話は別だが。これらの事態は、いずれにしても論文発表以前の話だ、と私は理解している。

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投稿者:ashida1670 | 16:08 | 感想を見る・書く (2) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 世界一早い第64回NHK紅白歌合戦全曲速報  ― 今年のテーマは「歌がここにある」 2014年01月07日

今年(2013年)もこの季節がやって参りましたが、Twitterのようなメディアが出てきたために、昨年は1日遅れ、今年は1週間も遅れてしまいました。Twitterをやらない旧来のブログ読者の方にとっては、堕落です(笑)。申し訳ありません。

今年もまた、恵比寿に住んでいる息子(http://www.ashida.info/blog/2008/03/post_279.html)は、紅白歌合戦の前日30日から品川・御殿山の我が自宅に戻り、昨年と同様、家内含めて3人の紅白観戦となりました。特筆すべきは、もう10年近く難病を患っている家内(http://www.ashida.info/blog/cat8/)も、昨年同様19:15~23:45までの4時間半、リビングで紅白を見ることができたということです。一昨年の一月(2012年)以来、この1月で2年間も再発がなく、10年以上(年に半年は入院していた10年間でしたが)再発が一回もないこの二年目の1月を迎えることが出来ました。その年の締めくくりにふさわしい紅白鑑賞でした。

今年のTwitterの閲覧数(http://togetter.com/li/609958)は、30,000view(1月7日段階)。おかげで、ブログの閲覧数は減りました(笑)。

今年の紅白は、綾瀬はるか+嵐+ふなっしー(+鉄拳)の紅白歌合戦となりました。ダメだったのは、ビデオ挿入によりナマの迫力が殺がれたことと、「あまちゃん」のお仕着せ的な演出(見ていた人にしか分からない演出)が鼻についたことです。その点でも綾瀬はるかの天然の「泣き」にまずい演出が救われていました。

では、今年の全曲速報、どうぞ。

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投稿者:ashida1670 | 03:18 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 2013年度恒例忘年会(今年は新刊記念忘年会となりました) 2013年12月07日

12月21日土曜日19:00~(23:00まで)銀座で開催します(会費は5000円~)。初参加の方は特に歓迎します。

詳しくは以下「続きを読む」をクリック

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投稿者:ashida1670 | 23:32 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 芦田宏直×本間正人 トークセッション『ソーシャルメディア時代に求められる人材像とは?』(芳林堂高田馬場店) 2013年11月16日

芦田の新刊『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』を記念して、11/8 (金) 芳林堂書店・高田馬場店(東京)にて行われた、芦田宏直と本間正人先生のトークの記録­です。企業が求めるのは"コミュニケーション能力"っていうけれど実際は?!

taidann.bmp

新刊において、学校教育における「キャリア教育」の諸課題を指摘しましたが、コーチングの第一人者­・本間正人氏がその芦田に疑問や異論をぶつけます。ふるってご視聴ください。視聴は「続きを読む」をクリックしてYouTube画面の再生ボタンをクリックして下さい。

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投稿者:ashida1670 | 11:56 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「マージナル大学に対して遠くとも確固たる目標をつきつける芦田氏の論考」― 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』書評 2013年10月01日

 芦田宏直氏の論考がついに書籍になった。様々な理由から私は芦田先生のブログや講演の書籍を待ち望んでいた。著者の論考は、大雑把に言うと、「学生に向けられた言葉」「大学関係者に向けられた言葉」「社会人全体に向けられた言葉」「機能主義批判」の4つに分けられる。本書はそれらをすべて盛り込んだ内容になっている。哲学的な難解な文体が後半になればなるほど濃厚になってくるが、その合間合間にも、哲学の門外漢にとってもはっとさせられる箇所がたくさんある。特に、学生や大学関係者、そして職場で若い人を育てる立場にある人達に読んでもらいたい。特に、「大学全入時代の学生を人材として育てる(17頁)」という困難な課題に立ち向かおうとしている大学教員にとっては、必読である。

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投稿者:ashida1670 | 08:58 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 社会とはかけ離れた『哲学』の存在が、著者を実社会と強く接続させているように見える ― 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』書評 2013年09月24日

また力作書評を頂きました。「黒夜行」さんという方の書評ブログです。以下、全文掲載します。

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本書は、なかなか一言では説明できないほど多様な文章が詰め込まれた、社会人を応援する書でもあり、学生を鼓舞する書でもあり、哲学的思考に浸れる書でもあり、教育界に一石を投じる書でもあります。

タイトルは非常にインパクトがありますが、別に努力を否定する作品ではありません。

本書は、先程も書いたように、とにかくあらゆる種類の文章が整理されつめ込まれているので、とてもそのすべてに触れるわけにはいきません。これだけ玉石混交なのは(文体や考え方がではなく、触れられているジャンルがということ)、本書の元になったのが著者のブログだからでしょうか。非常に難しい(と僕には思える)哲学的な話もあれば、電車の中で出会ったとある少年との邂逅の話なんてのもあったりします。触れられているジャンルは多岐に渡りますが、著者のスタンスは常に一貫している(ように僕には思える)ので、作品全体としては統一感を感じさせる作品でもあります。

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投稿者:ashida1670 | 17:51 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 痛烈な機能主義批判 ― 芦田宏直『努力する人間になってはいけない(学校と仕事と社会の新人論)』を読む 2013年09月17日

祝スピーチを頂いた中西先生(http://www.ashida.info/blog/2013/08/201387_8.html#more)から書評を頂きました。以下、全文御紹介します。

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本書のハイライトは第9章「ツイッター微分論 ― 機能主義批判と新人論と」です。ハイライトでもあり、最も難解なこの第9章のために、著者は第8章まで読者を騙し続けます。あたかも、若者向けの啓蒙書のように。この本は決して啓蒙書ではありません。(特にわれわれ心理学者にとっては) とても危険な本です。

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投稿者:ashida1670 | 10:48 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 本日、津田大介さんと二時間ニコ生対談行います(20:00~22:00) 2013年09月02日

本日20:00から、津田大介さんがホスト役のニコ生動画放送に出演します。【@jai_anが今、改めてTwitterを語る!】津田ブロマガ eXtreme #14 (番組ID:lv150568559)  http://live.nicovideo.jp/watch/lv150568559

内容は

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投稿者:ashida1670 | 02:28 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』感想 Part2(…でも、哲学の人だから、そこから突っ込んで来てしまうわけで、そういうの面倒くさいと思うか…) 2013年08月16日

7日の出版記念パーティーが終わって(http://togetter.com/li/545497)、一週間後の14日そろそろ感想聞かなくてはと参加していた某超大手広告代理店の中堅二人を、ロイヤルホスト高輪店(笑)に呼び出して、一週間後の話を聞いてみた。

なんと18:00に待ち合わせて、終わったのが、24:30。そもそもメニューを決めるまでに思わず話し込んで2時間ほど話し続けていたから、そんな時間になってもおかしくはない。ロイヤルホストにしておいてよかった(笑)。以下は、その参加者の一人がまとめてくれた記念パーティー解題講演と本の感想の一部です。

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アルバイト店員が内輪受けの悪ふざけをソーシャルメディアに投稿して炎上するという事象が方々で沸き起こっている流れで、低学歴高学歴という言葉を最近よく目にします。

ものすごく差別的かつ刺激的で極端な言い方をすると、低学歴高学歴というよりも家庭や地域でのしつけや教育の差、つまり親や地域の教養や品格のレベルの差と捉えるべきなのではないでしょうか。

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投稿者:ashida1670 | 19:02 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』の(このブログの長年の読者から)長文感想文を頂きました。 2013年08月15日

弘中百合子(ロゼッタストーン社)様

K(実名になっていますが、略します)と申します。出版記念パーティ&(朝まで)講演会では大変お世話になりました。おかげさまで、非常に楽しく有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございました。196人目でギリギリ滑り込むことができて、ほんとうによかったです。

アンケートを拝受しましたが、ようやく宿題=感想文を書き終えましたので、以下をもってアンケートへの回答に代えたいと思います。それでは、芦田先生によろしくどうぞ。

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ブログ「芦田の毎日」の「10年来の読者」(440頁)の45歳男(大学教員、札幌在住)です(ツイッターはやってませんがツイログをいつも拝見しています)。

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投稿者:ashida1670 | 16:47 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 長男・太郎(家族を代表して)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●長男・芦田太郎の御礼スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395061

息子の太郎です。今テレビ朝日で働かせていただいているんですけれども、コネ入社ではありません(笑)。

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投稿者:ashida1670 | 11:57 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 若林靖永さん(京都大学)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●若林靖永さん(京都大学教授・マーケティング)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395059

(会場での若林靖永さんの紹介)
若林靖永(やすなが)先生は、京都大学教授。ご専門は、マーケティング。著者芦田宏直氏のTwitter微分論の早くからの共鳴者のお一人。2010年初頭、生まれたばかりのTwitter微分論講座を大阪梅田で開催された方です。今日はお忙しい中、京都から、駆けつけてくださいました。では、若林先生、祝スピーチ、よろしくお願いします。


今ご紹介いただきました、京都大学の若林と申します。

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投稿者:ashida1670 | 11:52 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 中西大輔さん(広島修道大学)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●中西大輔さん(広島修道大学准教授・心理学)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395057

(中西大輔さんの会場での紹介)
中西大輔さんは、知る人ぞ知る広島修道大学准教授。専門は実験心理学(進化論・適応論をベースとした社会心理学)。芦田宏直氏が終生の敵と見なしている機能主義心理学の代表者のお一人です(この他にも帯広畜産大学の渡邊教授も、そのお仲間ですが)。機能主義批判、心理主義批判は、今回の新刊の第九章でも詳細に論じられておりますが、その中西先生が、わざわざ「飛んで火に入る夏の虫」のように、「今日のこのめでたき日に参加された理由がわからない」と芦田宏直氏は申しております。では、中西先生、祝スピーチをよろしくお願いします。


(紹介に対して)ありがとうございます。中西です。この度はご出版おめでとうございます。すごくこう、やり易い紹介をしていただきまして(芦田笑)、本当にありがたいなと思ってるんですが、私が芦田先生とこう本格的なやり取りを始めたのは確か2010年の初夏だったと思うんですけれども、当然いつものように、芦田先生が心理学のことをバカにしてるわけですね。

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投稿者:ashida1670 | 11:41 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 小山龍介さん(ビジネスクリエーター)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●小山龍介さん(ビジネスクリエーター)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395055

●(小山龍介さんの会場での紹介)
小山龍介さんは、多くのビジネス創造論、思考発想論関連の著書がある売れっ子の活動家。東日本復興の事業にも精力的に関わっておられますが、ビジネスノウハウ論の大嫌いな芦田宏直氏と小山さんがなぜ仲がいいかと言うと、小山さんは、京都大学哲学科で美学を専攻された哲学徒。芦田さんのターミノロジーが耳に馴染みやすいとのこと。では、小山龍介(こやまりゅうすけ)さん、祝スピーチをよろしくお願いします。

ただいまご紹介にあずかりました小山と申します。芦田先生、このたびは本当におめでとうございます。

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投稿者:ashida1670 | 11:34 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 永川優樹さん(映像作家)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●永川 優樹さん(映像作家)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395053

(会場での永川優樹さんの紹介)
永川優樹(えいかわゆうき)さんは、世界中の都市や自然環境を映像資産として記録されている売れっ子の映像作家。映像論としてもTwitter微分論は独創的な価値があるとTwitter上で交流が生まれ、何回かの芦田氏の講演にも積極的に参加。先ほどのウジさん共々、新刊第九章で展開されるTwitter微分論が生んだお仲間のお一人です。では、永川優樹さん、祝スピーチをよろしくお願いします。


すいません、このそうそうたるメンバーの中で紹介して頂くのは本当に恐縮なほど、無名な人間で申し訳ありません。芦田先生、出版おめでとうございます。

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投稿者:ashida1670 | 11:19 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ウジトモコさん(アートディレクター)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●ウジトモコさん(アートディレクター)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395051

(会場でのウジトモコさんの紹介)
ウジトモコさんは、ベストセラー『デザインセンスを身につける』(ソフトバンク新書)の著者。現役のデザイナーですが、たった20人しか集まらなかった著者の最初のツイッター微分論レクチャー(全日空ホテル2010年1月)の参加者の一人。そのレクチャーで最初会ったときは、喧嘩をしていたそうですが、その後こんなに長い付き合いになるとは、と、芦田氏の弁。その年の9月には、ウジさんの主催される「デザインとブランドアイデンティティ」セミナー&特別講演会において、『デザインとは何か ― デザインの哲学的意味論について』という講演まで芦田氏はされるほどの関係に。初回の顔合わせの喧嘩は何だったんでしょう。では、ウジトモコさん、祝スピーチをよろしくお願いします。

 芦田先生、今日はおめでとうございます。こんにちは、アートディレクターのウジトモコでございます。私はですね、2009年の秋口頃、ツイッターが楽しくて仕方がない頃に、さきほど津田さんがご挨拶されたように、全く出会う予定なくしてですね、すれ違ってしまいまして(芦田•笑)。

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投稿者:ashida1670 | 11:04 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 高橋健太郎さん(音楽評論家)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月10日

●高橋健太郎さん(音楽評論家)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395035

(会場での高橋健太郎さんの紹介)
高橋健太郎さんは、新刊「ポップスミュージックのゆくえ」でも著名な音楽評論家。「頭の中にあるものを表現するのは難しい」と高橋氏がつぶやいたのを、芦田氏が「頭の中、なんて存在しない」と喧嘩を売ったのが、最初の出会いでした。最近は、原発事故の精力的で継続的なツイートで活躍されています。「日本の原発ではメルトダウンは起こらない、チェルノブイリのようななることはあり得ない、と理屈抜きで信じ込まされてきたんだよね。11日夜の時点で、もうどうしようもないってTL上で言っていたのが芦田先生だけだったのを思い出す」と原発問題でも二人はシンクロされています。では、高橋健太郎さん、祝スピーチをよろしくお願いします。


 芦田先生今日はおめでとうございます。実はですね、芦田先生にお目にかかるのは実は今日が初めてでして(笑)、皆さんのスピーチを聞いて頂いて、いろいろと過去の暴露話とかですね、できるのに、僕は何にもそういうネタを持っていなくてつまらないなぁと思っていたんですけれども。

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投稿者:ashida1670 | 00:30 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 野上ゆきえさん(都議会議員)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●野上ゆきえさん(都議会議員)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395033

(会場での野上ゆきえさん紹介)
野上ゆきえ(のがみゆきえ)さんは、都議会議員。著者のツイッター微分論を天下に広めたTwitter東京都庁講演は、野上議員のお膳立てで可能になりました。「オンライン自己」論で有名な芦田宏直氏の「ストック情報武装化論」10回連載も、この都庁講演を聞いていた日経BPnetの編集長のご判断が元になっております。Twitter微分論の「生みの母」とも言える野上議員です。では、野上先生、祝スピーチをよろしくお願いします。

 皆さんこんばんは、ただいまご紹介いただきました、東京都議会議員、野上ゆきえでございます。本日は芦田宏直先生の出版記念パーティ、本当に多くの方がお集りの上、開催されましたこと、本当におめでとうございます。

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投稿者:ashida1670 | 22:53 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 宇佐美登さん(元衆議院議員)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●宇佐美登さん(元衆議院議員)の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395031

(会場での宇佐美登さんの紹介)
宇佐美登(うさみのぼる)さんは、元衆議院議員。1993年新党さきがけ公認で26歳で初当選。現在は、9月に投票が行われる福島県「いわき市」市長選の立候補の準備をされています。芦田宏直氏とは「言うに言われぬ」長いお付き合いです。では、宇佐美さん、祝スピーチをよろしくお願いします。


 皆さんこんばんは。えー本人より目立つ挨拶をする栄陽子さんの後に私がするなんて大変厳しいんですけれども、栄先生とも、おそらく芦田先生とお会いする前からのお付き合いをさせていただいております、いまご紹介いただきました、宇佐美登と申します。

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投稿者:ashida1670 | 22:39 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 小渕優子さん(財務副大臣・衆議院議員)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●小渕優子さん(財務副大臣・衆議院議員) の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395017

(会場での小渕優子さんの紹介)
衆議院議員で、現在、財務副大臣でもあられる小渕優子さんに祝スピーチをお願いします。小渕先生は、著者の芦田宏直氏とは古くからの「言うに言われぬ」お付き合いがあるそうです。今日は、25年ぶりの芦田先生の新刊出版記念パーティーということで、お忙しい中駆けつけてくださいました。では、小渕先生、祝スピーチ、よろしくお願いします。


 ただいまご紹介をいただきました、小渕優子と申します。えー改めまして、すみません、ちょっと今日は子ども達を連れて来ました、大変うるさくしておりますけれども、改めまして、本日芦田先生の素晴らしいご本が書かれたということで、まず心からお祝い申し上げたいと思います。芦田先生おめでとうございます。

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投稿者:ashida1670 | 22:01 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 栄陽子さん(栄陽子留学研究所所長)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●栄陽子さん(栄陽子留学研究所所長) の祝スピーチ
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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395023

(会場での栄陽子さんの紹介)
栄陽子(さかえようこ)先生http://www.ryugaku.com/は、日本の若者の、質の高いアメリカ留学への道を切り開いた先駆者。芦田宏直氏の専門学校校長時代に、留学提携で協力を頂いた先生です。もうかれこれ20年以上のお付き合いになります。では、栄先生、祝スピーチをよろしくお願いします。

 皆さん栄陽子です、こんばんはー。こんばんはー、こんばんはー。

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投稿者:ashida1670 | 21:15 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 八木哲郎さん(「知的生産の技術」研究会会長)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念パーティー(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●八木哲郎さん(「知的生産の技術」研究会会長) の祝スピーチ

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395021

(会場での八木哲郎さんの紹介)
八木哲郎先生は、「知的生産の技術」研究会(http://www.tiken.org/)を長い間導いてこられた先生です。著者の芦田宏直氏とは、15年来のご関係で、八木先生と芦田氏がコラボして開催された著名人講座は30講座以上。その中には、寺島実郎、西和彦、紀田順一郎、村松増美、養老孟司、藤原正彦などそうそうたる著名人の講座が含まれています。その中で、芦田宏直氏ご自身が、講座を開設されたのが、今回の御著書の中核となる第九章「機能主義とメディアの現在」でした。この論考は、2010年12月13日虎ノ門の商工会館で開催された「知的生産の技術」研究会講演が元になっております。文字興しは八木会長ご自身がなされました。まさに、この新刊『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』は、八木会長なしには生まれなかったものです。では、八木会長、祝スピーチをよろしくお願いします。


 さきほど紹介をいただきました、「知的生産の技術研究会」の会長の八木と申します。

芦田さん、この度は大変素晴らしいご本をお書きになりまして、大変おめでとうございます。僕もまだ読んでいませんけれども、私が「機能主義とメディアの現在」のテープ起こしをしたときは、全くわからなかったですね、どういう本になるのか、私自身も意味がわからないけれども、まあ(文字起こしは)機械的にって言いますかね、どうしてもわからない部分がありました(笑)。

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投稿者:ashida1670 | 20:46 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 津田大介さん(メディアアクティビスト)・祝スピーチ_2013年8月7日出版記念(於・日本外国特派員協会) 2013年08月09日

●津田大介さんの祝スピーチ(メディア・アクティビスト)

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http://www.ustream.tv/recorded/36969901/highlight/395019

(会場での津田さん紹介)
 津田大介さんは、みなさんもご存じのように、日本にTwitter利用を広めた先駆的なジャーナリスト。会議の速記メモを、Twitterに流すのを「ツダる」と言いますが、これも津田さんの「ツダ(津田)」から来ているほどに、ソーシャルメディア界の貢献度No.1の方です。今回、この新刊書の帯を書かれておられますが、著者の芦田宏直氏との関係もまたTwitterでの交流からでした。最初は、その交流も口争いから始まったとのことですが、そのあたりから祝スピーチを頂きましょうか。では、津田大介さん、どうぞ。


 みなさんこんばんは。そして芦田先生、出版おめでとうございます。

 今、ご紹介で、芦田さんと僕の出会いがツイッターであって、最初は「口争い」っていうお話だったんですけど、これは正確ではなくて、罵倒でしたね(笑)、正確に言うと。

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投稿者:ashida1670 | 20:10 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 私の新刊『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』出版記念パーティーUst完全生中継することになりました。 2013年08月06日

◆日時 8月7日18:30開場からレクチャー最終21:30まで、完全放映します。
◆会場 日本外国特派員協会(有楽町電気ビル北館20階)
※なお、パーティーは200名定員のところ満杯になっており受付できませんが、懇親会(銀座)は22:00~05:00まで(二次会22:00~24:00 三次会24:30~05:00)までまだ受け付けております。懇親会のみの参加も受けております(本もフライングゲットで手に入ります)。奮ってご参加下さい。申込みサイトはこちら→http://kokucheese.com/event/index/101623/

18:30 開場
18:30 サイン会
19:00 パーティ開始
19:00 乾杯の挨拶 
19:20~20:10 ゲストスピーチ(10名前後)+歓談・食事タイム
20:10~20:30 講演会場作り(椅子配置)のため休憩時間
20:30~21:30 芦田による著作解題講演
21:30 終わりの挨拶

Ustサイトアドレスはこちら

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投稿者:ashida1670 | 10:56 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 私の新刊『努力する人間になってはいけない ― 学校と仕事と社会の新人論』出版記念パーティー申し込みサイトが開設されました(そのまま転記します)。 2013年07月09日

みなさま、大変長らくお待たせいたしました。

芦田先生の新刊『努力する人間になってはいけないー学校と仕事と社会の新人論』(496ページ・定価<本体価格2800円+税>・ロゼッタストーン刊)ができあがりました!

この新刊発行を記念して、8月7日、出版記念パーティを開催します。本の発行は9月2日を予定していますが、この日のパーティに来てくだされば、誰よりも早く先生の力作を手にすることができます。さらに芦田先生による解題講演も! どなたでも参加できますので、ふるってご参加ください。

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●著者のことば

この本の中核をなす第9章「機能主義とメディアの現在」の加筆・修正(同時に日経BPnetの未完の第10回の完成)が私に可能になったのは、なんと言っても東日本大震災が機縁になっている。

第九章の序論とでも言える「気仙沼はどうなっているのか」(266~273頁)で、「私は、いま〈新人〉のことを考えている」(269頁)とポツンと書いたとき、ツイッター微分論の〈新人論〉=「走り出そうとしている人」(ハイデガー)論(274~391頁)は、まだ私の念頭に全くなかったが、「機能主義とメディアの現在」を補完的に書き進むにつれて、別の時間の出来事だった震災論とツイッター論とが一気に結びついた感じだった。

 このニュアンスを書籍だけで伝えるのはなかなか難しい(もちろん第9章全体をじっくり読んで頂ければ分かってもらえるように書いたつもりだが)。

 出版社からは「お祝いの会なのだから、講演はまた別の機会に」と言われたのだが、「いやいやぜひ解題講演を」、と、わざわざ組み込んで頂いたのはそのためだ。パーティー当日はそこのところをうまくお伝えできれば、と思っている。みなさんとお会いできるのを楽しみにしております。

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投稿者:ashida1670 | 06:55 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 【最終版】新刊書索引語体系ができあがりました ― まもなく出版されます(お待たせしました)。 2013年06月04日

『台風クラブ』
『遠い空の向こうに』
『ミッドナイト・イン・パリ』
"Das Ende der Massenproduktion"
"Liberty vs Equal Opportunity" in "Equality : Selected Readings"
"Sein und Zeit"
『傘がない』
『ふるさと』
『また逢う日まで』
『港町ブルース』
『現代ビジネス』
『ストック情報武装化論』
『子ども・若者白書』
『若者雇用関連データ』
『学力があぶない』
『哲学』1990/10(「人工知能における『頭の内と外』」)
「新しい専門学校制度の在り方(専門学校の将来像)」答申
『新しい労働社会』
『人工知能になぜ哲学が必要か』(「一般化フレーム問題の提唱」)
『意味に飢える社会』
『引用の織物』
『解釈の革新』
『階層化日本と教育危機』
「学士課程教育の構築に向けて」答申
『学問のすすめ』
『学歴社会』
『学歴の社会史』
『学歴分断社会』
『カント哲学の形成と形而上学的基礎』
『危険社会―新しい近代への道』
『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか』
『キャリアエデュ』NO.26
『教育改革のゆくえ』
『教育の職業的意義』
『共同幻想論』
『近代とはいかなる時代か?』
『クローズアップ現代』
『グロテスクな教養』
『経済学・哲学草稿』
『形而上学の存在- 神- 論的体制』1957年講義
『言語にとって美とは何か』
『現代詩』第1巻第2号
『現代政治の思想と行動』
『現代の高等教育』
『高度成長』
『声と現象』
『個性を煽られる子どもたち ― 親密圏の変容を考える』
「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」答申
『西国立志編』
『サイバネティクス ― 動物と機械における制御と通信』
『サルトル哲学序説』
『思考としての歴史と行動としての歴史』
『資本主義と自由』
『自民党と教育政策』
『純粋理性批判』
『情報様式論』
『フロイト全集第二〇巻』(「女性の性について」)
『書物の時間』
『真贋』
『人工知能になぜ哲学が必要か』
『精神現象学』
『世界』
『専修学校教育の振興方策等に関する調査研究』
「専門学校における職業実践的な教育に特化した枠組みについて」骨子案
『存在と時間』
『大学の教育力』
『大衆教育社会のゆくえ』
『大論理学』
『多元化する「能力」と日本社会 ― ハイパー・メリトクラシー化の中で』
『現代思想』18‒3号(「知性の条件とロボットのジレンマ」)
『知的生産の技術』
『転位のための十篇』
『日本のメリトクラシー』
『人間はどこまで動物か』

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投稿者:ashida1670 | 23:13 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 【第五版】今度は「後書き」(キャリア教育はどうやって断念されたのか) ― 消費偏差値と高等教育のグランドデザイン)草稿ができました ― 読んだ人は必ず買って下さい(笑) 2013年03月22日

★あとがきにかえて

教育の現場に長い間いると、世間の人々のでき不出来、人々の行動のでき不出来がすべて自分の教育の成否に関わっているように見えて、いやーなタイプの人間になりがちだ。組織内の同僚、部下、上長までをも「どんな教育を受けてきたのだろう」という目でついつい見てしまう。その人達の〈経験〉や〈才能〉よりも、受けてきた〈教育〉が気になる。

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投稿者:ashida1670 | 23:29 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 来月4月下旬刊行予定の私の著作『努力する人になってはいけない』の「前書き」原稿 (話体表出の方法について)― 読んだ人は必ず買って下さい(笑) 2013年03月14日

★まえがきにかえて

 「先生、先生」と言われ続けて何十年にもなる。そうすると「先生」は大体がバカになる。先生がバカになるのにはわかりきった理由がある。

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投稿者:ashida1670 | 22:12 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 世界一早い第63回NHK紅白歌合戦全曲速報  ― 今年のテーマは「歌で 会いたい」 2013年01月01日

今年(2012年)もこの季節がやって参りましたが、Twitterのようなメディアが出てきたために、私の紅白速報も、逆に1日遅れになってしまいました。旧来のブログ読者の方には、面食らう方もおられるかもしれませんが、お許し下さい。

なお、今年は、息子(http://www.ashida.info/blog/2008/03/post_279.html)も31日の16:00前には私の転居したばかりの自宅(品川・御殿山)に戻ってきて、家内含めて久しぶりの3人で年を越すことが出来ました(息子はこの新居ははじめて)。特筆すべきは、もう10年近く難病を患っている家内(http://www.ashida.info/blog/cat8/)も、19:15~23:45までの4時間半、リビングで紅白を見ることができたということです。今年(2012年)は、2003年の発病以来、再発が一回もない記念すべきはじめての年でした。その年の締めくくりにふさわしい紅白鑑賞となりました。

とりあえず記事をUPしますが、周辺の状況(反応)を加えた増補版を後で再アップします。今しばらくお待ち下さい。

※今年のTwitterの閲覧数(http://togetter.com/li/432290?f=tgtn)は、40,000view超えました。おかげで、ブログの閲覧数は減りました(笑)。

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非国民。 RT @pandachopanda: なんと…!芦田先生の紅白実況を楽しみにしていたのに、夫は"笑ってはいけない"を見る気満々(; ̄ェ ̄)。 テレビ一個しかねーよ。 どっか友達んち行ってくれば?とか言ってみようかな… #ashida1231
jai_an 2012-12-31 17:18:24

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投稿者:ashida1670 | 18:20 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 恒例のヒルトン忘年会を今年も12月22日に開催します ― 芦田の新刊出版記念、および引っ越し報告忘年会 2012年12月06日

【日時】2012年12月22日20:00~翌朝まで(受付19:15より)

【場所内容】ヒルトン東京(新宿)http://www.hiltontokyo.jp/
●第一部(19:45~22:30):二階「チェッカーズ」http://www.hiltontokyo.jp/restaurants/checkers.html
19:00 受け付け開始(受付は19:00からやっています)
19:45 開会(芦田の気分がよければ、開会の辞あり)
20:00 本格的に飲み食い開始(食べ放題、飲み放題のヒルトンバイキング開始。
20:30 芦田による3月出版予定の新刊本の内容、進捗状況の報告、世田谷南烏山→品川御殿山引っ越し報告、人生相談・勉学相談・就職相談・星占い・その他など)、その他自由交流会(閉会まで座席移動は自由)
21:00 芦田の日ごろのツイートに対するに「一言言いたい、聞きたい(参加者自由発言・その他)」
22:30 第一部閉会((芦田の気分がよければ、閉会の辞あり)

※参考資料「就職活動開始の学生諸君に贈る ― 就職活動への檄20箇条」http://www.ashida.info/blog/2010/09/_20.html

●第二部(22:30~新宿駅始発時刻):一階「マーブルラウンジ」http://www.hiltontokyo.jp/restaurants/marble_lounge.html

小山龍介(https://twitter.com/ryu2net)さん+中西大輔さん(https://twitter.com/daihiko)+芦田のトークセッション「機能主義とは何か」(三人だけが話すのではなく、参加者全員が自由に話せるような感じで進行します。お気軽にご参加ください)

参考資料(1):芦田先生と渡邊先生の議論まとめ(http://togetter.com/li/60109
参考資料(2):機能主義とメディアの現在-情報社会とデータベースと人間の死と(講演) 
※補論:土井隆義の『個性を煽られる若者たち』における個性論(http://www.ashida.info/blog/2011/04/post_409.html
参考資料(3):芦田宏直の「ストック情報武装化論」http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100524/227559/

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投稿者:ashida1670 | 13:22 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 高大連携に於ける「本人の希望優先」という進路指導方針について 2012年11月08日

1)まず、第一前提は、「本人の希望」(厳密には「本人の意志」)を無視して、進路指導などできないということ。これに反対する者など誰もいない。

2)問題は、この「本人の希望」という言葉は、“最初に”本人が何を考えているのか(今後、この本人の希望を〈希望1〉と呼びます)、と、“最終的には”何を希望するのか(今後、この本人の希望を〈希望2〉と呼びます)という紆余曲折のプロセスを覆い隠してしまうということ。

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投稿者:ashida1670 | 07:55 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 学校教育における〈試験(学期末試験)〉の意味について 2012年09月16日

この夏休み期間中に、特には8月中にやったFD研修の中で、特に、学校教育における試験の意味について質問や議論があったところを、Q&Aふうにまとめてみました。ご参考になればどうぞ。

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投稿者:ashida1670 | 02:05 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 講談社『現代ビジネス』の田村耕太郎さんによる取材記事・総集編(第一弾~第三弾) ― 偏差値30、40台の学生を一流のITエンジニアにする教育法 2012年06月14日

現代ビジネス(講談社)の田村耕太郎さんの私へのインタビュー記事:「偏差値30、40台の学生を一流のITエンジニアにする教育法 ― ゆとり教育の被害者を稼げる人材に変えよ!」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32600 から三週にわたって分載された私の発言を修正補筆しながら、全文一覧できるようにしました。


「現在の高等教育での一番の問題点は、いまの大学教育も専門学校教育も、積み上げ型のカリキュラムになっていないということです」と芦田宏直氏は言う。

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投稿者:ashida1670 | 17:28 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 講談社『現代ビジネス』の田村耕太郎さんによる取材記事・第二弾、本日UPされました。 2012年05月28日

「偏差値30台、40台の学生を最強のIT戦士にする教育(その2)
― 東大、東工大を就職で圧倒する専門学校生。受験で詰め込めなかった学生に詰め込んでこぼさせず社会に出す教育」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32654

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『人間性』とか『コミュニケーション能力』というのを期待する企業は、リベラルアーツ病にかかっている『高偏差値大学待望型』の企業なわけです。単に素性の良い学生を欲しがっているだけのこと。こういった企業を出口に想定すると、学校側もカリキュラム開発を促進する動機を失ってしまうわけです。

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投稿者:ashida1670 | 12:19 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 Learning Planet 2010-03 / vol.3-2 キャリア教育を考える 2012年05月27日

先週の田村耕太郎さんの、私への取材記事http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32600は、BS朝日「Learning Planet」(2010年3月)で、「キャリア教育」について私が話したこの内容と関連しています。この機会に参照してみて下さい。なお、この放送で流れるパネルの原稿は、私が書いたものを、BS朝日がパネルデザインに直したものです。

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投稿者:ashida1670 | 11:24 | 感想を見る・書く (1) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 偏差値30、40台の学生を一流のITエンジニアにする教育法(講談社『現代ビジネス』における田村耕太郎さんの記事) 2012年05月21日

「コカコーラソーシャルメディアサミット2010」(http://www.ashida.info/blog/2010/12/2010.html)以来、交流のある前参議院議員の田村耕太郎さんが、今の日本における大学教育(あるいは専門学校教育)の問題のについて、私に取材してくれた。本日、『現代ビジネス』(講談社)にUPされました。

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「問題は、いまの大学教育も専門学校教育も、積み上げ型のカリキュラムになっていないということです」(芦田氏)

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投稿者:ashida1670 | 16:43 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「気仙沼はどうなっているのか」 ― 今頃、年賀状が書けました。 2012年05月11日

※この記事は2012年の年賀状を書き始めて、そのままになっていたものを、ふとしたきっかけで今頃書き終えたものです。季節外れの文体を我慢してください(笑)。ふとしたきっかけ、というのは、私の3月11日大震災のツイート集http://togetter.com/li/110551を昨日リツイートした方がおられて、そこに「気仙沼はどうなっているのか」という11日の私のツイートを見つけたからです。胸が締め付けられる思いがして、一気に書き上げました。

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昨年の紅白歌合戦(第62回紅白歌合戦)のテーマは「あしたを歌おう」だった。たぶんに東北震災(東日本大震災)を意識したものだった。

私がこの紅白で一番感激したのは、森進一の『港町ブルース』http://www.youtube.com/watch?v=ca5RkkKHwRw&feature=fvwrelだった(紅白中全曲平均点が50点代後半の私の採点の中で、この歌唱は100点満点だった)。この歌は私の世代の人間には、森進一の代表作とも言ってよいものだ。他の震災関連の企画参加曲と違って、この歌は震災のはるか以前から、関西に済む高校生の私にさえよく知られた曲だった。

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投稿者:ashida1670 | 01:45 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 増補版(Version 17.0) 追悼・吉本隆明 2012年03月17日

●追悼のための銘辞
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる 
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる
もたれあふことをきらつた反抗がたふれる
ぼくがたふれたら同胞はぼくの屍体を
湿つた忍従の穴へ埋めるにきまつてゐる
ぼくがたふれたら収奪者は勢ひをもりかへす
だから ちひさなやさしい群よ
みんなのひとつひとつの貌よ
さやうなら

 ― 「ちひさな群れへの挨拶」(1952年)より


ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだらうといふ妄想によつて ぼくは廃人であるさうだ おうこの夕ぐれ時の街の風景は 無数の休暇でたてこんでゐる 街は喧曝と無関心によつてぼくの友である 苦悩の広場はぼくがひとりで地ならしをして ちようどぼくがはいるにふさはしいビルデイングを建てよう 大工と大工の子の神話はいらない 不毛の国の花々 ぼくの愛した女たち お訣れだ
 ― 「廃人の歌」(1952年)より


けふから ぼくらは泣かない
きのふまでのように もう世界は
うつくしくもなくなつたから そうして
針のやうなことばをあつめて 悲惨な
出来ごとを生活のなかからみつけ
つき刺す…
胸のあひだからは 涙のかはりに
バラ色の私鉄の切符が
くちやくちやになつてあらはれ
ぼくらはぼくらに または少女に
それを視せて とほくまで
ゆくんだと告げるのである
とほくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ
嫉みと嫉みとをからみ合はせても
窮迫したぼくらの生活からは 名高い
恋の物語はうまれない

 ― 「涙が涸れる」(1954年)より


人間の意志はなるほど、選択する自由をもっている。選択のなかに、自由の意識がよみがえるのを感ずることができる。だが、この自由な選択にかけられた人間の意志も、人間と人間との関係が強いる絶対性のまえでは、相対的なものにすぎない。(…)人間は、狡猾に秩序をぬってあるきながら、革命思想を信じることもできるし、貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪することも出来る。自由な意志は選択するからだ。しかし、人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである。
 ― 「マチウ書試論」(1954)より


言語が意味や音のほかに像をもつというかんがえを、言語学者はみとめないかもしれない。しかし〈言語〉というコトバを本質的な意味でつかうとき、わたしたちは言語学をふり切ってもこの考えにつくほうがよい。(…)言語における像という概念に根拠をあたえさえすれば、この別れは可能なのだ。
 ― 『言語にとって美とはなにか』(1965年)より


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 吉本隆明さんが昨日16日亡くなりました(http://www.asahi.com/obituaries/update/0316/TKY201203160011.html)。87歳。私の父親とほぼ同じ年齢の思想家でした。印象深い『マチウ書試論』は私の生まれた年(1954年)の作品です。

 私の直接のあまりにも近しい恩師と言えば、詩人でもありベケットの研究者でもある永坂田津子先生(http://www.ashida.info/blog/2001/01/re1.html、、デリダを『声と現象』で日本に最初に紹介した高橋允昭先生(http://www.ashida.info/blog/2004/10/hamaenco_4_97.html)、ハイデガー・ニーチェ研究者の川原栄峰先生(http://www.ashida.info/blog/2007/01/post_185.html)ですが、それに加えて(自分勝手な)恩師を挙げるとすれば、吉本隆明さんでした。

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投稿者:ashida1670 | 12:23 | 感想を見る・書く (3) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ホイットニーヒューストン追悼(三つのビデオ画像付き) ― 和田アキ子は許せない。 2012年02月19日

18日、ホイットニー・ヒューストン(48)の葬儀が、出身地のニュージャージー州ニューアークで行われました。「ボディーガード」で共演した俳優のケビン・コスナーも出席、涙ぐんで弔辞を披露していました。私には「ボディーガード」のホイットニーよりは、初期の2枚のアルバムの方がはるかに思い入れがあるのですが、「ボディーガード」のアルバムも立派なものでした。

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投稿者:ashida1670 | 11:50 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ANAグランドスタッフの接遇とキャンセル待ち予約システムの諸問題 ― 空港でのキャンセル待ち予約はほとんどあてにならない 2012年01月20日

1)昨日の19日木曜日、羽田12:00発伊丹行き便のキャンセル待ち対応について、羽田空港のGS(グランドスタッフ)たちともめてしまった。※保安検査場を通る前の搭乗受付カウンターGS二人。

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投稿者:ashida1670 | 02:12 | 感想を見る・書く (12) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 増補改訂版:世界一早い第62回NHK紅白歌合戦全曲速報 ― 「気仙沼」の『港町ブルース』に100点。 2012年01月01日

【業務連絡】芦田先生( @jai_an )をフォローしてない者は紅白歌合戦開始までにフォローするように。
PT_Horiuchi 2011/12/31 15:55:17

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投稿者:ashida1670 | 18:03 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 世界一早い第62回NHK紅白歌合戦全曲速報 2012年01月01日

始まった。
jai_an 2011/12/31 19:15:12

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投稿者:ashida1670 | 03:17 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 追再試と落伍者をどう考えるか ― 追試の慢性化は、いかに教員と授業を腐敗させるのか 2011年12月08日

●追再試と落伍者をどう考えるか

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投稿者:ashida1670 | 18:12 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「ある」と「べき」について ― 1988年法政大学「哲学」講義 2011年11月30日

この講義は1988年度法政大学通信教育スクーリング講座(於:市ヶ谷校舎)の、1年間通年で行われたものの録音テープを編集したものです(第二回目と第三回目の講義)。当時、熱心な学生がいて、私の講義を文字興ししてくれました。私が、教壇に立った最初の講義です。400名の履修登録学生のいる大きな階段教室での講義でした。Twitterで、「ある」と「べき」との関係について悩んでいる人がいたので、この講義を思い出した次第です。ここに再録します。懐かしい。私が34歳の時のものです。

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投稿者:ashida1670 | 13:29 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 今年もコカ・コーラソーシャルメディアサミット2011で講演します ― 津田大介さん、勝間和代さん、近藤正晃さんとパネルディスカッションもやります。 2011年11月17日

今年も、12月26日、ベルサール渋谷ファーストで開催されるコカ・コーラソーシャルメディアサミット2011で講演します(http://c.cocacola.co.jp/smscp/index.html)。「Twitter頂上対談:Twitterのもたらす社会的変化と経済効果とは?」として、津田大介さん、勝間和代さん、近藤正晃さん(Twitter Japan社代表)とパネルディスカッションもやります。

津田さん(基調講演)と私の講演(特別講演)との後のパネルディスカッションになります。

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投稿者:ashida1670 | 20:29 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 10月以降の年内の講演会の予定 ― 長崎、福岡、京都(同志社大学)、神戸、東京(立教大学)で講演します 2011年09月27日

現在のところ、10月1日(長崎)、10月2日(福岡)、16日(京都)、11月6日(神戸)、12月17日(東京)の予定です。詳細は以下。※12月に東京で一回行う予定ですが、追って報告します。

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投稿者:ashida1670 | 14:41 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 電気の時代としての近代主義、心理主義、Twitter ― 電気冷蔵庫からサーバーへ 2011年09月18日

この内容は新宿シズラーで、2011/8/11(18:00~22:00)に行ったミニレクチャー「近代主義と心理主義と」(http://togetter.com/li/173368)の資料を更新したものです。

1.近代とは、電気の時代

2.電気の時代とは、フローの時代

3.フローの時代とは夜(影)と昼(光)、始まりと終わりとの区別を越える“永遠性”の時代

4.たぶん、デカルトの「我思う故に、我有り」は電気の時代の哲学への予兆

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投稿者:ashida1670 | 01:51 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 【会場が変更になりました】講演:現代若者論と高等教育・キャリア教育における大学改革 ― 「オンライン自己」論+「Twitter微分論」のその後 2011年07月22日

7月24日、東京で講演を行います。2月の帯広講演+5月の広島修道大学FD研修講演+日経BPnet連載最終回+Twitter微分論の最新バージョンでお話しする予定です。ふるってご参加下さい。

日時 7月24日(日曜)13時から17時(受付は12時40分~)

場所 日本青年館ホテル JR山手線、総武線千駄ヶ谷駅・信濃町駅より徒歩9分。地下鉄銀座線 外苑前駅より徒歩7分(渋谷寄り改札口を出て、3出口)、地下鉄大江戸線 国立競技場駅より徒歩7分(A2出口(http://www.nippon-seinenkan.or.jp/hotel/access/access.htm

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投稿者:ashida1670 | 16:58 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 学校教育と生涯学習と家族と ― 中曽根臨教審の呪縛(学ぶことの主体とは何か) 2011年06月28日

フィッシュキンは、「メリット」(メリトクラシーのmerit)と「生活機会の均等」と「家族の自律性」とは三つ同時には実現できないと言っている。

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投稿者:ashida1670 | 13:30 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 講演:現代若者論と高等教育・キャリア教育における大学改革 ― 「オンライン自己」論+「Twitter微分論」のその後 2011年06月24日

来月、東京で講演を行います(http://www.rosetta.jp/news/index.html)。2月の帯広講演+5月の広島修道大学FD研修講演+日経BPnet連載最終回+Twitter微分論の最新バージョンでお話しする予定です。ふるってご参加下さい。

日時 7月24日(日曜)13時から17時(受付は12時40分~)

場所 浜松町産業貿易センター浜松町館(都立産業貿易センター浜松町館) JR山手線、京浜東北線浜松町駅徒歩5分。(http://www.sanbo.metro.tokyo.jp/access.html

●講演
現代若者論と高等教育・キャリア教育における大学改革 ― 「オンライン自己」論+「Twitter微分論」のその後

参加費 2500円(資料代込み) 

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投稿者:ashida1670 | 16:32 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 接遇=コミュニケーション能力と専門教育と ― キャリア教育は本来の学校教育を衰退させる 2011年05月15日

1. 最近、通っている散髪屋が気になる。

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投稿者:ashida1670 | 23:19 | 感想を見る・書く (3) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 機能主義とメディアの現在-情報社会とデータベースと人間の死と(講演) ※補論:土井隆義の『個性を煽られる若者たち』における個性論 2011年04月18日

※この講演は「知的生産の技術」研究会(http://tiken.org/modules/news/article.php?storyid=66)の定期セミナーに呼ばれてお話ししたものです(昨年の12月13日、虎ノ門商工会館)。知研の八木哲郎前理事長とは、現在の理事長・久恒啓一さんとも長い付き合いで、生涯学習組織の理想的なモデルとでも言うべき活動を行ってきている会です。八木先生が師と仰ぐ梅棹忠夫の『知的生産の技術』(岩波新書)自体が「生涯学習」の宣言とでも言うべき名著でした。八木先生は梅棹の『知的生産の技術』をまさに“実践”されたわけです。そんな会のセミナーに呼ばれて(これで2回目の登壇ですが)、ちょっと張り切りすぎました(笑)。文字興しは八木先生自身がされて、それに修正・補筆を加えています。見出しはもちろん後から私が付けたものです。講演(トーク)に後付で見出しを付けていますので重複もありますが、お許し下さい。
※八木先生と私の交流についてはこちらに比較的詳しく書いてあります→http://www.ashida.info/blog/2006/10/post_169.html#more

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投稿者:ashida1670 | 17:17 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 福沢諭吉「独立のすすめ」感想文コンクールの審査結果が発表されました ― テキストを読むとは、何を意味するのか? 2011年04月06日

猪瀬直樹さんと一緒に最終審査した表記の感想文コンクールの審査結果が公表されました。

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 13日日曜日朝刊全紙の福島原発に関する”専門家”の発言を集めてみました(これでほんとんど全部です)。 2011年03月13日

朝日、読売、毎日、産経、日経全紙から、集めてみました。識者の発言取材が一番充実していたのは毎日新聞、読売新聞。貧弱だったのは朝日新聞、産経新聞です。

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投稿者:ashida1670 | 22:32 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 十勝毎日新聞に取り上げられました ― 帯広畜産大学講演(2011年3月7日17:00~21:30)― 高等教育とキャリア教育の現状(ハイパーメリトクラシー教育の諸課題) 2011年03月11日

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投稿者:ashida1670 | 13:52 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 帯広畜産大学講演(2011年3月7日17:00~21:30)― 高等教育とキャリア教育の現状(ハイパーメリトクラシー教育の諸課題) 2011年03月08日

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  (続々)「学び合い」小学校教員からの再々反論がありました(3) ― 謹んでご紹介します。 2011年03月02日

予想通りの反論が返ってきたので、再度整理しておきます。

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投稿者:ashida1670 | 13:35 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 (続)「学び合い」小学校教員からの再反論がありました ― 謹んでご紹介します。 2011年02月27日

「 『学び合い』小学校教員からの反論がありました ― 謹んでご紹介します」http://www.ashida.info/blog/2011/02/post_405.html#more の私の記事に対してふたたび当事者の先生から意見を頂きました。ありがたいことです。再度誤解を解きたいと思います。

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投稿者:ashida1670 | 02:11 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「学び合い」小学校教員からの反論がありました ― 謹んでご紹介します。 2011年02月26日

この「反論」は、小学校の「学び合い」授業を参観して(1)http://www.ashida.info/blog/2011/02/1_3.html#more という私の記事に対するものです(まだ書きかけのものですが)。私が直接授業を参観させていただいた先生からのもの。貴重です。

1)私は「学び合い」ではそもそも毎時ごとのレフェランス(「基準値」)というものはそれほど重要ではないと考えます(これは「なくてもよい」というわけではない)。そもそも毎時ごとに基準値を達成させようとするから、多くの児童や生徒がそこからこぼれて逃げていく。児童の進度のみならず理解度も授業内でばらばらなため、相対指標しかないと言われるが、そもそも毎時ごとに達成基準を設けて児童の到達度を細かく測っても、その合計が子どもの理解の深度や確かさにつながるわけではない。

【芦田】特に毎時的である必要はない、が、ではどんなスパンでレフェランスを設けるのか? それが長いスパンであればあるほど、取り返しが付かなくなる。そもそも取り返しが付くか、付かないかをどこで判断するのか? 見せていただいた「学び合い」授業内には一切その手がかりがない。相対的な進度を放置しているだけ。日々進んでいるという名目で。だから、各生徒が伸びる伸びないもすべて各生徒の問題になってしまう。伸びたら伸びた、伸びないなら伸びない。挙げ句の果てに「脳の発達の差」にまで還元してしまう。アホな話だ。この「学び合い」教育の本当のレフェランスは「脳の発達の差」であると言ってもよい。

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投稿者:ashida1670 | 02:02 | 感想を見る・書く (2) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 小学校の「学び合い」授業を参観して(1) 2011年02月25日

福島県の某市立小学校の「学び合い」教育の授業を2月23日終日見せていただいた。お昼休みの食事なし(笑)の教員との意見交換、終了後、再度約4時間の意見交換、計5時間の意見交換ができ、貴重な授業評価会だったと言える。この学校は上質な「学び合い」教育を行っている学校と聞いている。授業改善に前向きに公開的に取り組まれる校長先生、教員の方々のご協力に心から感謝したい。

★★jyugyouIMG_2986.JPG

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投稿者:ashida1670 | 18:27 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「学び合い」教育の諸問題(3) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと 2011年02月22日

「学び合い」教育の諸問題(1) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと(2011年02月17日)http://www.ashida.info/blog/2011/02/post_403.html#more、「学び合い」教育の諸問題(2) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと(2011年02月18日)http://www.ashida.info/blog/2011/02/_2.html#more の続編です。まだまだ続きます。

【「学び合い」教育の諸問題(84)】操作と習熟を超えた教育とは、「学び合い」教育に対して言えば、先生にしか教えられないことを教えることである。たとえば、こんなふうな→http://www.ashida.info/blog/2003/05/hamaenco_3_51.html。小学校で言えば、かけ算はなぜ面や立体になるのかというような。

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投稿者:ashida1670 | 04:23 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「『学び合い』教育の諸問題」を読んで ― 元中学校教員からのメールが届きました。 2011年02月19日

「学び合い」教育の諸問題(1) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと(2011年02月17日)http://www.ashida.info/blog/2011/02/post_403.html#more、「学び合い」教育の諸問題(2) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと(2011年02月18日)http://www.ashida.info/blog/2011/02/_2.html#moreの二つの記事に、今日感想を寄せてくれた元中学校教員がいます。関連固有名を伏せて、原文のまま、掲載します。

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投稿者:ashida1670 | 20:56 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

  「学び合い」教育の諸問題(2) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと 2011年02月18日

この記事は「『学び合い』教育の諸問題 ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと」( 2011年02月17日)http://www.ashida.info/blog/2011/02/post_403.html#more の1)~53)の続編(54)~(83)です。まだまだ続きますが、とりあえず私の整理の中間報告をします。

【「学び合い」教育の諸問題(54)】さて、できる子供は、通常の一対n個の授業のように先生に直接教わる機会を経ないでも、教室内で主には自学習を進める。その“教材”は教科書+業者の教材プリントかも知れない、教員のオリジナルプリントかも知れない。教員によってまちまちだ。

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投稿者:ashida1670 | 15:41 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 「学び合い」教育の諸問題(1) ― 上越教育大学・西川純とのやりとりを通じて思ったこと 2011年02月17日

【「学び合い」教育の諸問題(1)】この教育「実践」を行う教員たちは「子供の潜在的能力」や「子供の可能性」に期待する教員が多いが、学校教育「以前」、教員の教育「以前」、教室授業「以前」の子供の「潜在的能力」、「可能性」とは、結局のところ家族の環境や地域の環境に色濃く影響を受けたものでしかない。

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投稿者:ashida1670 | 15:35 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 『異文化理解と外国語教育−−大学における教養主義教育はどこに行く?』  ― 内田樹さん、西山教行さんとパネルディスカッション 2011年01月30日

来る3月25日、精力的に活躍されている内田樹(神戸女学院大学)さん、西山教行さん(京都大学)のお二人と、表記のテーマの元20分ずつのレジュメ発表とその後のパネルディスカッションのある催しに発表者+パネラーとして参加することになりました。楽しみです。

概要は以下の通り。

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『異文化理解と外国語教育−−大学における教養主義教育はどこに行く?』 (L’enseignement des langues étrangères et l’interculturel)

主催:関西フランス語教育研究会(ランコントル)
日時:3月25日(金曜日) 16:00~18:00
場処:大阪梅田(大阪日仏センターアリアリンスフランセーズ in 阪急産業南森町ビル8F 9F)

 多文化社会の広がり、深化が地球規模で起きている今日の状況下にあって、逆説的に、まさに異文化理解の基礎となるべき教養主義教育の主要な一端をになっていた外国語教育が、大学において壊滅の危機に瀕しようとしている。

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投稿者:ashida1670 | 17:59 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 〈シラバス〉はなぜ機能しないのか ― 大綱化運動の経緯と顛末 2011年01月12日

現在、学校教育では「シラバス」ばやりだが、この傾向は、元々は大学の「大綱化」(1991年)にその起源を有している。

カリキュラムや科目設置の自由化が、90年代初頭の「大綱化」から謳われ、その分、大学は、教育内容自身を自ら検証する必要が生じた。

それが詳細なシラバスによる授業内容の公開だったのである。

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投稿者:ashida1670 | 01:15 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 ㈳日本インダストリアルデザイナー協会の賀詞交歓会の基調講演を行うことになりました。光栄、光栄。 2011年01月09日

◆◆◆JIDA2011年「賀詞交歓会」のご案内◆◆◆

拝啓 時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、2011年賀詞交歓会を下記の通り開催いたします。
会員の皆様へご案内申し上げますと共にご参加をお待ち申し上げます。

今回の基調講演は、Twitter(ツイッター)タイムライン上でフォローしておくと
面白い人ランキングで堂々の1位(情報雑誌「ゲットナビ2月号(学研)」)を獲
得した芦田宏直さん。2010年を代表するソーシャルメディアであり140字の
限られた文字数で「今」を切り取るTwitter。
『Twitter微分論からTwitter身体論へ(東京都庁講演)』、「ストック情報武
装化論(日経BPnet連載)」などの視点に留まらず、今回は「デザインの意味
論」に切り込んでいただくことになりました。

ブログ「芦田の毎日」にはTwitterだけでなく、教育、IT社会論から、iPhone、
紅白歌合戦までと幅広いカテゴリーの情報が展開されています。
物事の本質、俯瞰で見る重要性、今から読み解くマーケティングなど、インダ
ストリアルデザインへのヒントにつながる講演となることでしょう。

講演後のレセプションパーティーでは皆様の交流の場としてお楽しみください。
ご多忙中とは存じますが、万障お繰り合わせの上、是非ご参加ください。  

※JIDAは1952年設立の日本で最も古いデザイナーの職能団体。現在正会員約650名、賛助会員約100社、会友約60名の組織でインダストリアルデザインの啓蒙・普及活動はもちろんの事公益法人として「JIDAデザインミュージアム」「プロダクトデザイン本の発行と検定」「スタンダードサンプルの発行」「デザイン保護研究」「ECOデザイン展」「キッズデザインの検討」「各種デザインセミナー・勉強会の開催」等を行っています。

〔近年の賀詞交換会基調講演者〕
2010年 小柴雅俊氏(ノーベル物理学賞受賞者)
2009年 出井伸之(元SONY社長)
2008年 安積敏政(元パナソニック東南アジア担当/現甲南大学教授)
          

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投稿者:ashida1670 | 13:24 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 明けましておめでとうございます(年賀状・前半) ― 新年からFacebook論 2011年01月07日

あけめしておめでとうございます。

遅まきながらやっと年賀状を書く気分になりました(笑)。ただしまだ前半です。


●mixiばかりではなく、Facebookも終わっている

昨年のメディア界は、Twitter現象に代表されるように「ソーシャル元年」と言われました。

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投稿者:ashida1670 | 06:02 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数  

 第二版:第61回NHK紅白歌合戦全曲速報 2011年01月01日

第61回NHK紅白歌合戦(http://www9.nhk.or.jp/kouhaku/)全曲速報

この私の全曲速報の関連記事はこちらにあります→http://togetter.com/li/84720

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投稿者:ashida1670 | 02:17 | 感想を見る・書く (0) | トラックバック (0) | この記事の訪問者数