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 羽田空港はクルマで行くところではない ― ゴールデンウイークに私は何をしているのか(苦笑) 2009年05月05日

昨日(日曜日)は、羽田空港まで「クルマで行く」という実験を行った。4月から週に一回は飛行機を利用しているから、羽田アクセスは、キャリーバッグ問題(http://www.ashida.info/blog/2009/05/post_345.html#more)に続いて今年の課題(笑)。

私は世田谷南烏山に自宅があり、そのまま環状8号で南下すれば、一直線で羽田空港。

電車で行く場合は、蘆花公園→新宿(ここまで京王線で約18分)→品川(ここまで山手線で約18分)→羽田空港(ここまで京急線で約18分)という経路。なぜか三つの路線とも18分くらい乗っていることになる。自宅の玄関から羽田の搭乗受け付けまでの所要時間として言えば、約1時間10分~20分かかる。

クルマなら環状8号で最短距離(約30キロ)だが、電車だといわばカタカナのコの字のような遠回りを強いられることになる。

この「電車羽田通勤」は行きはどうということもないのだが、帰りは疲れる。特に品川→新宿の山手線が座れないときが地獄。京急も京王線も帰りは始発なので必ず座れるが、山手線には構造的に始発がない。だから下手をすると座れない。仕事もラッシュを避けるように16時30分までには品川に戻れるようにセッティングしている。品川、渋谷、新宿で18時台は地獄だろう。死んでも避けなければならない(苦笑)。

そこでこの帰りの地獄を避けるには、羽田までクルマで行くのが一番いい。誰もがそう思うだろう。そこで一度も利用したことのない羽田の駐車場までゴールデンウイークを利用して実験走行を(この日曜日に)挙行した。

ネットで渋滞情報を見ると、全く渋滞ゾーンが無い状態。出発したのが、14:10だった。確かに実際、羽田まで環状8号は渋滞のない状態だったが、しかし所要時間は1時間もかかり、15:00を優に超えていた。決してとろとろ走ったわけではないのだが、この所要時間はショックだった。電車とあまり変わらない。これだと通常の混み具合であれば、1時間半以上かかるだろう。かなり危険。

それに初めて走った羽田空港に近い環状8号は、決して「良い」道路ではない。いかにも人工的に引き回した道路。ユーミンの「中央フリーウエイ」のような軽快感や爽快感がない。甲州街道のようなけやき並木が続くわけでもない。権田原坂のような趣もない(私は権田原坂=明治記念館と東宮御所との間の道を四谷に向かって走るのが大好き)。クルマと走る道とは、スーツとワイシャツ・ネクタイのように一体でなければならない。近道を走ればよいというわけでもないだろう。

しかも海沿いのただ同然のような土地にもかかわらず、道は決して広くなく、スケール感もない。並木と緑がない。要するに首都東京の玄関というアプローチ思想がない。そもそも京急という電車がそれほど整備のいい電車でない(線路補修が小田急や東急に比べるとはるかに劣っているし、停車位置も正確ではない)ことからいっても、羽田空港には東京アプローチの風格が足りない。せめてタクシーや要人ハイヤーのためにも羽田への道路アクセスはもっと整備すべきだろう。要するに空港へ行く道が楽しくない。成田の方がはるかに楽しい。「羽田フリーウエイ」をユーミンが作らない理由がわかった。「スカイレストラン」もまた羽田近くのホテルではあり得ない。

さらに地獄を見たのが、全ての駐車場が「満杯」というこの異常事態。ゴールデンウイークだからか。そのとき、ふと思った。空港へクルマで行って、そこに駐車をして飛行機に搭乗するというのは、極めて危険な行為ではないか。もし満杯で停めるところがなかったら、どういうことになるのか? 考えただけでもぞっとする。昔、私は富山全日空ホテルでの講演に飛行機に乗り遅れて1時間半以上聴衆を待たせたことがある。前科一犯だ。そう考えるとクルマで空港に乗り付けるなんてあり得ない話しではないか。

そもそも、私はがら空きの駐車場に停める場合でも、(ホテルなら)地下3階までも降りていって誰も来ないところに停める。3階まで降りても、左右に停めるスペースのない「一人駐車場」を探し続けて何周も回り続ける神経質なタイプ。左右のドアの開閉でクルマがへこむのが死ぬほどつらい気の小さい男だから(苦笑)。

だから搭乗前の満杯の駐車場なんてあり得ないシチュエーションでしょ。実験(遊び)で来たのがせめてもの救い。一台空きが出たので一応駐車場の中に入った。「一人駐車場」がないかどうかを確かめるため、6階の天上のない屋上までぐるぐると登っていった(こんな無意味なことをゴールデンウイークにしているのは私ぐらいか)。

「一人駐車場」なんてどこにもありそうにない。それ以前に、なんとなく空港の駐車場のクルマたちは寂しそうに見えた。一泊、二泊するクルマが多いのだろう。普通の駐車場ではあり得ない。置き去りにされている感じがなぜかしてきた。クルマに元気がない! こんなところ二度と来るか、愛車をこんなところに置いておけるかと思いながら、羽田空港を後にしたのであった。

羽田空港は中から見るのと外から見るのとでは落差がありすぎる。空港は中から見ると華やかだが(華やかだし哀愁があるが)、羽田のクルマでのアプローチは何と貧相なことか。絶対に来ない。二度とクルマでは来ない。

(Version 3.0)

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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感想欄

建築の専門家からお話をすれば、空港を計画する場合、利用者の「自家用車」の利用はまったく想定していません。

お見送りの方、運転手付の身分の方だけの想定です。

ですから、自家用車で行って、止めて搭乗する発想は無謀です。

羽田空港
千歳空港
福岡空港
伊丹空港
北九州空港
中部空港
神戸空港
関西空港
成田空港

これらの空港の基本設計時の「初期条件」の利用者構成にあります。

搭乗者=自家用車利用を考えると空港建設費がUPし、不経済になります。意味がありません。

投稿者 masa : 2009年05月06日 03:15

>masaさん

だから日本の建築家=建築行政(土建屋+建築家の利権行政)は偏差値が低いのですよ。

空港のアクセスとその風景は何も「運転手」だけのものではありません。

飛行機と空港内を出たときから、すでに乗客(VIP)にとってはその国、その都市、その街の最初のコンタクトになります。

つまり空港へのアクセス(アプローチと離反)はそれ自体が空港の機能でなくてはなりません。

それはもちろん設計費の問題ではありません。空港のような巨大建築物は、周囲の開発と一体になって行われます。それが予算的に分断されているのは省庁の縦割り行政のためです。

昔であれば、建設省、運輸省、通産省などの利権がかかわっているからこそアプローチと空港建設とが分断されているのです。

お金は同じようにかかっています。私は無いものねだりをしているのではない。全体の設計がないだけのことです。建築の貧困と行政の貧困が重なっているのです。

投稿者 ashida : 2009年05月06日 03:30

おはようございます。

芦田先生の返信の中において
「設計費」とありますが、
空港建設の「設計費」は、駐車場を多く取ろうが
取るまいが、全くUPしません。(UPしても若干)
UPするのは、「建設費=工事費」ですよ。
土地取得費もしくは駐車場建設費です。
土地が無くても
大深度の技術で、「地下50M」までの活用をすれば
良いだけですが、費用の出所が無いのが現状です。

日本の建築技術のレベルは
世界トップクラスです。しかし、それを活用できない
公共建築だけです。

芦田先生が、そこまで言えるのなら
「政界」に進出されて
今の腐った「日本」を変えたらどうでしょうか?
「教育」「経済界」「行政」
すべて
変えてください。
先生ならできますよ。
宜しくお願いします。
選挙では、応援しますよ、陰ながら。

投稿者 masa : 2009年05月10日 01:44

>masaさん

違いますよ。「設計費」の「設計」をそのように狭く取るのが、日本の「設計」行政が箱物行政と言われるゆえんですよ。

「費用の出所」がないというのは、直接的には、私が指摘した縦割り行政の問題にかかわっていますが、それ自体が設計の貧困でもあります。

建築や設計もある種の利権業界だからです。どちらもレベルが低い。そんなことろで「技術は世界一」というふうに誇っても意味がない。それは単に技術主義でしかない。

設計側がそんなふうに技術主義だからこそ、行政も箱物主義になるのです。私が政治家になっても建築設計の方が貧困である限り、事情は変わりませんよ。問題は行政だけの問題ではない。建築の偏差値も低いのですよ。

自動車業界だって、技術は世界一、と何度も聞かされてきたけれど、日本車にはろくなクルマがないじゃないですか。せいぜいのところ、ハイブリッドカー、エコカーでしょ。何と貧相なクルマであることか。そんなのクルマじゃないですよ。反動的なクルマです。

投稿者 ashida : 2009年05月10日 02:05

返信ありがとうございます。

1点だけ。
「技術主義」の何が悪いのか?
理解に苦しみます。
文系人間の戯言にしか聞こえません。
「技術」を否定してしまったのが「今の日本」です。
それが、「歪みをおこした教育」を生み出して、
「非人間的な日本人」を育ててしまいました。

他人の否定をするならその10倍の実績を残す必要があります。

評論家的な文系人間が、「現在の日本」を作り上げたのです。

そこに不備があるのなら
崩壊させて
再構築すればよいと考えます。

要は実行すれば良いだけです。

非礼を承知の上で書かせて頂きました。

「話す内容」と「実行されてきた軌跡」にあまりにも
大きな差があると、人は反論させて頂きたい心境になります。

先生は
「政界」に出るべきです。
そこで「芦田理論」がどこまで
今の「日本」を良くできるのか?
やるべきではないでしょうか?
応援しますよ。
是非やるべきです。
単なる能書きで終わらないためにも。

投稿者 masa : 2009年05月10日 04:48

>MASAさん

バカを言ってはいけません。私は技術に反対したのではなく、技術「主義」に反対しているのです。

技術主義は、積み重ねと改善です。建築の個々の技術が優れていても、全体で見たらくだらない。クルマの個々の技術を見てみたら、「世界一」だけれども、乗ってみたらくだらない。そんなこと、いくらでもあるでしょ。それは技術主義で作っているからですよ。

少々施工が悪くても設計的に魅力的な建築はいくらでもあるでしょ。そもそも建築の風景は技術ではない。人間の生活や暮らしもそれ自体技術ではない。クルマのある暮らしがそうであるように。

これは文系人間、評論家の問題とは何の関係もない。それはあなたが月並みな言い方で問題を矮小化しているだけです。

そもそも羽田空港の設計という概念の中に、羽田空港へのアプローチは入らない、それは送り迎えの運転手の問題だから、というあなたの発想の貧困は、技術と文系の問題とは何の関係もありません。それは議論のすり替えというものです。

「技術を否定してしまったのが「今の日本」です。
それが、歪みをおこした教育を生み出して、
非人間的な日本人を育ててしまいました。」

私には、こんな月並みな認識こそ「評論家的な」発言にしか聞こえません。

私は、空港へのアプローチを送り迎えの運転手の問題に矮小化する箱物主義こそが、日本の建築の最大の問題(の一つ)だと言っているのです。

あなたの議論は、このテーマから大きく外れています。なぜ、私が政治家にならなければならないのですか。しかもなぜあなたに支持されなくてはならないのですか。それでは当選しないでしょ(苦笑)。あなたのようにそれは運転手の問題などと思っている国民ははるかに少数派ですよ。

投稿者 ashida : 2009年05月10日 05:11
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