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 平井堅の『大きな古時計』は、間違っている。 2002年09月20日

 平井堅の『大きな古時計』(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20147274)は、間違っている。なぜ、平井堅は『大きな古時計』を歌うのか。どんなシンガー(シンガーソングライター)も、自分の原点になる、あるいは印象深い歌というものを持っている。それは当たり前のことだ。しかしそのことと、その歌を人前で歌うということとは別のことだ。

 むしろ、平井堅のこれまでに歌った歌はすべてが(彼流の)『大きな古時計』だった、というのが、その歌が彼にとって「原点である」、「印象深い」歌であったことの意味である。創作というものはすべてそういうものだ。彼が歌っているもの(これまでに歌ってきたもの)とは別に『大きな古時計』があるのではない。それでは〈原点〉にならないではないか。

 こういったことをやりはじめるというのは、“アーティスト”にとって、致命的な衰退を暗示している。もはや〈先〉がない、ということだ。〈原点〉とは、新しいことを行うこと(〈先〉を暗示すること)の原点であって、〈原点〉そのもののことを言うのではない。その緊張感がすべての創作のモチーフを形成している。

 言ってみれば、みんな、〈原点〉を隠すための創作しているのだ。あるいは、〈原点〉なんて、死ぬちょっとした手前で露呈すれば、御の字だと思っているくらいでちょうどだろう。だから、平井堅はわざわざ自殺してしまったということに他ならない。もともとさして歌がうまいわけでもない、くだらない歌手だったが、朝から不快な歌を歌わないでほしい。なぜか、朝の食卓のテレビコマーシャルで毎日、流れてくる。今日なんか、おもわず口ずさんでしまって、家内と息子に笑われてしまった。縁起でもない。これは、平井堅の自殺の歌なのである。

投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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