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 校長の仕事 Part11 ― 思考力と製図力 2003年09月29日

今週から先週にかけて、建築系の授業で思うことがあった。

○「100?の木造住宅のパターン演習」(建築工学科1年 綾先生の授業)

○「RC集合住宅の基本設計」(建築科2年 鈴木先生の授業)

たとえば「設計実習」の授業で、建築条件を与えて図面を描かせる授業があった。簡略化して言えば(これより条件設定ははるかに多いが)、40歳代の夫婦に、高校生以下の二人の子供、4LDKで敷地面積30坪の家(建ぺい率100%)、西向きが公道面で、南、北、東は隣家が近接という条件で設計してみなさい、というふうに。

こういった授業は建築系ではありふれたものだ。先の建築条件もありふれたものだが、いざ実際の図面に落とすとなるとかなりの時間がかかることになる。90分授業で10コマ以上は必要だ。最初にエスキース(スケッチ)作成の時間が存在しているから時間はさらに長くなる。こうやって、建築系の学生は大小含めて卒業までに3〜10くらいの図面を書くことになる。

しかし、この教育法は間違っていると思う。10の図面を描いたところで、たったの10件だ。そんな数で、設計の能力が形成されたとは思えない。設計の数をこなすことは、単にトレーニングなのではなくて、設計の構想力そのものを形成することの必須の要件である。たぶん、「建築条件」を解釈することができるだけでも、かなりの設計能力を身に付けている、と言えるはずである。「建築条件」の中には、デザイン、構造、法律といった狭い意味での〈建築〉だけではなく、〈生活〉を読む力も必要になる。二十歳にもならない経験の浅い学生たちには、実はこの部分の訓練が一番足りない。そのため作図の作業能力はあっても、生活を作図することができない。作図以前の生活を読む力が足りないからである。

しかし、?建築条件の特性・傾向を見抜くこと→?エスキース→?図面作成を一通りさせることになると、何10コマもの時間を費やすことになる。しかも、かなり総合的な能力を要求されるため、(学校の時間割の中で)時間数を費やして一つのことをさせようとすると学生の個人差が前面化し、カリキュラム上の進捗管理が難しいことになる。

現在、たとえば建築科1年生の製図に関わるカリキュラム(科目)は以下の通り。

○「単位空間と小設計」(2期・24コマ) エスキース

○「木造住宅平立断面図」(3期・24コマ) 上記のエスキースのCAD製図化

○「100?の木造住宅設計」(3期・18コマ) エスキース

○「210?の住宅設計」(4期・18コマ) エスキース

○「住宅実施図面作成実習」(5期・24コマ) 上記(210?版)のエスキースのCAD製図化

  ※我が学園では5期制を取っている。1期は5週間、2期〜5期は7週間の体制、年33週の体制になる。

エスキースの場面では、4コマ〜3コマ(90分×3=270分)で、一つの建築条件をこなすから、20回弱の建築条件解釈の訓練を行っていることになる。その内の二つのエスキースを実際にCAD製図にまで持ち込む。1年生カリキュラムとしては、(他の専門学校に比べて)かなりの回数の訓練だと思うが、これではまだ足りない。特に2年になると「RC集合住宅の基本設計」という科目で、2期、3期計84コマを使ってエスキースからの製図を行うが、図面を作成する授業はこの授業だけになってしまう。いくつかのパターン演習を行った上での作図だが、ボリュームとしては1年生より少なくなっている。これも問題だ。

私の考えでは、?建築条件の特性・傾向を見抜くことと、??を切り離すべきだということだ。??は単に思考の問題ではなく、作業(手作業)が伴うため、時間がかかるし、その上、内容が個別に展開するため教材を与えづらい。(上記を見てもわかるように)現存の1年生のカリキュラムでも48コマもの製図実習が存在している。もし、最初の出発点の建築条件解釈がくだらないものであれば(もちろん指導はつくにはつくが)、くだらないままの製図実習に48コマもの時間(48コマ×90分=72時間)が費やされることになる。長期の48コマが学生の考えた課題の延長の時間であるために、進捗管理(仕上がりの水準を確保すること)も難しい。

だからむしろ、エスキース作成や製図(実習)にすぐ入るべきではないのだ。生活(生活の空間や時間)の意味も分からない学生にスケッチや作図をさせても意味がない。作図とは、何よりもまず生活の作図なのだから。

50も100も矢継ぎ早に「建築条件」を与えて、それぞれの「建築条件」がどんな家族や人々の生活を意味しているのかを推測させる内容に時間を割くべきだと思う。この訓練(思考訓練)がないから、専門学校の建築系卒業生は「CADオペレータ止まり」などと言われたりもする。

ところが、建築条件の“練習問題”は、同じ書式でドリルのように供給できるほど多数は用意できていない。間取り図などのデータも同じ書式でドリルのように供給できるほど多数は用意できていない。個々の時間、個々の学期、個々の先生が毎年適当に集めて授業を行っているだけ。組織だった事例研究のデータがほとんどない。要するに教材記録(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=187)がないのだ。事例の組織化(これを私は教材の「ドリル化」と言うことにしたい)が急務だ。この組織化が成功していれば、実際のエスキースや製図の授業においても、「あなたは事例何番の誤りに陥っている」という指導の仕方が(ほとんどの場面で)できるようになるはず。間違いのモデル化ができていれば、個別指導になりがちな製図実習(これを私は「放牧授業」、「徘徊授業」と呼んで避けるべき授業スタイルの一つにしている)も、組織だった指導(全体水準の高度化)が可能になる。

今考えつくだけでも、用意しなければならないドリルの数は無数にある。以下順不同に上げてみる。

1)向き(東西南北)のドリル

2)玄関、台所、リビング、寝室などのドリル

3)道路斜線のドリル

4)階段のドリル

5)日影図のドリル

6)天空率のドリル

などなど、毎日の授業評価を行っている素人の私が考えても思いつくドリルは無数にある。

専門学校の特色の一つは、実習授業が多いことだ、とよく言われる。なるほどその通りだろう。しかしそれは諸刃の剣でもある。考えるだけで行動しないのも問題だが、考えもしないで行動するのも問題だ。現在の、建築条件の解釈と一体になったエスキース、製図の実習は、考えもしないで“設計”させている典型の授業のように思える。改善を求めたい。

投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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