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 介護と育児と研ナオコと 2001年08月19日

介護と育児は、奇妙なものだ。いずれも(老者も幼児も)他者のヘルプなしには生きることができない。老者はひたすら衰退(と死)に向かって、幼児はひたすら成長にむかってヘルプされる。

幼児のヘルプがまだ楽に見えるのは、どんどん手がかからなくなっていくからだ。老者の介護を避けたい思うのは、それに反して、どんどん手がかかるようになると思われているからだ。しかし、考えてみるとそうでもない。介護はひとつの消尽に向かっているが、幼児の成長には、自立するための様々な“病気(極端な場合には犯罪や親殺しなどの)”が待ちかまえている。いわば、手がかかることが社会的に増大していると考えても良い。介護の場合は、地域、家庭、親子、夫婦というようにヘルプの輪が縮小していくが(もっとも最近は、この“縮小”さえもままならなくて、介護ビジネスやホスピスのように〈死〉が社会化してしまいつつあるが)、子供の成長は、(手がかからない分)社会化する。これもまた別種の手がかかることの増大だ。死ぬことも生きることも手がかかることだ。自分で生まれたわけでも自分で死ねるわけでもない(老衰とは自分で死ねなくなっていくことだ)偶然の重さが、手がかかることの意味なのだろう。

そんなことを思いながら、日テレの「24時間テレビ」(+NHKスペシャル「命のことば」+深夜の「プロジェクトX」再放送)を見ていたが、それにしても研ナオコは、なぜ80キロも走ったのだろう。走る前から「幸せだ」と言っていたが、「幸せな」人が睡眠もとらずに80キロを走るなんて、どこかおかしい。ご主人が浮気でもしたのだろうか。

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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