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 「知的」である、とは何か? 2002年10月25日

 たとえば会話や議論というものは、相手が「知らない」ことをしゃべってもしようがないということがある。わかりやすいことで言えば、専門用語や業界用語を使う場合や、もっとわかりやすく言えば、「昨日、ユーレイ(幽霊)見たんだよ」という超体験的な話がなされる場合である。

 

こういった話は、前者の場合は「勉強になりました」、後者の場合は「へぇー、そうですか」と言うしかない。そこで終わってしまう。これでは会話にならない。

 しかしこういった発言をし続ける人たちがどんな職場や社会にもいる。私はそう言った人たちを総称して「知的な」人たちと呼ぶことにしている。

 なぜ会話がそこで止まるのか。それはその内容の真偽に(こちら側から)介入できないからである。信じるか、根拠もなく拒否するしかない。要するに「世界が違う」ということである。

 どんな専門用語も業界用語も「ユーレイ」も、その初源においては或る実体を名指すために生まれてきている。言葉になる手前の実体を名指しているのである。言葉が先か、モノ(実体)が先か、というもっともそうな議論にはここでは立ち入る気はないが、はっきりしていることは、言葉がみずみずしく蘇生するのは、それが実体のイメージ(=像)を喚起するときだけだということだ。

 そしてこの実体(のイメージ)こそは、万人に共通に与えられている基盤である。誰もヘーゲルやヘーゲルの用語を「知らなくても」、ヘーゲルが言おうとしたことは「理解」できる。この「理解」の基盤が(ヘーゲルが使う難しい)言葉の「意味」である。言葉が「理解」できるのは、それが実体を名指しているからなのである。〈そこ〉からヘーゲルも出発している。〈そこ〉は平等に〈われわれ〉に与えられている。現にわれわれは、無意識にひとりのヘーゲルであったりもする。それはわれわれが無知なのではなくて、ヘーゲルの言葉が〈そこ〉を名指し得ているからである。

 ところが時間が経つと、言葉は徐々に〈そこ〉を離れていって、初源への喚起力を失い始める。小さな世界(専門家の世界、業界、ユーレイオタクetc)を作って、内輪話を繰り返し始める。挙げ句の果てに言葉の意味が“定義”と同義になったりし始める。「定義が違う。そこをはっきりさせよう」なんて言うわけのわからない議論が行われたりし始める。

 言葉が「知的」に空転し始めるのだ。初源の〈そこ〉を忘れて言葉が空転する。そうなると「勉強させていただきました」か、「へぇー、そうですか」というふうに会話が終わる。聞いている方も、自分の小世界に回帰してしまうのである。

 しかし言葉を使うということは、そういうことではない。たえず初源の〈そこ〉を指示するように言葉をつむぐこと、それが〈理解〉の源泉だ。あるいは、聞き手も読み手も初源の〈そこ〉を目指して聞き取ること、読みとること、それが〈理解〉の源泉だ。言葉の本質は「知る」ことではなくて〈理解〉であり、〈理解〉とは言葉の自己超越(自己否定)、その初源への〈超越〉なのである。

 〈知る〉ことは、〈そこ〉を忘れること、〈初源〉から遊離することでしかない。「知的」であるとはうそつきであることとほとんど同じことを意味する。本を読んで、新しいことを「知り」、こう書いてあったよ、と言う。しかし世の中に新しいことなど何もない。新しいことは、初源の〈そこ〉のもう一つ別の表現にすぎない。新しいこととは、あるいは歴史とは反復にすぎない。〈初源〉を反復することでしかない。しかしいつの間にか、新しいことは〈知らない〉ことの対立概念になってしまい、〈そこ〉への参照性を失いながら言葉が空転し始める。

 「知的な」人たちは、いつも“新しいこと”、“知らないこと”への関心の中でしか言葉を使わない。「知る」ことに異常な喜びを感じている。そうやっていつも言葉の表層を繋ぎ(「引用」につぐ「引用」をして)先へ、先へと行こうとする。しかし重要なことは、後退である。言葉を使うということは、言葉に錘を付けることであり、沈潜するためである ― 日本語には「腑に落ちない(落ちる)」という優れた言葉があるように、〈理解〉することは「落ちる」ことなのである。そのように沈むことが、〈われわれ〉の〈理解〉の源泉であり、浮かぶことは解体することに他ならない。「知的な」人々よ、「勉強が好きな」人々よ、そして「読書が好きな」人々よ、言葉の浮力に浮かれてはいけない。いい歳をして「知的」であってはいけない。

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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