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 家内の症状報告(121) こんなメールを地方の医師から突然頂きました ― 「拝啓、芦田宏直様、そして奥様」。 2008年08月29日

昨日28日の深夜(23:18)に突然地方在住の医師の方からメールが来ました。私の「家内の症状報告」(http://www.ashida.info/blog/cat8/)を「最初から最後まで全て」読んだとのこと(恥ずかしい!)。そしてご自身の奥様に「自分自身でNMOの診断」を下されたとのこと。メールには名前、場処などを示す固有名がそのまま書かれていましたが、それを省いて全文掲載します。こういったメールは私自身というより、家内自身に対していい励みになります。またこの病気の診断で悩んでいる全国のMS/NMO疑いの患者さん達の良い症例報告となると思います。

●拝啓、芦田宏直様、そして奥様。

お二人に御礼を申し上げたくて、メールいたしました。

私は地方在住の一般医です。今月、私の妻に、自分自身でNMOの診断を下しました。

2ヶ月前にはNMOの病名すら知らなかった、神経内科専門医でもない私が自分の妻にNMOの診断を下すとは、今から振り返ってみても信じられません。何か見えない糸に引かれるように、私はこの病名に辿り着いてしまいました。そして、その糸によって芦田様のブログに導いてもらったようです。

もともと私は25年前に医学部卒業後、心臓外科を目指して外科に入局しました。その頃はまだ臓器別の診療科の制度はなく、一般外科の中での心臓外科部門でしたので、一般外科医として、心臓のみでなく呼吸器・消化器・肝胆膵・甲状腺/乳腺の各グループで研修を受けました。その後、大学を飛び出していくつかの病院を転々とするうちに、人工透析にも携わり、6年前から脳神経外科を看板とする今の病院に勤務しています。

病院の性格上、脳卒中の救急患者を診る事が多く、いつの間にか一般的な神経内科の知識も身についてしまいました。現在、総合診療科的な一般医として、脳卒中だけでなく、消化器・呼吸器・循環器疾患のCT/MRI/超音波/内視鏡等の画像診断から高血圧・糖尿病等の慢性疾患指導など、種々の外来患者さんを「来るもの拒まず」で診療しています。

私の妻の場合、初発症状は右胸部の肋間神経痛でした。今年の5月下旬より「右胸が触るとピリピリして痛い」と言い初めました。鎮痛薬を飲む程の痛みではなく、私も「ヘルペス神経痛(帯状疱疹)じゃない?」と聞き流していましたが、いつまでたっても疱疹は出現しませんでした。6月になって、妻は「左足と右足の痛みが違う」と言い出しました。

下腿部の毛抜きをする時右足の痛覚が鈍いとのことでしたが、触覚・温覚には左右差はありませんでした。私はこのとき嫌な予感がしましたが、家族の事になるとなるべく悪い方には考えたくないもので、しばらく経過をみる事にしました。

とは言いながら、心の中では「2カ所の異なった部位の多発神経炎?ひょっとしてCIDP(慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー)?」と考えていました。(CIDPは脱髄の障害部位が末梢神経で、MSの中枢神経障害とは異なりますが、病状が進めば同じ様に運動障害や感覚障害をきたす難病です。)

私はどの学会の専門医の資格も持っていませんので、その時々に臨床で疑問を持ったテーマを決めて、関連した学会発表に参加するようにしています。今年は丁度6月下旬に横浜で「日本神経治療学会」に出席する予定を立てていたので、学会会場ではCIDPとMSを中心に発表を聞く事にしました。

その中に幾つか「MSとNMO」「NMOとアクアポリン-4抗体」に関する発表があり、NMOという病名を初めて知りました(一般医としてMSの概念は知っていたつもりでしたが、お恥ずかしい限りです)。

短い発表ではありましたが、古典的MSと比べてNMOは視神経と脊髄に病変が多い事、ステロイドのパルス療法の反応性が悪い事、血漿交換が有効な事、NMOの発病にアクアポリン-4抗体が関与している事などがおぼろげに理解できました。

学会会場からホテルの部屋に帰ると、妻から電話があり「今、お風呂に入ってシャワーを浴びたら、左足が水を当てても冷たく感じない」との事。「どのへんから冷たく感じない?」「おへそのちょっと上あたり。左側が冷たくない。」「足に力は入る?」「足の力は入るよ。だけど、階段登る時右側の大腿が上がりにくくて、手摺を持っちゃった。それから、廊下で転んじゃった」。

私はそれを聞いて一瞬パニックになりかけました。(えっ!! それって脊髄障害じゃない!)でも、電話ではできるだけ冷静に、「僕が学会から帰ったらすぐにMRI検査をしよう」と返事をしました。妻には「脊髄そのものの障害じゃなくて、椎間板ヘルニアによる圧迫症状かも」とは言ったものの、心の冷静な部分では(椎間板ヘルニアで左右の下肢の温痛覚解離が起こる訳がない)と判断していました。

翌日、私の勤務する病院でまず頭部MRI。脳には異常なくちょっと安心。次の日に脊髄MRI。予想通り椎間板ヘルニアは認めず。やっぱり第3胸随の右側2/3、約1.5椎体の長さで、淡くリング状に造影される病変あり! 下半身の神経症状とも一致します。脊髄腫瘍も鑑別疾患に挙るものの、やはり脱髄性病変を第一に疑う病変です。神経内科専門医からは怒られるかもしれませんが、MS疑いでその日からステロイドパルス療法(5日間)を開始しました。

一週間後、パルス療法の効果判定のため脊髄MRI再検すると、病変の大きさは変化がないものの、炎症の活動性を示唆する造影効果が消失し、MRI上はパルス療法の一定の効果がみられたと判定しました。

しかし、妻の神経症状は全く改善せず、むしろやや悪化した印象でした。この時点で初めて、これは古典的MS ではなくNMOでは? と疑問がわきました。そこで私の母校の神経内科に相談して、大学病院へ転院しMS/NMOの鑑別診断をしてもらう事としました。

7月中旬に大学病院に転院しましたが、正直申し上げてあなたがブログの中で述べられている通り、我が母校の神経内科専門医の先生方もMS/NMO の違いに対する認識は今一つ?の感じでした。アクアポリン-4抗体測定も、私のたっての希望でしてもらいましたが、おそらく今まで初めての検査依頼じゃないかと想像しました(転院して10日もたってから、抗体検査の為初回パルス療法前の血清が残っていれば欲しいと頼まれました)。

大学へ転院前から、「パルス療法に対する反応が悪いので血液浄化療法を検討して欲しい」旨も申し出ていましたが、「あと1~2回パルス療法を試みましょう」と提案され、パルス療法を繰り替えして様子をみる事となりました。しかし、妻は両上肢にも脱力やしびれが出現し、明らかに神経症状は進行しつつあり、大学での脊髄MRIで第3頚髄の左側に小さな病変が見つかりました。

ステロイドパルス抵抗性であることより、私の心の中でNMOの疑いは更に強まり、NMOの文献を探し始めたところ、医局に定期購読している医学雑誌の最新号に、東北大の三須先生が書かれた「NMOとアクアポリン4抗体」という総説があるではありませんか!また2クール目のパルス療法終了時に、タイムリーにも東北大の糸山教授の「多発性硬化症とNMO」という演題の講演があり、これによってNMOの病態が詳しく理解できるようになりました。

NMOについて知れば知る程、今の妻の治療には血液浄化療法(免疫吸着療法:IAPP)が必要だと、痛切に実感しました。妻の場合、まだ感覚障害が主体で運動障害は軽度であった為、大学の主治医は「まだIAPPのようなリスクのある治療をしなくても・・・?」と消極的でしたが、私は過去の自分の臨床経験から慢性腎不全の人工透析に比べればIAPPのリスクははるかに小さい事がわかっていましたので、妻と共にIAPPの治療を受けたいと強く希望しました。

結局、ステロイドパルスを3クール受けても妻の神経症状は改善しないため、アクアポリン4抗体検査の判定を待たずに8月初旬から免疫吸着療法: IAPPを開始しました。主治医は感染症の合併を心配するあまり、5回の吸着終了時に中止を勧告しましたが、私は感染症を疑う徴候はまだ出ておらず、保険で認められている7回まで治療を継続したいと主張しました。

6回目の吸着終了時に、東北大から妻の血清はアクアポリン4抗体は陽性であったと結果が出ました。やはり妻は古典的MS ではなくNMOでした。無事7回の免疫吸着が終了し、妻の血中IgG値は吸着前の約20%まで低下しました。下半身の感覚障害は完全消失では無いものの、妻は明らかに痛みやしびれの改善を自覚できるようになりました。

アクアポリン抗体陽性でNMOの診断をつけたものの、「同じ神経難病ならまだしもMSであって欲しい」と思っていた私の心境は複雑でした。急性期治療はMSもNMOも大差ありませんが、慢性期の再発予防になるとNMOには全く何のエビデンスはありません。NMOの再発予防について何か情報は無いかとインターネットで検索するうち、あなたのブログにたどり着いたわけです。

奥様の闘病記「家内の病状報告」は、最初から最後まで全て読ませていただきました。この闘病記は、MS/OSMS/NMOに対する医学界の混乱と錯誤に満ちた認識が、いかに患者にとって不毛な治療となって反映されてしまったのか、その歴史そのものと思います。その中にあって、医学的には全くの素人であるあなたと奥様が、難病そのものと医者の誤った病態認識の双方と苦闘しながらも、NMOの歴史と病態の総説をまとめられた事には、ただただ、頭が下がる思いです。

あなたと奥様によって書き上げられたNMOの総説のおかげで、私は多くの貴重な情報を頂く事ができました。ブログの中で述べられたMSとNMOの免疫学的な病理仮説は、拙い私の医学知識からみても、きわめて論理的で説得力に満ちたものに思えます。

お二人のおかげで、インターフェロンという誤った再発予防を受けないで済んだ妻は、幸運でした。本当にありがとうございます。そして、もう一つ御礼を申し上げたい事があります。それはあなたのブログにあった以下の言葉です。私に頂いたメッセージのように読ませていただきました。

「難病や重い病気からの生還(回復)は、ひとえに生命と生命力への信頼がなければ不可能。特に医師と患者本人があきらめる前に周囲の者があきらめないことが大切。特に多くの患者が衰えて死んでいくのを見ている医師や医学者は対面している個別の患者の将来を真っ先にあきらめている人種。中途半端な専門家医師や中途半端な知識を持っている患者家族、患者団体こそが物知りふうに患者の再起を真っ先にあきらめている場合が多い」(「家内の症状報告」(111)http://www.ashida.info/blog/2008/03/post_273.html)。

私がNMOに関する文献を読めば読むほど、最後に出てくる決まり文句:「poor prognosis=予後不良」の言葉。妻は無邪気に私の治療を信じてくれていますが、私は「poor prognosis」の言葉を見るたびに暗澹たる将来像しか思い描けませんでした。そんな私に、あなたの言葉は鉄槌を下してくれました。

「そうだ、私は医師である前に彼女の夫なのだ。医師の私があきらめかけても、夫の私は決して彼女を見捨ててはいけない。」

あなたのメッセージに私自身が救われた思いです。妻と共に、私自身からも心から御礼申し上げます。

芦田様の最近のブログ(http://www.ashida.info/blog/2008/08/post_292.html#more)では、奥様がまた再発されて入院されたとの事。奥様の病気の苦しさと芦田様の心中の苦しさ、お察し申し上げます。奥様の病状が回復されることが、引いては私の妻をはじめ、多くのNMOの患者さんの希望につながると思います。一日も早い奥様のご回復を心より願ってやみません。あなたのブログでその報告が聞けることを心待ちにしております。奥様によろしくお伝え下さい。

地方在住の一医師より。

(Version 1.0)

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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感想欄

●ミクシィ(MIXI)上のコメントより

>Sさん 2008年08月29日 04:29
芦田さんの手記をこんなにも隅から隅まで熟読し、感銘をうけた人は恐らくこの医師以外にも多いでしょう。

この手紙から、発病時の混乱と家族の努力がひしひしと伝わってきて、私の発病時のことなどが走馬燈のように思い出されました。

NMO、MS問わずお互いに支え合って頑張って生きていきましょう。


>Eさん 2008年08月29日 04:33
なんだろう…読んでて涙が。


>Tさん 2008年08月29日 06:46
感動しました(T_T)
芦田校長も奥様も、そしてこのご家族もすごいです。

>Kさん  2008年08月29日 10:47
地方在住のあるお医者様のメール読ませていただきました。
自然と涙が出てきました。

益々医学が発展して難病といわれる病気の治療が進みますように。

お医者様の奥様もジャイアンさんの奥様も一日も早い回復をお祈りいたします。


>Jさん  2008年08月29日 17:49
お久しぶりです。
率直に感動しました。

それと同時に、医学界の混乱と錯誤の現状が一刻も早く改善され、患われている奥様やお医者さんの奥様、またそれを支えていらっしゃる先生などの身内の方に希望の光が差し込むことを切に願っています。


>Mさん  2008年08月30日 15:53
きっと芦田さんの努力に惹かれてきた方でしょうね。
アクアポリン4抗体、私も陽性でインターフェロンは使えないタイプですッッて言われただけで古典的MSトカNMOとかは言われませんでした。

私もNMOかもね~~。万能細胞の研究が進んでくれる事を祈っています(*^_^*)


>パパさん  2008年08月30日 16:31
御無沙汰しております。
奥様の病状を案じておりますが、少しでも良くなられていることを祈念しておりますこと、宜しくお伝えください。

改めて先生のブログの存在感を感じておりますが、地方医師先生のメールには心打たれました。

>「そうだ、私は医師である前に彼女の夫なのだ。医師の私があきらめかけても、夫の私は決して彼女を見捨ててはいけない。」

この一文には、芦田先生のこれまでの文面同様に強烈な情熱を感じ、心震えました。

研究者や専門家が馬車馬のように働いて何とかしようとする、その原動力は彼ら自身の情熱によるのでしょうが、いわば他人でしかない彼らをそこまで追い込むのは、耐えがたきを耐え、いつか暖かい春が来る事を信じ歯をかみ締めている患者や家族の「本当の情熱」に触発されるからなのだろうと感じました。

かつてある医学研究者(身体を壊し若くして急逝、亡くなる直前まで意識朦朧としながらICUでも論文を書いていた)が私に問いかけたことがあります。

「サルと人間の違いが分かるかね」と。

「人間は弱きを絶対に見捨てない。絶対に。それが人間だ」と。

投稿者 ashida : 2008年08月30日 20:16

今日、日曜の午後、病院の医局で芦田さんのブログを開けてみると、私のメールの内容にこんなにも多くの方からコメントを頂いた事を知りました。

みなさんのコメントを読ませて頂くうち、不覚にも涙が流れて止まりませんでした。

誰もいない医局で、泣きました。MSであれNMOであれ、この病気に苦しむ人達は大勢いるのだ、と実感しました。

皆様から、大きな勇気と力を頂きました。私は神経内科専門医ではありませんが、妻だけでなく、他の沢山の患者さんのためにも頑張りたいと思います。

この場を借りて皆様に御礼を申しあげます。ありがとうございました。

投稿者 地方の医師 : 2008年08月31日 15:14
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