息子・太郎の彼自身による就職活動記 ― 親に似てちょっと長いのですが… 2007年07月12日
息子・太郎の就職活動も終わったが(http://www.ashida.info/blog/2007/06/post_208.html#more)、彼自身の記録(ブログ)もその総括が一通り終わったようなので、ここに公開します。後輩の学生達、就職活動を迎える子供を持つ保護者のみなさんのお役に立てばと思います。
私の感想は、私の学生時代に比べると随分と幼稚なような気がします。時代が成熟したと言うべきなのでしょうが、そう思いました。A4版で154頁、文字数で約6万字ありますが、我慢して読んでみてください。若い世代の就職選択の感覚がそれなりにつかめます。
●2006年09月07日
僕の就職活動
少し前の話になります。
8月30日、新砂での練習後に稲穂メンバー数人でリクルート主催の就職イベント『リクナビフェス』たるものに行ってきました。
簡単に言えば2008年度就職対象にした企業説明会です。
いろんな企業が来て、色々話を聞ける的な。
正直僕は今、就職のことなんて考えなくて良いなら考えたくありません。
まだ学生でいたいし。なんかめんどくさそうだし。
しかしそんな駄々をこねていても時は過ぎていきます。
時間と言うのは残酷ですからね。
稲穂キッカーズ以外の友人たちの中にはインターンなど始めている人もちらほら出始めています。
地元の友達の中には立派な社会人として働いている人もいます。
つまりもう「僕の番」が近づいている、いやもうすでに「僕の番」は来ているのです。
と、いうわけで指をくわえて時の経過に身をゆだねているだけと言うのもアホらしいので行動に移すことにしたわけです。
と言っても就職活動とは何たるかをろくに知らないわけで。
とりあえず何かでかいイベントあるみたいだし行っちゃおうよ的なノリです。
そんなこんなで練習後、東京ビックサイトへ!
芦田、野崎、岩田、土川、三河、羽田、よりこで行ったんですが、みんなそれぞれ興味のある企業は違うので、早速別行動です。
僕は土川、岩田二人と行動しました。
まず最初に日経新聞に行きました。
かなりの人。満員。
俺ら立ち見。
「日経の読み方」というテーマでプレゼンしてたけど、正直だるかった。
だって僕新聞くらい読めますから。
岩田君にいたっては「眠い」を連呼。
土川君は可愛い子探すことで精一杯。
というわけで終盤に途中退室。
だいたい予約したのに座れないとか意味わかんないし。
予想以上に人多いし。
私服で良いって書いてあるのに、スーツでばっちり決めてきてるやつ多いし。
まぁ3人で文句言いまくりつつ、次のフジテレビへ。
日経であの人数だったので、フジテレビはヤバイだろうという予測の元、開始1時間前にフジテレビブースへ。
ところが、すでに長蛇の列。
僕らのイライラというかグダグダメーターは上がるばかりですよ。
そもそも会場はいった時から、なんていうか僕らとそれ以外の学生との温度差を感じていた。
なんていうかね。
モチベーションの差?
僕たちはもっと気楽な気持ちで来てるんです。
「僕たち就活のこと全然わかりません!とりあえず来ちゃいました!」
そんな感じ。
でも他の学生は違う。
みんななんかマジだし、めっちゃメモってるし、スーツ着てるし。
俺らがおかしいのか?
それとも彼らは生き急いでいるのか?
僕はとりあえずむかついたので、
「お前ら全員蹴散らしてやる」
を連呼して歩き続けました。
フジテレビの列でも言いまくってたら、周りの人達ひいてました。
僕ら3人は確実に浮いていました。
リクルートの人が学生用にアンケートを配ったんですが、「いらないっしょ」ってことで満場一致した僕らはアンケート拒否。
すると、土川君はいらなくなったアンケート用紙を他の学生に配りだす始末。
意味がわからない。
渡された学生は当然困惑。
そんな浮いた僕たちはフジテレビブースへ。
またも大して実のある話は聞けず。
とりあえずフジテレビはチャらい。
なんかノリが他の会社と違う。軽い。
良い意味でも悪い意味でも。
人事部のお姉さんは可愛かった。
あやパンより上なんじゃないかってくらい。
大して話も上手くないそんな子を、この場に出しちゃうところはさすがフジテレビだった。
僕らはお姉さんばかりを見ていた。
仕舞に土川、岩田は寝始める。
僕はお姉さんを見続ける。
土川君は起きたと思ったら、新砂から持ち帰ったアリを自分の体から取り、前の人の背中につける始末。
最後の質問コーナーでは終始ふざけていた僕らは完全に場違いだった。
質問者が「○○大学の~と申しますが・・・」といちいち大学名を言うのが腹立った。
そんなこんなで得るものもさほどなくフジテレビ終了。
次の電通まで3時間もある。
僕ら3人は限界だった。
「帰ろう」
僕らは帰りました。
このフェスで得たこと。
①こういうでかいイベントは、当たり障りないことしか知ることが出来ない
②どうやら僕らのライバルとなる人々はすでに結構エンジンかかっている
③でも僕はそいつらに負けることなく蹴散らせた
④フジテレビはチャらい。
⑤でかい就職イベントに行くくらいなら、自分で興味ある企業を調べたほうがいい
⑥りんかい線は初乗りが高すぎる
●2007年01月21日
最高の仲間たち
どうも。
最近めっきり寒くなりましたが、みなさんいかがお過ごしですか?
昨日はセンター試験だったみたいで。
僕が受験した2004年から3年連続であいにくのお天気だったみたいで。ちらほら雪が降ったところもあったとかで。
3年連続雪ですか。
そんなわけですが、僕はまぁ元気にやっています。
テスト勉強と、少しずつエンジンのかかり始めた就職活動に追われながらね。
家ではsalyuの『TERMINAL』をずっとリピート再生しています。
レビューにも書いたけど、このアルバム良いから。
皆さんも是非聞いてみてください。
『to U』のsalyuバージョンだけでも聞く価値あります。
鳥肌の立った僕はコンサートのチケット予約しちゃいました。
当たったら一人で行ってきます。
さて。
そろそろ本題に入りましょうか。
昨日、千歳中の新年会が開催されました。
と言うか開催しました。
まさしく「TERMINAL」な一日でした。なんちゃって。
昨年末に、今ヤクザをやってる(本人はもうヤクザではないと言い張っているが、やってることはほぼヤクザ)の友人から急に電話がかかってきました。
前にもいつか日記で書きましたが、うちの中学は、と言うか公立はどこでも大体そうだろうが、『社会の縮図』です。
色んな人種がいます。
そんな中で結構悪いこともしながら、生徒会長やったり、サッカー部でキャプテンやったりしてたので、友人の幅の広さには結構自信があります。
それはまぁ良いや。
その友人と最後に会ったのが、去年の成人式後の大同窓会だったわけで。
で、その友人が僕になぜ電話をかけてきたかと言うと。
彼「ちょっとさ、久しぶりにみんなで集まろうよ! 新年会的な感じでさ。」
ぼく「お~いいよ! そうだな、あれ以来みんなでは集まってないからな。」
彼「そうそう。で、やっぱそういうの企画するって言ったらお前しかいないっしょ! 頼むよ。」
ぼく「いいよ~。じゃあみんなに連絡してみるわ。」
ってわけで交渉成立。
電話を切り、すぐに男女十数名にメール。
そして昨日に至ったわけであります。
だいたい15人くらい来てくれました。
祖師谷の笑笑にて。
そうやってみんなで会うっていうのは久しぶりなわけで。
昔話から、恋愛、就職、ド下ネタ、などなど話のネタは尽きず朝方4時くらいまで語り合っていました。
会の終盤。
まったり飲み的な感じになってからが、僕は特に楽しかった。
結構まじめな話もしました。
で、なぜか話題は、
「芦田太郎の将来について」
になっていました。
まぁ当然ですが、彼ら彼女らは僕がこれから就職活動を向かえ、就職していくことを知っているわけです。
誰かが「芦田はどこの就職すんの?」
と言い出したあたりから、僕を囲んだ「芦田太郎の将来を考える」討論会に。
実際。
僕自身稲穂キッカーズを引退し、年末はバイトと遊びに費やし、そして年明けを迎え、徐々に業界研究を始め。。という段階だったので、具体的に「~に行きたい!」ってのはまだ定まっていない段階なんですよ。
だから、そういった質問をされた僕は。
ぼく「う~ん。今はマスコミ系(テレビ、広告)に興味あるんだよねぇ。あとは商社かな。。」
と曖昧な返答。
すると。
同じサッカー部で戦った司令塔の男が、
「え~? マスコミ? 芦田が?」
と言うわけです。
「いやぁ、正直おれは軽くガッカリしたなぁ」
とまで言うわけ。
当然僕は「なぜ?」と聞くわけです。
「いやぁ、なんか違うよ。芦田がテレビ局? なんか違う。お前はそんなもんじゃないだろ!」
と言う彼。
なぜかわからないが、周りの数名もうなずく。
僕は正直面食らいました。
まぁ現時点において、本気でテレビ局や広告代理店に行きたいって思ってるわけではないけれど。
こうやって「~に興味があるんだよね」って話をして、こんなふうに否定されたことは初めてだったから。
大学の稲穂キッカーズの連中と話していてもまずそんな展開にはならないし、高校の友人もまた然り。
でも千歳中の彼らは違った。
「芦田はやっぱ何か上に立ってやらなきゃだめだろ。そんなテレビとか入って、下っ端から頑張ってみたいなのじゃダメだ!」と言う彼や彼らや彼女。
すると、僕は何だかワクワクしてきました。
こんな風に「芦田太郎」と言う人間を素直に客観的に(いやむしろ彼らの主観なのかもしれないが)見て、率直に意見してくれる環境が久しくなかったから。
しかも今本気で
「自分はどんな会社に行くべきか?」
「自分の長所を最大限に生かせる業界はどこか?」
を悩んでいるときに、こんな風に第三者に意見を言ってもらえたのは初めてだったから。
楽しくて仕方なかった。
もっと言ってくれ。
もっと教えてくれって。
彼や彼らや彼女らは主張し続ける。
彼「俺はもっと芦田に向いてる仕事あると思うけどね。」
ぼく「そうなのかなぁ?どんな業界が向いてるかな?」
彼「う~ん。よくわかんないけどさ。起業しちゃえよ! お前なら出来るって。」
起業。
これ、高校の友達にも言われたことある。
そしてつい最近ブログ会の後輩たちにも言われた。
ぼく「無理だよ。金もないし、明確なプランもないしさ。」
かれ「そうかぁ。でも絶対いけると思うんだけどねぇ。じゃあさ政治家だよ、やっぱ!昔から言ってるけどお前が日本を変えろよ。てか変えてくれよ。」
政治家。
これも高校の友達によく言われた。
おれ「だからさ、前から言ってるけど政治家なんてなりたくないし、なれないよ。金もコネもないしね。」
かれ「いや、でも絶対むいてると思うけどね。」
おれ「う~ん。。とにかくマスコミ系はやっぱ向いてないのかなぁ?」
かれ「なんか違う気がするよ!まぁ受けるのはお前の勝手だし、受ければ良いと思うけどね。」
かれ「やっぱお前は、昔から一筋縄じゃいかないやつで、先生に怒られたりしても絶対すぐに「はい」って言わなかったし、しかも言い返すことにも理屈が通ってた。そうやって権力に対して屈せずに、むしろ倒してやるくらいの感じがテレビ局って感じじゃないだろ、明らかに。」
おれ「う~ん。確かに。なぜテレビ局なのか?って突き詰めて言ったら全然深い理由ないしね。でも広告は?」
かれ「じゃあ逆になんで広告なわけ?」
以下僕の台詞。
まぁこっちも浅い業界研究だからよくわかってないんだけどさ。俺はやっぱ人と直に関わっていくのが好きだし、その人が集まって出来る集団って物を作り上げていくのがすきだって大学のサークルでわかったんだよね。
副キャプテンとして、チームのために何が出来るかとか、メンバー決めに関わってたからいかにメンバーを決められる側の選手たちが納得して、高いモチベーションを維持してサッカーをやっていけるかとかを考えながらやってきた。
で、そのためにはコミュニケーションが欠かせないんだ。
たいして普段絡みもしない監督みたいな先輩に「君はAチーム。君はBチーム」って言われても納得できないからね。
だから俺はサッカー以外の話も気楽に出来る関係を特に後輩たちと築かなきゃダメだって思ったし、そうやって来た。
とにかく100人近くのメンバーを一つの目標に向けて、高いモチベーションを持続させるって言う仕事を俺は全うしなきゃダメだって思ってやり続けたし、それが楽しかった。
で、結果としてまぁ俺の力だけでは決してないけど、日本一を成し遂げられた。
そんな経験から、広告はクライアント側の「うちの商品をこうやってアピールして欲しい」とか「どうやってアピールしたら一番良いのか?」って要求を聞きながらも、広告を作る側として要求したり、提案する。
そうしてクライアントの要求やよさを最大限に出せるように検討する。
そういう人間同士の対話だとかコミュニケーションから一つの広告を作って世の中に送り出すっていう作業が向いてるかなって思ったんだ。」
以下彼の台詞
なるほどねぇ。
まぁ確かにそれは向いてるかもしれない。
でも違うよやっぱ。
芦田がクライアントの良さを引き出してあげる?
なにそれ。そんなんじゃないだろ、おまえ。
お前はお前。それがお前じゃん。
お前はもっと高い位置からお前を出すのがお前じゃん。
以下僕の台詞。
いや、お前そんなこといってもさ。
どっか集団に帰属した場合、絶対最初は下の位置からになるわけじゃん。
そっから結果を出したりして信頼を勝ち得ていく中で出世したり、独立するわけでしょ?
いきなり最初からは無理だよ。
それになんか俺を過大評価しすぎだろ。
俺みたいな人間は世の中に五万といるかもしれないわけだし、逆に言えば俺は世の中に出ても今のまま通用するかもしれない。
どっちに転ぶかなんてホントわかんないよ。
かれ「確かに過大評価してるかもしんない。でもね、そんだけ期待してるだよ俺は!」
すると周りの連中もうなずいている。
しかし、とにかく合コンに飢えている男子一名は
「俺は芦田がフジテレビに入ったら、色々と期待してるけどね。」
と言う。
まだまだ続く討論会。
かれ「それになんか芦田はテレビ局落ちると思うよ。」
おれ「なんで? まぁたしかに受かるとは決して思ってないけど。」
かれ「なんか「君は優秀だけど、うちの社よりももっと君を生かせる良い会社があると思う」とか言われそう。」
おれ「ありえないだろ。どんだけだよ、おれ。」
かれ「まぁとにかくお前はマスコミなんかじゃないね! とりあえず起業か政治家になれよ!」
おれ「いやまぁそれはないとしても。良い勉強になったわ。初めてそんなこと言われたし。やっぱ良いね、地元は。」
これは本心だ。
褒められてるんだか、怒られてるんだか良くわかんなかったけど。
そんな風に客観的に見た自分を第三者から言われたのは初めてで、新鮮で、楽しかった。
やはり「人種の坩堝」であるわが母校の人間は最高だ。
学歴なんて関係ない。
早稲田? だから何?
昨日のメンバーに「勉強しか出来ないつまんない奴」なんていない。そんな奴俺らの中では認められない。
つまんない奴なんて一人もいない。
いつのまにか左半身に刺青入れちゃってたヤクザもいるし、今は刑務所にいる奴だっているし、大学生もいるし、専門生もいるし、フリーターもいるし、キャバ嬢もいる。
それが世の中だし、地元だ。
そんな友人たちと朝方まで語り合える。
それだけで素晴らしい。
それだけで楽しい。
僕は彼らに良い刺激を受けた。
どんな業界に行くにせよ、もう一度自分自身を見つめなおす必要があるようだ。
自分に自信を持ち、進んで行こうじゃないか。
怖れることは何もない。
ヤクザをやっている友達が
「就職困ったらうち来れば良いよ」
って言ってたし。
俺は大丈夫だ。
●2007年01月28日
スタート就活
どうも。
1週間ぶりなんで今日は長いよ~。
頑張って読んでね。
「僕らの音楽」見ましたか?
salyu良かったねぇ。
イルマリとのコラボも良かったねぇ。
最近、Amazonで村上龍のエッセイを2冊購入して読んでいます。中古で安かったから。
彼の文章は力があって、モチベーションを上げるにはもってこいだからです。
何と言うか「文章からほとばしる力」があるんですよね。
あなたの好きな本は?
と聞かれたら
間違いなく、
『愛と幻想のファシズム』と答えるであろう現時点の僕ですから。
あなたもよければ村上龍読んでみてください。
さてさて。
そろそろ始めましょう。
皆さんお元気ですか?
3年生のみんな。
就活してますか?
僕は就活しかしていません。
就活のことしか考えてません。
内定取ることしか考えてません。
なんてね。
うそ。
そんなわけないじゃん。
僕の本格的な就職活動は、事実上、本日スタートしたと言ってもよいのではないでしょうか。
岩田君、浜田君、羽田君と三井不動産のセミナーに行ってきました。
そう。初めてのセミナーであります。
就活用に作ったスーツをやっと着る機会が来たわけであります。
ここ最近、テストと並行して、急激に就活に携わる時間が増え始めました。
エントリーシート出したり。
業界研究したり。
まぁそんな事言いつつも僕にとってはテストの方が大事ですから、まだまだ本腰と言うわけではありませんが。
実際明日までテストありますし。
まぁそんなこんなで、初めてのセミナー。
初戦の相手は業界最大手三井不動産。
まぁ大手中の大手でしょう。
「都市開発」という言葉には魅力を感じるものがあったので、わりと楽しみにしていました。
そしてグループワークも盛り込まれると言うことだったので、「世の中の就活生とは如何ほどのものか」という妙な対抗意識を燃やしながら浜松町にある会場に向かったわけであります。
予想以上の人の数でした。
6人一組のテーブルが70近くありましたからね。
不動産ってこともあって女子は余り多くなく、僕のテーブルは女の子1人、男5人。
僕は基本的にこういう初めての場で、良くも悪くも出しゃばれるタイプではない。
様子を見て、各人間の色と言うか性格をつかむ事に徹する。
すると、男子君1人が
「みなさん今日はどこからいらっしゃったんですか?」
とお前はリクルーターかと突っ込みたくなる質問を全員に浴びせかけた。
まぁでも冷静に考えて、初対面の6人が一つのテーブルに集まっている状況において出来る最低限レベルの質問だ。
だって。
いきなり「大学どこですか?」は失礼だ。
だから冷静に考えて「彼の質問は悪くないな」って、「おまえはリクルーターか」って突っ込みたくなった30秒後に思い直しました。
まぁ、それぞれ答えます。
みんな関東だったけどね。
必然的に就活に関しての話題に。
☆☆☆
テーブル (各テーブルの図。☆は人間)
☆★☆
ここで、★に座っている男子君が、結構就活マニアであることが判明し、彼を中心に話題は進む。
ちなみに僕はその左隣である。
話しぶりからして彼はなかなか利口そうだ。
羽田君のようなエセ就活マニアではなさそうだ。
すると別の男子君が「じゃあせっかくなんで自己紹介しましょうよ」と言い出す。
まぁ悪くない。全うだ。
しかし、僕がここで一番懸念したのは、学歴の言い合い的な雰囲気。
特に早稲田。
大きい説明会とかの質疑応答で、絶対言う必要ないのに
「早稲田大学~学部の~と申しますが・・・・」
と堂々と述べる馬鹿。
しかもだいたい政経。
嗚呼政経。
ところが、一番手の彼は素晴らしかった。
学部しか言わなかったのだ。
スムーズに流れる自己紹介。
いや、ちっちゃなことかもしれないよ。
でも俺はそれがすごく気持ち良いと言うか、何と言うか。
そんなこんなで会はスタート。
最初は三井不動産という会社についての大まかな説明だった。
最初に言ったけど、三井不動産は業界1位だ。
しかも2位の三菱地所を結構離しての1位だ。
このことは大まかな説明でも触れられた。
「うちは総合的に見て1位です。こんなに差があるんです。」
まぁそんな自信のこもったプレゼンであった。
しかし。
僕は思う。
「業界1位だ」と言うことを主張したり、宣伝したりすることは至極全うなことであるし、決して悪いことではない。
しかし。
それをやるならば、ある「説明責任」と言うものが生じると僕は思う。
それは、
「なぜ1位なのか?」
「どの部分で2位、3位に優れているから1位なのか?」
「今後も業界1位を堅守していくためには、どうすれば良いか?」
など。特に上の二点は必須であると僕は思う。
ただ「僕は1位だ。すごいんだ。」なんて言ってもダメだ。
それは先ほど言った「僕は早稲田の政経です」って言う必要ないのに宣言しているのと同じだ。
「で? だから?」
それで終りだ。
なぜ三井不動産が1位なのか?
それは単に会社の規模の大きさが三菱地所と違うからなのではないか?
会社の規模が違えば、その分利益も変わる。
規模に対する利益率で言っても1位なのか?
こうやってどんどん疑問が生まれてくる。
単に「1位」と言っても、それは本当の意味で1位なのかはわからないのだ。
こういうことを質疑応答の時間に質問するべきなのに誰もしない。
「休みの日は何してるんですか?」
なにそれ。どうでも良くない?
休みの日に何しようが勝手だろ。
休みの日こそ自己流の遊びやらをするわけでしょ。
それ聞いたところでどんなメリットがあるの?
そんなプライベートなこと聞くなら
「年収はいくらですか?」って聞いたほうが良いよ。
「仕事の達成感を感じる時はどんな時か?」
っていつもみんな聞くけど、そんなの各社員が説明している時に話聞いてれば大体わかるじゃん。
どんな事にやりがいを感じているかなんて、一通り社員に人が自分の仕事を話した後に、改めて質問することじゃない。
もう少し良い質問をしよう。
「三菱地所との違いは何ですか?」
「日本橋の景観をよみがえらせるために首都高を移動させるって言ってましたけど、そんなこと可能なんですか?」
とかね。
少し話がそれたが。
例えば、これはこんなことにも通じる。
よく代ゼミやらの大手予備校で、
「早稲田・慶応~人合格!」ってのを大々的に宣伝している。
で、これは一見すごそうに見える。
「うわっ、こんなに受かってるんだ。すげぇな。」
「俺もここ入れば受かるかな?」
ってな具合に。
しかしこう言う「数字」に対しては常に疑問を持たなければならない。
例えば代ゼミの早稲田大学合格数が1000人だったとする。
ここで大切なのは「分母」だ。
代ゼミ生が1500人受けて1000人合格したのなら、3人に2人が合格した計算になる。
これはなかなかだ。
しかし実際の分母は公表されない。
なぜなら途方もない数の全国の代ゼミ生が早稲田大学を受験しているからである。
仮に分母が5000人だと一気に1000人の価値は下がる。
さらに。
こういう合格者数というデータはいい加減なのだ。
たとえばA君は慶応大学の経済学部、商学部、文学部に合格したとする。
この場合、予備校や各高校は
「慶応大学合格者3名」とカウントする。
おかしな話だ。
極端な話、B君が早稲田大学の全ての学部に合格すると。
「政経、法、商、社学、教育、一文、二文、人科、スポ科、理工」に合格するわけだから早稲田大学合格者数10名とカウントされる。
おかしな話だ。
だからデータとか、数字と言うものは注意してみなければならない。
特に分母を。
テレビやらでマスコミが公表するデータや数字も一緒だ。
何事も鵜呑みにするは良くないし、間違っている。
あるある大事典の納豆問題もこんな事の象徴だ。
熱くなってきたのでもう一つ述べておこう。
こう言った世の中に蔓延る既成事実はたくさんある。
例えば、最近の話題で言えば「そのまんま東」。
彼は僕と同じ学部で同じ学年だ。いつの間にか中退していたけれども。
今日サンデープロジェクトに出演していたが、やはり以前と顔つきが違うし、知事と言う仕事に対する真剣さも伝わってきた。
僕自身も特に彼を嫌いだとは思っていないし、選挙の際に芸能界の力を一切使わなかったことは評価できることだと思う。
が。
思い出してみてほしい。
彼は以前、児童福祉法違反容疑で身柄を拘束された男だ。
その時のマスコミの叩きようと言ったらすさまじかった。
本人は相手が16歳だということを知らなかったと主張し続けていたが、そんなことは関係ない。
だが、どうだろう。
今の彼を報じるマスコミ。
そんなこと一切触れない。
「無党派層の星」だといわんばかりの賞賛ぶりだ。
別に触れるべきだとは僕も思わない。
ただこのマスコミの豹変ぶりに腹が立つだけだ。
過去にこだわる必要はない。
謹慎中に、反省し、勉強し、早稲田に入り、更正した。
確かにそうかもしれない。
だがどうだろう。
元経済企画庁長官のお偉いさんまで
「そのまんま東知事に期待する」なんて記事を書いちゃう。
(http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/shusei/070125_13th)
「彼と親交のある俳優の石田純一氏は、彼について「とにかくまじめで堅い人」と証言している。子供のころからの政治への熱意。タレント業の傍ら、大学へ通って政策勉強。そこに気まぐれではない決意が感じられる。80項目にわたる彼のマニフェストは、他候補に勝るものであったという。」
だってさ。
とにかくまじめで堅い人が、暴行事件や、児童買春をするんですか、先生。
なんなんだろう、この閉塞感。
マスコミはくだらない。本当に。
せめて週間ポストくらいは「変態が知事になっても良いのか!」くらいは書けよ。
貫けよ、少しは。
と思う。
何度も言うが、別に東が嫌いなわけじゃない。
彼には宮崎県を良くしてほしいと真摯に思う。
ただ、論点はそこではない。
要するに。
そんな東に勝てるような候補を立てられない自民党も民主党も終りだってことだ。
サヨウナラ。
日本の政治大丈夫?
嗚呼。
完全に話題がそれてセミナーの話に戻せる自信がありません。
って言ってもセミナーについては特にもう書くことないんですけどね。
全体的に楽しいセミナーでした。
都市開発ゲーム的なものも実際の仕事内容がわかって良かったし。
なかなかアリだなって思いました。
これからどんどん色んな業界を見て、色んな同志たちにあって、色んな刺激を受けて、さらにさらに自分を高められたらなって思います。
モチベーション結構あります。
さて。
そんなこんなで、明日はテストなんで勉強します。
●2007年02月07日
就職活動と僕
就活してます。
こうやって自分と向き合い、
自分が本当にやりたいこと、
自分の長所
自分の短所
自分の能力
自分がやってきたこと
を真剣に考える機会なんてもう二度とないじゃないか。
絶好の機会じゃないか。
そう思います。
内定者の人や、現役で働いてる人の話を聞いた。
世の中色んな人がいる。
世の中すげぇ奴、面白い奴が沢山いる。
ワクワクした。
ワクワクしてる。おれ。
やってやろう。
俺はどんな道を歩むべきなのか?
どんな道を歩みたいのか?
自分と向き合い、よく考えよう。
「自分が最も欲しいものは何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対にできない」 (村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』)
●2007年02月12日
就活してますよ
どうも。
salyuのライブいってきたよ。最高だったよ。
歌上手すぎて鳥肌立ちっぱなしだったよ。
ライブレポートはまた今度書くよ。
さて。
最近メールチェックとES(エントリーシート)作成で一日が終了します。
たまにバイトって感じ。
ここ最近はある会社のESに力を注いでいます。
今日はテレ朝の1次面接行って来ました。
結果は明日の夜に出るみたいです。
受かってると良いねぇ。
あんまり詳細に書くのも下品な気がするので、ちょくちょく書く程度にします。
さて、今日は。
ある会社のESで「あなたが最近一番気になることは?」っていうでっかいスペースが与えられた設問があったんで、そこで僕がいくつか考えた気になること載せます。
って言っても前々回の日記の内容を更に深く書いただけだけどね。
せっかく書いたんだし、何かに残しておきたいななんて。
これ実際提出するかはわかんないけどね。
以下内容。
「最近日本のマスコミが気になる。
いつの間にか中退していたが、宮崎県知事に当選した東国原氏は私の大学学部の同期に当たる。
トイレで横並びになったこともある。
私自身、彼を素直に応援したいし、選挙の際に芸能界の力を一切使わなかったことは評価できることだと思う。
しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたい。
出馬前のマスコミは、いち早く彼の出馬をかぎつけ、出馬に対して批判的な報道を行っていた。
だが、今の彼を報じるマスコミはどうだろうか。
「無党派層の星」だといわんばかりの賞賛ぶりだ。
私は、こうしたマスコミの
「今起きていることを追いかけて、とにかくヘッドラインを積み重ねていくと言う姿勢」
に疑問を感じざるを得ない。
確かに「今起きていることを追いかける」ことはマスコミの大切な役割の一つである。
しかし「今起きていることだけを追いかけている」のでは、物事の真相、本質は見えてこないし、伝わらない。
マスコミが追求すべきなのは、
「なぜ大学3年修了の学問レベルである東国原氏に勝てるような候補を自民・民主ともに立てられないのか?」
ということだ。
東国原氏は選挙に備えて学生と共にマニフェストを作成したと言う。
そしてこれに対抗できるマニフェストを、政党推薦の候補は作成できなかった。
こんなことがあって良いのだろうか?
ここでマスコミは、東国原氏のマニフェストを分析すべきだ。
そして落ち度があるならば「こんなマニフェストにも自民党・ 民主党は勝てない」と堂々と報じればよいし、逆に素晴らしいマニフェストならば「政党は信用ならん。無党派の時代だ!」と報じればよい。
これによって国民は現代日本政治に不信を募らせるだろう。
そしてそれは先の参院選挙の結果に大いに影響してくるだろう。
このようにマスコミは国民にある事象の真相、本質を伝えなければならない。
そう言った意味で「政権交代」が実現するかどうかは、自民党の腐敗でもなく、民主党の躍進でもなく、マスコミの報じ方一つで変わってくると思う。
そんな重大な役割を担うマスコミ。
大丈夫だろうか? と私は不安になる 」
こんな感じ。まだ推敲の余地ありですけどね。
明日はバイトに行ってきます。
それではまた。
●2007年02月15日
テレ朝と奥菜とsalyu
どうも。
今満喫にいます。
だって僕漫画が大好きなんだもん。
萌えーーーーーーーーーーー
嘘です。
午前中三菱商事にOB訪問いって来て、5時からのバイトまで暇だからです。
品川のオフィスビル地帯には新宿や丸の内と違った趣がありますね。割と好きです。
昨日テレ朝の筆記試験受けてきました。
久しぶりに英語の長文読みました。
時間足りなくて若干てんぱりました。
一般常識にリアディゾンが出ました。
テンション上がって、ここぞとばかりにマークシートに魂こめて塗りつぶしました。
沢尻とかエロかっこいいとかも出ました。
さすがテレビ局ですね。
作文は「天国と地獄あなたはどちらに行くと思いますか」というテーマ600字以内・制限時間30分。
これは結構余裕でした。
午後は、まきの君が嫌悪している奥菜恵の前夫が社長やってる会社の面接。1次か2次かどっちかよくわかんないけど。
6人のグループワークを面接官が見ている形式。
みんな超緊張していた。
声震えまくってたし。意味わからん。
すべて終わった後にITマニアの慶応ボーイに
「何でそんなに落ち着いてるんですか?」
と聞かれたから、
「う~ん。まぁ志望企業じゃないんで。」
ってブラックジョークで返したら、本気で引かれた。
引くなよITボーイ。
ITボーイ、ベンチャーボーイにも負けずに自分を出せたと思います。あとは面接官の好みだろうから、結果を待つしかありません。
ただ一人、都知事の出身大学の青年には力を感じた。
そんなこんなな昨日今日でした。
さっきメールを見たらテレ朝3次に進出できそうです。
面接のほうが好きだし得意なのでがんばってきます。
ここで遅くなりましたが2月9日に参加したsalyuのライブレポート。
■LIVE曲順
1 be there
2 彗星
3 Tower
4 体温
5 故に
6 name
7 夜の海 遠い出会いに
8 landmark
9 heartquake
10 鏡
11 プラットホーム
12 I BELIEVE
13 風に乗る船
14 トビラ
15 Apple Pie
ENCORE
1 行きたいところ
2 VALON-1
3 to U
良いライブでした。
県民ホールちっちゃいし、salyuを近くで見れたし。
ただちょっと音響が悪かった。
salyuの声の美しさを音響が生かせてなかった。
マイクとか。
しかしマジで歌うまい。やばい。
鳥肌立ちっぱなしですよ。ほんとに。
泣いてる人いたし。
俺もVALONは若干じわっと来た。
声量が半端ない。全てを包み込みます。
あなたもだまされたと思って、一回「TERMINAL」というアルバムをツタヤで借りてみてください。
癒されますし、力をもらえますから。
ぜひぜひ。
さて。
就職活動もいよいよ本格的に動き始めてきました。
後悔の無いように、自分の持てる力全てを出し切りたいと思います。
それと就活してて改めて思ったんですが。
稲穂キッカーズの後輩の人たちへ。
稲穂って最後までやりきってこそ意味のあるサークルです。
最後までやりきって何か結果を残してこそのサークルです。
だから頑張って下さい。
なんか偉そうでうざいな。
でもホントです。
気がついたら今年のバレンタインデーは終わっていました。
彼女が歌うまくて、バレンタインデーにこの歌を生演奏してくれたらチョコレートなんて糞みたいなもんです。
ではまた。
追伸。
阿部和重『無常の世界』読んでみてください。
斬新且つ天才です。
●2007年04月30日
就職活動日記
5月1日。
汐留にある権力的なビルの会社の最終面接を受け、僕の就職活動は終りそうです。
結構長かった。
「終りそう」って書きましたが、たぶん本質的には終りません。
「就職試験」は終りますがね。
合否の結果はどうあれ、またそっから色々と悩むでしょう。
全て終ったら報告したいと思います。
うちの大学、人が多すぎてイライラします。
●2007年05月09日
蹴りたい電通
どうも僕です。
みんな元気?
最近暑くてやってられませんね。
トヨタの営業利益が2兆円を超えたんだって。
やばいね。
電通の売上高が2兆円なんですけど、トヨタの営業利益が抜いちゃってますからね。
さすが世界のトヨタ。
トヨタがなくなったら日本経済はとんでもない事になるってのは満更嘘でもない気さえします。
さて。
今日はなぜ日記を書き始めたんだっけ。
挑戦的なタイトル。意味を勘違いしないでね。
勝手に激怒したりしないでね。
レビューにも書いたけど、『蹴りたい背中』良い作品だった。
いやいや、また話がそれた。
そう、就活だ。
僕の就活は、mixi上でも記していたが、
本格的な就職活動開始を告げた日記である 1月28日『スタート就活 』。
そして、その後。
数え切れないほどのドラマが。
そしてそのドラマはまだ続いています。
僕は今、21年間生きて来て、一番苦悩しています。
心労しています。
人々は幸せな悩みだと言う。
人々はどこでも良いじゃんと言う。
俺から言わせればそういう問題じゃない。
幸せだとか不幸せだとか関係ない。
愚問だ。
どこでも良いなら、テレビ朝日内定の2月25日の時点で就活をやめている。
モチベーション維持が非常に困難ながらも、5月1日の蹴りたい電通まで受け続けない。
本当に行きたいと思った4社だからこそ受け続けたし、やりきった。
そして本当に行きたい4社だからこそ、全て内定をもらって、
「自分で選択する」状況を作り出すために頑張った。
勘違いするウンコちゃんがいそうだから一応言っておくけど、俺は内定コレクターでもないし、何の志もなく有名企業を受けまくっていたわけでもない。
なんかこんなことを自分で書いちゃうのも言い訳がましいし、かっこ悪い気がするけど、どうもイライラするから書いた。
芦田太郎という人間の21年間全てをぶつけようと決意し、その結果勝ち取った4社の内定。
本当に行きたいと思った企業以外は受けなかったし、途中で辞退もした。
俺が選び、歩んできた21年の人生を全てぶつけるからには、それなりの結果を出す。
21年間をぶつけて、世間に認めさせようじゃないか。
蹴りたい電通。
それくらいの意気込みで行こうじゃないか。
そうじゃなきゃやってられん。
稲穂をやり切り、ただでさえ一般就活生と比べると遅い就活のスタート。
それくらいのモチベーションじゃなきゃ。
大学選びとはわけが違う。
「とにかくでかいことをやりたい」
そして
「世の中に影響を与えたい」
そんなアホみたいに漠然とした思いから僕の企業選びは始まった。
そんな可能性がある企業・業界ってなんだろう?
①テレビ
みんな見る。俺も見る。割りと好き。
②広告
みんな見る。俺も見る。色んな人巻き込める。
③商社
よくわかんないけどスケールでかい。世界に出られる。
これが1月28日『スタート就活』を書いた頃の僕。
なんて曖昧なんだと思うかもしれないが、世の中の就活生なんてこんなもんじゃないの?って思う。
そして息つく暇もなく始まる選考。
テレビの選考早い。
最初のES締切はTBS。
「テレビならバラエティだろ」
同期にすら「意外」と言われるが、僕はバラエティ志望。
「報道っぽい」とも言われるが、僕はバラエティ志望。
僕にバラエティを語らせると意外にめんどくさいことをみんな知らないだろう。
話を戻そう。
そうTBS。
TBSに関しては、正直ESに書く志望動機がなかった。
だってTBSのバラエティおもしろくないじゃん。
TBSの人には申し訳ないが。
リンカーンも金の無駄遣いだし、キャストを完全に殺してる。
あんなタレントの使い方をしてる局のバラエティに未来はない。
ってことで超適当なESになった。
今見返してもひどい。
でも「蹴りたい電通」のテンションでスタートしている僕は、「ESくらいは適当でも通るだろう」的なよくわからないイキがりスタンス。
そりゃ落ちる。
最初で最後のES落ち。
今思えばTBSありがとう。
僕の目を覚ましてくれて。
そして次のテレ朝。
これは本気。
僕個人の意見ですが、現状のバラエティと言ったら、フジかテレ朝でしょ?
実際ここ数年のテレ朝バラエティの躍進には目を見張るものがあったし、視聴率もフジに次ぐ2位にまで躍進していた。
だから本気。
ESも超本気。
何回も推敲した。
通った。
そして僕は就活ロード初の面接を迎えるのである。
つづく。
●就職活動終了(vol.1)
どうも。
こんな時間になってしまいましたが。
決めました。2008年4月1日に入社する会社。
上手く書けるかわからないけど、可能な限り詳細に僕の心情のめまぐるしい変化を書き記してみたいと思います。
5月9日『蹴りたい電通』 に書いたように、就活をはじめた時期が遅かった僕は「第一志望の企業」を決めるというレベルに達しておらず、以下のようなテンションで就活に望み始めた。
(以下『蹴りたい電通』より抜粋)
「俺が選び、歩んできた21年の人生を全てぶつけるからには、それなりの結果を出す。 21年間をぶつけて、世間に認めさせようじゃないか。 蹴りたい電通。 それくらいの意気込みで行こうじゃないか。 そうでなきゃやってられん。副キャプテンで全国制覇した稲穂キッカーズ(サッカー同好会)をやり切り、ただでさえ一般就活生と比べると遅い就活のスタート。 それくらいのモチベーションじゃなきゃ 」。
そんな感じでスタートし、一番最初に受けた企業であるテレビ朝日の選考はあれよあれよと進んでいった。
この頃の僕は無我夢中でした。
なんせ、初めて受ける企業。初めて受ける面接。
コツもクソもありません。
とにかく全力でぶつかるという選択肢しかない。
受かるにせよ、落ちるにせよ全力を出し切れば後悔しないだろう。
このあからさまな体育会系ののりで僕とテレ朝との戦いは繰り広げられた。
そして。
忘れもしない2月25日。
テレビ朝日本社。
内定。
正確には内々定。
そして、「本日を持って就職活動を終了すること」、「2008年4月1日にテレビ朝日に入社すること」と記されている用紙を音読し、判子を押した。
そう。 僕は嘘をついたのだ。 どきどきしながらも。嘘をついたのだ。
僕の就職活動は終らない。終らせない。終らせてたまるか。
だから嘘をついた。
その当時、僕がまだ受けたいと思っていた企業。
① 博報堂
② 三井物産産
③ 電通
さらに、その当時の第一志望は博報堂だった。
なぜか?
いかんせん就職活動を開始したのが遅かった僕には圧倒的に情報が不足していた。
そんな無知丸出しの僕は、 「博報堂って何かカッコいい」 「電通って何かチャらい。超チャらい。酒ばっかり」 というよくわからない偏見。
さらに、唯一何とか知り合えた博報堂の内定者(つまり2007年4月入社)の方にお話を伺ったことが大きく影響していた。
その人伝いの電通情報に唯一つ魅力的な情報は存在せず、そのせいか博報堂の情報は全て輝かしく思えた。 何と単純な僕!
そんなわけで僕は、「博報堂に行きたい」といつしか思うようになっていた。
そう思い始めたのも2月後半。つまり2月末から3月にかけての第一志望は、間違いなく博報堂であったのだ。
ではなぜテレビ朝日<博報堂なのか?
無論テレビ朝日に内定をもらうために必死で頑張った。 が、内定をもらったあたりから、リアルに自分がテレビで働くことを想像するという作業に入り始めた。
実際内定してからこんな作業を行うって言うことそのものに問題がある。 まぁそれは置いといて。
で、気づいたこと。
俺は確かにテレビが好きだ。
バラエティが好きだ。
これは確かだ。
が。
いくら好きって言っても。
「笑いに人生ささげるってどうなの?」
「寝ずに番組作るってどうなの?」
「寝ずに身削ってまで作る対象が『笑い』で良いの?」
「局の中にこもってる人生、視野狭くない?」
「てかそもそも寝れないって、意味わかんなくない?」
と言う具合である。
と言う具合であるからして。
「雰囲気も良さそうで、カッコいい博報堂の方が良くない?」
「広告なら色々なクライアントと関われて視野も広げられるんじゃない?」
「話を聞く限り広告の営業って自分にむいてるっぽくない?」
「明らかにテレビよりは寝れるっぽくない?」
と言う具合である。
そんなこんなで、テレビ朝日に内々定を頂くことができた2月25日の3日後の2月28日。
僕はパシフィコ横浜に来ていた。
そう。
博報堂の筆記試験である。
●2007年02月28日 02:09
以下僕のコメント
「>みなさんへ
激熱コメントの連続にテンション上がっている僕です。
明日は僕の現時点における第一志望とも言っていい企業の筆記試験なので今日は寝ます。また明日じっくりコメントを返させていただきます。
ではまた。」
このように、博報堂は「僕の現時点における第一志望とも言っていい企業」だったのである。間違いなく。
そして何とか筆記を突破。
1次面接は3月13日。
この間、同時並行で行われていたことがある。
商社の業界研究である。
テレビ朝日の内々定がある現状。
この現状がある限りかなり強気の就職活動が出来る。
つまり。
テレビ朝日と比べて、もし内定を勝ち取れてもテレビ朝日と迷うレベルに達しない企業は自然と僕の就活から外れる。
それを商社に当てはめると。
業界1,2位の旧財閥。
三菱・三井に絞られた。
俗に言う「組織の三菱、人の三井」。
「石橋を叩いても渡らない住友」は落選した。
その理由は。
たまたまだと思うが、住友のOB訪問を行った際、非常に堅い印象を持った。
実際お話を伺った社員さんもそんなようなことを言っていた。
言わば、校則の厳しい私立的な。
なんだかすごく窮屈な感じがした。
あくまでも僕の個人的偏見意見なので悪しからず。
元来「石橋を取り合えずわたるっしょ、芦田」な僕なので、この取捨選択は自明。
そして三菱・三井。
三菱の覇権が続いているが、充分に追い抜く可能性を秘めている三井。この2社に絞られた。
そんなこんなで。
三菱のセミナーには抽選はずれ。
OB訪問は2人行った。
三井のセミナーには当たり。
3月12日。
このセミナーは大きかった。
OB訪問は1人行った。
さて、読者の方は時系列の整理が難しいかもしれないが頑張ってほしい。
僕も頑張るから。
3月12日・三井物産セミナー
3月13日・博報堂1次面接
3月12日・三井物産セミナー。
これ非常に良かった。
マイクを使わず、ブースごとにかなり近い距離で、自分のタイミングで好きな社員の話を聞けるというセミナー。
ここで感じた三菱とのおきな違い。
何度も言うがこれは僕の独断と偏見。悪しからず。
三菱=トップダウン型
三井=ボトムアップ型
さらに無理やり定義すると。
三菱=組織強い
三井=個人強い
このセミナーにおいてどの社員の方も口々におっしゃっていたのが、
「物産は、自分から動き出さないと何も始まらない会社。」
「受身の姿勢はいらない。必要なのは積極的自発性。」
良いじゃないか。その感じ。
僕はずっとサッカーという集団スポーツをやってきて、大学では稲穂キッカーズと言うやたらガチでクソ熱いサークルで活動してきた。
これは一見、組織向きのように見える。
でも違う。
僕は余り「組織、組織」な感じが好きじゃない。
もちろん組織の良さもわかるし、組織に耐えられないわけじゃない。
しかし。
組織というのは個あっての組織であるし、組織に依存する個は死んでいる個だ。
そんな個にはなりたくない。
「個あっての組織」。その『個』であり続けたい。
組織と言っても自分発信の組織。
自分ありきの組織でありたい。
そういうメンタルで生きてきた。
ってことは。
「物産」良いじゃん。
しかも超ドメスティックに21年か生きてきた僕(海外経験は大学2年時のグアムのみ。その当時の日記→『僕がグアムで学んだこと』)にとって、商社というのは、そんな超ドメスティックな僕をグローバルな人間に変化させるキッカケとして充分に足るものである。
やっぱ物産いいじゃん。
海外って最高に視野広がるじゃん!
英語しゃべりたいじゃん!
嗚呼、何て単純な僕!
と言うわけで。
3月13日の博報堂1次面接前日の3月12日。
僕は「三井物産もやりきるか!」と決意する。
気づいたらもう3時。
でも続きはまだまだこれから。
結論行くまでに後どれだけかかるのやら。
今日はここまで。
●続・就職活動終了宣言(vol.2)
どうも。
最近暑いね。今年は絶対水不足になるね。
爆発した渋谷のスパ。
その前日に、僕はあそこから徒歩1分の映画館で『大日本人』を見ていた。その劇場で一人鑑賞している今田を見た。
さて。
ちょっとばかり日があいてしましましたが、続き書きます。
えーっとどこまで書いたんだっけか。
前回の日記の終わりが、「3月13日の博報堂1次面接前日の3月12日。 僕は「三井物産もやりきるか!」と決意する。」って書いてあるから3月13日かな。
3月13日。
この日は博報堂の1次面接。
当時の第一志望ですから、かなり気合はいってました。
手ごたえ抜群だった記憶があります。
割りとオーソドックスな面接でした。
志望動機、学生時代頑張ったこと。
広告っぽい質問といえば、「好きなCMは?」くらいかな。
ばっちり用意していたので完答。
あと趣味の欄に読書って書いて、それだけじゃつまんな過ぎるって思った僕は、ふざけて『読書(阿部和重からマキバオーまで!)』って書きました。
すると。
面接官「なんでマキバオーなの? 競馬好きなの?」
僕「はい!中学生の頃が一番好きでした。」
面接官「この前の凱旋門賞見た?」
心の中の僕「来た。来たね。食いついてきたね。」
そう。以前の日記『凱旋門賞』にあるとおり、競馬は割りと好きなんです。
ってなわけで、若干競馬トークで盛り上がったりして終了。
そして皮肉な事に、その日の夜はテレ朝の同期飲み。@渋谷
しかも俺幹事。わけわからん。
そこで同期に就職活動を続けていることを明確に宣言。
みんな「やめろよ」とか口では言いつつも、寛大なリアクションだった記憶がある。お前の人生だし的な。
その後。
とにかく博報堂の内定を勝ち取るために頑張る日々が続く。
その間。
3月31日→電通筆記試験
4月3日→三井不動産筆記(実は受けていた)
4月4日→三井物産筆記
4月5日→三菱地所GD(実は受けていた2)
実は受けていたシリーズはあえて触れずに進む。
ここらへんの試験どうだった的な話は、あえて日記に書く意味も無いし、知りたい人は個人的に質問してください。いくらでも答えます。
それよりもこの間もっと大切なことがありました。
4月2日。13時42分。
博報堂から一通のメールが。
「芦田 太郎様
先日は博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの選考に参加していただき、まことにありがとうございました。
慎重に検討させていただきました結果、
芦田 太郎様には最終面接に進んでいただきたいと思います。
また、並行して健康診断をご受診いただきます。」
おお。通った。最終だ。
その日の夕方に電話が鳴る。
人事さん「博報堂人事部の○○です。前回の選考の面接官やってた者なんだけど覚えてるかな?」
ぼく「覚えてます!」
人事さん「メール見てくれたと思うけど、通過おめでとう。次は最終になるんだけど、その前に就職活動状況とか悩んでることとか、最終面接の対策とかざっくばらんに話そうと思うんだけどどう?」
どんだけ寛大なの博報堂。若干拍子抜けするほどでした。
ぼく「いや、そんな。良いんですか? ぜひともお願いします!」
人事さん「遠慮しなくて良いよ。芦田にはぜひともうちに来てほしいからね。ざっくばらんに話そう。」
ぼく「ありがとうございます!」
人事さん「じゃあ最終が9日だから、6日の昼に本社に来てください。」
ってな感じ。
正直これで落とされる可能性ってかなり低いだろうなとは思いつつ、嬉しすぎる電話でした。
そして改めて博報堂という会社の懐の深さ、キャパを感じ志望度は高まるばかり。
その後。
4月8日。
13時:三井不動産1次面接(実は受けていた。その後辞退。)
16時:電通1次面接。
天下の電通なので若干の圧迫くらいは覚悟していたが、終始和やかな面接。手ごたえありまくりだった。会心の出来。
ここらへんで気づき始めるが、どこの会社であっても面接を受けて自分なりにやり切ることができると、かなり「ハイな状態」になる。
これはつまりどういうことかというと、
「俺この会社に行きたいっす!!」
って言うようなテンションになるってこと。
だってそんなオーラを出し続けるのが面接だから。
一種の洗脳状態ですね。
そして迎えた4月9日。
博報堂最終面接。11時20分から。@田町本社ビル
役員3人対僕一人。
6日の人事さんとの面談において「今まで通り普通にやれば受かるから安心しろ」と言われたとおり、リラックスし、いつもどおり面接に臨んだ。
雰囲気は硬い感じであったものの、特に圧迫と言うこともなく、30分ほどで終了。
面接室を出ると、おなじみの人事さんが待っていた。
人事さん「どうだった?」
ぼく「とりあえずやりきりました!」
人事さん「そうか。じゃあ大丈夫。お疲れさん。また連絡する。」
と肩を叩かれ、僕の最終面接は終了した。
合否の連絡は4月末までにするといわれていたので、気長に待つしかないなと思いながら帰宅。
すると。
その日の夜7時ごろだったかな。
おなじみの人事さんから電話。
人事さん「今日はお疲れ。そして、おめでとう。内定です。明日10時半に判子持ってきてくれるかな?」
ぼく「ありがとうございます!」
人事さん「じゃあ細かい話はまた明日。おめでとう。」
ってな感じ。
受かった!
第一志望に。
素直に嬉しかった。
が。
運の悪い事にというか、何と言うか。
判子を持って博報堂本社に向かう明日、4月10日は三井物産の1次面接なのだ!
博報堂本社に行くのが10時半だから、面接に間に合うことは可能だが。
どうする俺?
物産辞退するか?
4分くらい悩んだ。
いや、辞退しない。
辞退するか悩んでいる時点で、ダメだ。
絶対後悔する。
それに「3月13日の博報堂1次面接前日の3月12日。 僕は「三井物産もやりきるか!」と決意する。」って前回の日記にも書いたし。
博報堂に行きたい気持も嘘じゃない。
でもまだまだ。
よくわからないが、当時の第一志望に受かったにもかかわらず僕の就職活動に対するモチベーションは更にもう一段階上がった。
が。
「判子をもってこい」と言う言葉が気になる。
そう。
僕はテレ朝で嘘をついているのだ。
嘘を突いて判子を押してしまっているのだ。
事実上、大嘘付きとなった僕だが、そんな僕でも僕なりに良心が痛んでいた。
こんなに良くしてくれた博報堂に対してまでも嘘をつくのはどうなんだろう。
ダメだろう。
若干びびるけど、全部正直に悩んでいることを話そう!
と決意した4月9日の深夜であった。
ちょっと今から出かけなきゃいけないんで続きはまた今度。
ってか結局1ヶ月も進まなかったね。
今日はここまで。
●2007年06月22日
どうも、僕です。
今日は梅雨っぽいですね。うざい。
今日は久しぶりに何も予定がありません。
1日何も予定が無いのは本当に久しぶりです。
就職活動も終了し、最近会う日と会う人に「暇でしょ?」って聞かれますが、なぜかそこまで暇じゃありません。
特に遊んでいるという感覚もありませんし、特にバイトばっかりしているという感覚もありませんし、特に学校に通っているという感覚もありません。
でも実際「いや、そんなに暇じゃない。」と答えます。
すると。
「何してるの?」って聞かれます。
「よくわかんない。」って答えます。
そんなファンキーな日常を味わえるのも今のうちってことで解釈してもいいんじゃないでしょうか。
さてさて。
いよいよ3作目となってしまった就職活動終了に関する日記。
なかなか終る気がしませんが、頑張って書きますか。
でもその前に。
気付いたことがあります。
今回3作目となるこの就職活動を振り返ろうシリーズ。
なぜこのシリーズを書き始めたのか?
そこをハッキリさせないといけない。
いや、ハッキリしていたはずなんだが。
名目上僕の就職活動は電通に内定をもらうことが出来た5月1日をもって終了した。
それなりの達成感、いわゆるやりきった感はあった。
が。
実際僕にとっての『本当の意味での就職活動』は、ここからスタートしたのだ。幸か不幸か。
この5月1日から自分の中で完全に就職先起業を決定することが出来た6月15日までの約1ヵ月半。
この1ヵ月半は、僕の21年間の人生を振り返ってみてもベスト3に入るほどの濃厚な1ヵ月半であったし、21年間の人生を振り返ってみてもこれほど苦悩し続けた日々は無い。
前置きが長くなった。
なぜこのシリーズを書き始めたのか?
それは。
この濃厚と言いすぎても言い過ぎることは無いほどの1ヵ月半の記録。
僕のめまぐるしいほどの心境、心情の変化。
そして導き出された結論。決断。
そこがコアだ。
それを書き記すために、僕はこのシリーズを書き始めたのだ。
なのにどうだろう。
1作目、2作目共にどうもただ単に過去を振り返り、事実列挙的な感が否めない。
何月何日に○○の選考があり~と言う歴史教科書的な過去の振り返り方を僕は望んでいない。
これじゃいかん。
最終的な『コア』にたどり着くまでの筋道(心情の変化)が1作目、2作目でなくてならない。
って事に書き手ながら3作目になってやっと気付いた。
コアを捉えきれず、書ききれない書き手など鼻くそ以下。
そういうこと。
ちょっと前置きが長くなってしまった。
始めましょうか。
確か前作は4月9日まで振り返ったのかな。
今までとは違うアプローチで頑張って書いていこうかと思います。
じゃあスタート。
「こんなに良くしてくれた博報堂に対してまでも嘘をつくのはどうなんだろう。 ダメだろう。 若干びびるけど、全部正直に悩んでいることを話そう! と決意した4月9日の深夜であった。 」
と前回の日記にある。
そう、その通り。
4月10日、10時30分。博報堂本社にて。
前回の日記から登場していた人事部の○○さん(○○って打つのめんどくさいから以下Aさん)と1対1の面談。
とりあえず改めて内定だということを伝えられる。
「ありがとうございます」と言う僕。
Aさん「で、どうする?ここに誓約書あるけど判子押すか?」
相変わらずフランクなAさん。
ぼく「いや、実は… 内定を頂くことが出来て本当に嬉しい気持ちでいっぱいなのですが、やはり三井物産は最後までやりきりたいと思っています。大変勝手なのですが… やはり今すぐに博報堂に行きますと言い切れない自分がいるので。」
Aさん「そうか。お前ならそう言うと思ってた。判子は押さなくて良いよ。ただ、やっぱりこっちもそんなにいつまでも待つって言うわけにはいかない。わかってると思うけど、お前が受かってるってことは他にたくさんの人達が落ちている。正直なことを言えば出来るだけ早く決断してほしい。お前の枠をいつまでも用意しているってことは難しいよ。」
ぼく「はい。わかっています。」
Aさん「とりあえず1週間待つ。つまり17日。その日にまた連絡するよ。」
ぼく「わかりました。勝手言って本当にすみません。」
Aさん「いやいや。お前の人生だ。大いに悩め。ただうちも本気でお前を採用しているってことだけはわかってくれ。」
ぼく「ありがとうございます。」
Aさん「あとお前OB訪問とか全然してないんだよね? こっちから社員紹介するから、予定決まり次第連絡するわ」
ぼく「ありがとうございます」
てな具合。
寛大な処置。
だが冷静になれ、俺。
期限は1週間?
今日は4月10日。
そしてこの後、14時からは三井物産の1次面接。
1次面接。
1次??
そう。
まだ1次だ。
物産をやりきりたい宣言をした俺。
しかし、期限は17日。
どんなに上手く転がっても17日までに物産の選考は終了しないだろう。
ってことは。
きついな。
もし、物産の選考が進んだとしても。
最終前に博報堂の期限が来る。
嗚呼。
板ばさみ。生殺し。
まぁそんなことは言っても時は無情にも進んでいく。
事実列挙的なことはなるべく避けて行きたいのでものすごく簡潔に行きます。
4月12日:博報堂にて4年目営業マンのお話を伺う
4月13日:三井物産 2次面接
4月15日:電通 2次面接・10時15分~(1次面接は4月9日)
4月15日:三井物産 3次選考(グループワーク)13時30分~
ハッキリ言って3社とも手ごたえありだった。
手ごたえあり=テンション激上がり
つい数日前まで板ばさみ生殺しの刑に処されていた僕だったが、そんなことはどこへやら。
話題が完全にそれちゃうからここには詳細を書かないが、特に電通の選考は、僕にとって非常に有意義な時間を過ごせる面接であった。
どういうことかというと、電通に対する志望度合いが若干上がりつつあったということだ。
さて。
少しばかり事態が複雑になってきたのでちょっと整理。
当時(あくまでも当時)の僕の4社に対する思いをまとめてみよう。
① テレビ朝日
超生意気承知だが、ハッキリ言って4社中4位。
なぜか?
1作目にも書いたが、「笑いに人生かけるのはどうなのか?」と言う問題である。
「寝れないのはどうなのか?」という問題である。
確かに僕はお笑いが好きだ。本当に好きだ。
が。
何十年もわが身を費やすべき対象は果たして「笑い」なのか?と言う点である。
よって4位。
②博報堂
なんだかんだでまだ1位。
4月12日にお会いした社員さんは実に魅力的な人であった。
その人も学生時代、物産と博報堂で最後まで悩んだという。
この後更に2人紹介してもらうのだが、人事のAさんも含め、
「絶対にうちに来た方が良い」とか「うちに来るべきだ」的なアドバイスをしてくる社員さんは一人もいなかった。
4人中4人が、色々な話をしてくれたが、最後には必ず「お前の人生だからとことん悩め。」という言葉を贈ってくれた。
僕は博報堂のこんな雰囲気と言うか社風が好きだった。
言葉では上手く表現できないけれど、この懐の深さと言うか。
「こんな人たちが沢山いる会社で働けたら幸せだろうな」って素直に思える会社だった。
さらに。
テレビと比べてなぜ広告が上だったかと言うと。
テレビ局の「制作」と言う仕事は、当たり前だが「制作」と言うだけあって「ものづくり」である。
が。
僕は「ものづくり」よりも「仕組みづくり」をしたかった。
「制作」よりも「ビジネス」をしかった。
社会人として、ビジネスマンとして。
そんな大人になりたかった。
それにテレビ局という場所は自分の視野が狭くなる気がした。
局内にこもり、徹夜で番組を作り続ける。
もっと広い世界を見たくないか?
色んな人と関わり、色んなビジネスをしたくないか?
そんな思いがあったからテレビに熱くなりきれない自分がいた。
あとどこかで「将来は独立したい」と言う思いがあった。
過去の日記を見ればわかるが、僕はホリエモンにすごく興味を持っていた。
やったことの良し悪しは別として僕は彼にわずかながらでも憧れの気持を抱いていたし、尊敬もしていた。
(参考→2006年1月23日『嗚呼ホリエモン』)
彼のように自分なりにビジネスモデルを確立させて、それを実現させ、成功させるというのは単純にすごいことだと思う。
まぁ成功し続けたかと言うとそれはそうではないわけだが。
前にもちょっと書いたが、僕は集団や組織に属する事に特に苦痛を感じないし、協調性も「あるか無いか」の2択だったらあるほうだと思う。
ただ、そうは言っても、どうも「わが道を行く」的な性格はぬぐいきれない面がある。
それはテレ朝の健康診断で判明した、僕はB型であったという衝撃の事実も物語っているだろう。
ねぇ。B型の皆さん?
例え組織に属していても、ロボットのように言いなりになるのは吐き気がするし、理不尽なことには理不尽だと叫んで生きていきたいと思う。
そうやって生きてきたし。
学校でも先生にはよく楯突いていた。
だいたい先生って言う生き物はどうも根本的に勘違いしている奴が多い気がする。
「先生」という肩書きがあるだけで無条件に生徒より自分のほうが偉いと思っている輩が多い。
「先生」という肩書きがあるだけにも関わらず、「自分の言ってることは100%正しいんだよ」的なオーラをかもし出す輩が多い。
「先生」という肩書きがあるだけにも関わらず、「ダメなものはダメ」的な権力を最大限に悪用した説教をかましてくる輩が多い。
特に中学時代、全盛期の尾崎豊ばりに尖りに尖りまくっていた僕は、「お前らなんか先に生まれただけだろ」的な、キンパチに出てくる不良少年の様に噛み付いていた。
まぁそれが全て正しいとは思わないが、そうやって 「当たり前だと言われていることを当たり前だと思わない」精神は持ち続けたいと思う。
常に現実を疑って。
もちろん僕も馬鹿ではないから、いくら理不尽なことでも耐えなければいけないときもあるということも承知しているつもりだし、経験してきた。
(参考→2006年1月27日『わが人生(中学部活編)』 )
何が言いたいかって言うと。
繰り返しになるが、「わが道を行く」精神を持ち続けたいと思っていた僕は、明らかに「一生テレビマンとして働く」ことになりそうなテレビに対しては懐疑的になっていたということだ。
そういう面で言うと、ビジネスマンとしてのスキルや人脈など、言い方は余り良くないが「つぶしが利く」職業に就くことが僕の「わが道を行く」精神を貫くための一番の近道ではないかと考えた。
そういう意味で、様々なクライアント、自社のマーケティング、クリエイティブに関わることができる広告の営業職は魅力的であったし、僕の基準ではテレビを上まっていた。
総合商社はそれに更に、『海外』という大きな要素が加わる。
まとめると当初の僕的には、
・広告・商社→80%
・テレビ→20%
という具合であった。
何か今日はすごく書いた気がする。
肩が痛くなってきた。
読んでくれた人も苦痛だろうからもうやめる。
読んでくれた人ありがとう。
どうやらまだまだ続きそうですね。
今日はここまで。
●2007年06月23日
僕と人事との攻防(vol.4)
どうも。
3日連続で日記なんていつ以来でしょうか?
今日は梅雨っぽくないですね。ラニーニャ現象だっけ?
地球大丈夫?
実は今日もフリーなんです、僕。
2日連続フリーってのもいつ以来なんでしょうか?
まぁでも。来週は予定びっしりだし、7月初旬はちょっとばかり旅行に行こうかと思っているので9,10日にあるテストに備えて軽く勉強しておこうかな、なんて。
就活で出れなかった回が多かったからね。今のうちにね。
とか言いながら日記書いちゃってるわけだけど。
こんなに時間がある日もなかなか無いから一気に書いちゃわないとね。
確か前回は時系列的に全然進みませんでしたね。
「当初の僕的には、広告・商社→80% テレビ→20%」っていうような話で終っていた。
時系列的には、
4月12日:博報堂にて4年目営業マンのお話を伺う
4月13日:三井物産 2次面接
4月15日:電通 2次面接・10時15分~(1次面接は4月9日)
4月15日:三井物産 3次選考(グループワーク)13時30分~
ここまで振り返っていて、博報堂への返事の期限が17日に迫っている状況。
そんな感じですかね。
じゃあ始めますか。
期限は17日。
しかしその前にある大きなイベントがありました。
そのイベントが行われたのは4月15日。
4月15日は就活初めて以来最もハードと言っても良いスケジュールでした。
4月15日のスケジュール
10時15分~ 電通2次面接 @汐留本社ビル
13時30分~ 三井物産 3次選考 @大手町本社ビル
そして例のイベントが19時から。@新宿
そのイベントとは。
キー局飲み!
なんてチャらい響き!
キー局飲みとは。
僕らの代(2008年度入社の内定者)の、日テレ、TBS、フジ、テレ朝、テレ東の内定者が一堂に会した飲み会!
なんてチャらい!
総勢150名ほど。もちろんアナウンサーも。
他局の内定者というのはどんな感じなのか、目をギラギラさせながら会場に向かう僕。
「テレビは20%」とかほざきながらも、「フジテレビのバラエティ採用の奴らだけには負けたくない」と、わけのわからないテンションで会場に向かう僕。
テレビ局に内定する女子というのはどんなレベルなのか? そして女子アナは? というわけのわからない欲望むき出しで会場に向かう僕とテレ朝同期男子。
会場に入った途端、
「うわっ、ちゃらっ」って言っちゃいました。
上手く文章では表現できませんが。すごい雰囲気でした。
かなり簡素ですが、会場の各局配置図。
●
●
12
●
●
■
○ ■
○ 4
10 ■
○○ ★★8★★ ☆☆6☆☆ ■
こんな感じ。
クイズやら色んな企画がありましたが、見事に各局のカラーが出た面白い飲み会でした。
12→その日は人数が少なく、かなりおとなしい。劣勢。
10→騒ぎまくるフジを横目に、でしゃばりすぎずおとなしすぎずと言う悪く言えば「あたり障りない」、よく言えば「落ち着いて空気をよむ」。
8→とにかくテンション高い。体育会系多い。女子のレベルはさすが。バラエティ採用のめちゃイケなどバラエティへの熱さを全く感じず衝撃を受ける。
6→なんかよくわかんないけど若干エリート集団っぽい。若干プライド高いっぽい。予想を覆す女子のレベルの高さ。自局リンカーンの自己批判多し。
4→内定出るのがキー局の中で一番早いため、仲が良い。自局の番組のつまらなさを自嘲しすぎる傾向アリ。さんま嫌いが多い。
簡単にまとめるとこんな感じ。
「どんだけ面白い奴がいるんだ」と期待していたフジテレビのバラエティ採用は、僕が言える立場じゃないかもしれないが意外に普通。
たぶん僕の方がめちゃイケやごっつについて熱く語れるんじゃないかってレベルでがっかり。
本気でフジテレビ受けて置けばよかったと若干後悔したのを覚えている。
が、それと同時に「こんなやつらに負けたくない」とバラエティ魂に若干火がついた感も否めない。
そしてもう一つのメインイベント。
各局入り乱れたアドレス交換戦争。
あの日どれだけの赤外線が送信され、受信されたことでしょう。
女子に群がる男子のポジション争い。醜いものがあった。
しかしそれこそが男子!
さらに。
なぜかよくわからないが、「芦田くんだよね?」と数人の他局の他人から話しかけられる。
「博報堂と悩んでるんだよね?」
「電通も受けてるんだよね?」
「おれも(私も)悩んでるんだよね・・・」
ってな具合に。
恐るべし情報化社会。
博報堂、物産、電通の選考で知り合った友人の友人的なつながりである。
これもまた一つの出会いであった。
このチャらいイベントの話は、こらへんにしておこう。
話を本題に。
繰り返すが、期限は17日。
しかし、やりきると決めた三井物産の選考はまだ終っていない。
最終面接は4月21日 16時15分~
ちなみに電通の3次選考も21日 12時45分~
ハードな日程である。
何度も言うが、期限は17日。
ハッキリ言って決断できるわけが無い。
わがまま言わせてもらうと、
「全部結果が出てからゆっくり考えたい」
そして迎えた17日。
おなじみの博報堂人事のAさん電話がかかってきた。
Aさん「久しぶり。元気か?」
ぼく「はい!お久しぶりです。」
Aさん「どうよ?」
ぼく「え~っと…」
Aさん「決まらんか?(Aさんは関西人である)」
ぼく「はい。。やっぱり物産も電通もやり切りたいって言うのが正直な思いです。」
ここで注目すべきは「物産も『電通も』」とさりげなく、物産だけでなく『電通も』やりきることを要求している僕の試合巧者ぶりである。
Aさん「そうか。わかった!まぁ決められないよな。」
僕は内定取り消しかと若干びびる。
Aさん「もうこうなったらとことん悩め。こっちもまだ社員紹介するし。お前の枠はあけておくから。何よりもお前の人生だし、好きなだけ悩め。」
ぼく「ありがとうございます!本当に勝手を言ってすみません」
Aさん「いやいや。ところで、明日内定者何人か集めて焼肉でも食おうと思うんだが、お前も来いよ。内定者に会ったことないだろ?」
ぼく「是非行きたいです!」
Aさん「おう。じゃあ明日7時に恵比寿で。」
ってな具合。
相変わらず寛大すぎて懐の深すぎる博報堂に感謝感謝感謝。
そして翌日の焼肉。
俺を含め5人の内定者(全員男子)が集まった。
みんなのりがよくて楽しかった。
ただ、人事Aさんを含め下ネタのスイッチが入るの早すぎで、しかも過激で、さすが博報堂だと若干びびる。
その後、2次会へ。
恵比寿のお洒落な店。
他の場所で飲んでいた博報堂内定者、博報堂DY内定者達と合流。20名弱。全て男子。他の人事の方も数名。
さらにチャらい雰囲気に圧倒される。
今日はチャらいと言う単語を多用しているが、僕はチャらくない。たぶん。
世間一般の目で見ても「チャらいかチャらく無いか」で言えば、僕はチャらくない。たぶん。
だから最初からチャらい感じへの対応力は弱い。
余り自分を出せずその会は終った。
と言うか出そうとも思わなかった。
正直、今思うとこの会は重要だった気がする。
もちろん楽しかったし、うまい焼肉も食えたしで良かったといえば良かった。
「このメンバーと一緒にいるのは楽しいだろうな」とも思った。
が。
「確かに楽しいだろう。でもこのメンバーと一緒に仕事をして自分は切磋琢磨して成長していけるだろうか?」
という疑問が直感的に浮かび上がった。
非常に失礼な話であり、偏見に満ちた話ではあるのだが。
これは僕の個人的感情であり、偏見であると自覚している。
でも、事実だ。
そう思ったんだから仕方ない。
21年間生きてきて培ってきた芦田太郎的な感性がそう感じたんだから仕方ないじゃないか。
もうここまで言ったらから正直に言おう。
ハッキリ言って、
「このメンバーだったら、テレ朝の同期の方が10000倍良い」と思った。
ハッキリ言って、
この焼肉、2次会で完全にしっくりくる同期に溢れていたら博報堂に決めようくらいの気持ちでいた。
だってなんだかんだで就活ってのは疲れるし。
何度も言うが、もちろん中には今でも付き合いのある、いや一生付き合っていけるであろう友人もいた。
が、相対的に、全体的にどうもアウェイ感を拭えなかった。
しっくりこなかった。
で、僕は更に強い決意を固める。
「物産も、電通もやりきろう。全て結果が出てから進路を決断しよう。」
と。
そうじゃなきゃ後悔すると思った。
そんな恵比寿の帰り道であった。
そして4月21日。
三井物産最終面接。
その日の夜。
「おめでとうございます」という電話が。
4月22日。
大手町本社へ意思確認へ。
物産人事「他社の進行状況はどんな感じだっけ?」
ぼく「テレビ朝日さんと、博報堂さんには内定を頂いています。電通さんは21日に3次選考があり、通過していれば次回の選考が最終選考になります。」
人事「そうか。どうする? うちに来てくれるのかな? もちろんうちは是非とも芦田くんに来てほしいんだが。」
ぼく「はい。私も御社に内々定を頂くことができて、大変嬉しく思っています。しかし、電通さんの選考は最後まで受けてみたいというのが正直な気持です。」
人事「なるほど。じゃあテレ朝と博報堂は辞退してくれるの?」
ぼく「はぁ・・・ 本当に恐縮なんですが、自分の中でまだ整理をつけ切れていないです。今すぐに辞退することはできないし、どこの会社も僕は行きたいと思って受けているので…」
人事「そうか。でもね、こっちもいつまでも待つわけに行かない。人事部長を始め、君を本気でほしいと思って採用してるわけだよ。電通さんの件は置いといて、うちに来たいという気持に嘘がなければ、とりあえずその2社はしっかり辞退してくれ。」
ぼく「わかりました… ありがとうございます。」
人事「じゃあ待ってるよ。」
てな具合である。
板ばさみである。完全に。
テレ朝を断れ?
博報堂を断れ?
無理だ。今すぐになんて無理だ。
テレ朝にはかけがえの無い同期がいる。
もはやそれだけが僕とテレ朝をつなぎとめていた唯一の命綱であった。
同期に一抹の不安を覚えたものの、博報堂の社風は大好きだ。
とりあえず電通終ってからゆっくり考えさせてくれよ。お願いだから。
と、頭を抱えていると電通から電話が。
最終面接のご案内である。
日時は5月1日。10時。本社36階。
電通の最終面接は3回に分けられている。
1日、2日、7日。
噂によると、例年1日召集組は99%受かるらしい。
よっぽど変なことをしなければ。
嬉しさと同時に、5月1日かよ!と言う気持。
まだまだ先じゃん。
物産のプレッシャーはすぐそこまで来ているのだ。
ものすごいプレッシャー。そう2006年W杯のカンナバロ並の。
僕は苦悩した。
毎日。
どうするべきか。
当時の僕の気持。
物産→60%
博報堂→30%
テレ朝→10%
物産の指示通り、10%となって実質可能性が限りなく低くなったテレビを正式に辞退しに行くべきか。
無理。
やっぱり電通の選考が全て終ってから考えたい。
まだ選考が残っているのだから、選考だけに集中したい。
しかもその選考はもうあと1回で終わりなのだ。
天下の電通の最終選考さえ、終えれば終わりなんだ。
苦悩。
苦悩。
4月26日。
そんな僕の苦悩なんて知ったこっちゃ無い物産人事から電話。
人事「どう?」
ぼく「電通は5月1日に最終面接です。」
人事「そっか。やっぱり電通は受ける?」
ぼく「はい。すみません。」
人事「わかった。まぁお前が決めることだ。他の二社は辞退できたの?」
ぼく「いや、ちょっとまだ予定が合わなくて。。やはり電話ではなく、直接会ってお話したいんで。」
超無理がある言い訳。
人事「君の気持ち的にはどうなの?」
ぼく「テレビはある程度自分の中で切れています。」
嗚呼。言っちゃった。プレッシャーに押されて。
命綱が切れた。と言うか自ら切ってしまった。
ついに。
人事「そうか。それなら良かった。じゃあしっかり頼むよ。電通の選考が終って、GW明けにまた連絡するわ。」
ぼく「はい。失礼します。」
嗚呼。
言ってしまった。
その場に立ち尽くす僕。
唯一の命綱である同期との絆もこんな形で切ってしまった。
言ってしまったものは仕方ない。
なんとなく自分の中でも10%になってしまったテレビは無いかなと自覚していた。
いくら同期が素晴らしいといっても、ここまで悩んで、企業選びを同期という基準のみで行うべきではない。
前の日記にも書いたが、自分が成長できる場所、一人のビジネスマンとしてスキルアップできる場所と言う観点で見るとやはりテレビは劣っていた。
近いうちに辞退しに行こう。
そう決意してしまった4月24日の夕方であった。
では、博報堂は?
いい会社だと思う。社風も社員も最高だ。
それなのになぜ僕の中では物産の方が上なのか?
物産も「人の三井」と言うくらい、良い社員、良い社風と言う観点で見れば博報堂に全く劣っていない。
が。
やはり『海外』というのは僕にとって大きな要素であった。
これまでの21年間、超ドメスティックに生きてきた僕。
唯一の海外経験はグアム。
(参考:『グアムで僕が感じたこと』)
英語力も受験期以来一向に上がっている気がしないし、上がる努力もしていない。
政経学部の学生ならば読んでいるべきだといわれる日経新聞も一切読んでいない。
焦りを感じ6月1日から購読中。
経済学部に4年間在籍しているのに、「何勉強してるの?」って聞かれたときに「一応、経済学」って答える自分がいる。
そんな自分をダサいと思いながらも、稲穂(参考:『芦田太郎と稲穂キッカーズ』)で日本一取るほうが大事だと思う自分がいる。
このまま大人になっていいんだろうか?
勉強せずに大人になっていいんだろうか?
ダメじゃね?
こんな思いをぶつけ、こんな思いから抜け出せるのは間違いなく商社だった。俺の中で。
商社って何やってるの?
俺も良くわかってない。
1,2年目の社員だって完璧にわかってる奴は少ないって社員さんも言ってた。
一言で言えば物流だ。グローバルな物流。
日本は資源の少ない国だ。
石油も石炭も鉄鋼も自給自足できない。
だから日本では、世界で唯一『総合』商社が企業として大成した。
先進国や途上国からそれら資源を輸入する。輸出する。
莫大なお金を動かしながら。
そんなダイナミックな仕事してみたくない?
世界で自分を試してみたくない?
君の視野狭くない?
テレビや広告も面白いだろう。でもドメスティック。
外に出てみようよ。自分の可能性広げてみよう。
そうするべきじゃないか?
そんな自問自答を続け商社は僕の中で、60%、70%と膨らんでいったのである。
膨らんでいく?
膨らんだら膨らんだ分、テレビははじき出される。
そして広告も?
電通の最終面接が迫る中、僕は葛藤していた。
ここで終えてもいいんじゃないか?
物産に行くことが僕にとってベストなんじゃないか?
電通の最終面接が迫る中、僕は葛藤していた。
以前の日記でも書いたが、電通の面接は非常に好感触で、面接官の方も非常に好印象であった。
が。
僕には決定的な弱みがあった。
OB訪問していない。
だから内部の声を聞けていない。わからない。
悪い噂しか聞いていない。
そして悪い噂に縛られている。
物産人事の駆け引きに敗れ、若干自暴自棄になっていた僕は、電通辞退しようかななんてらしからぬ弱気な姿勢に。。
もし電通の内定をもらえたとしても、「考えさせてください」と、また新たな人事との戦いが始まる。
もう疲れたし、胃炎になりそうだ。
早く決めたいってのが本音だし。
しかも今度の相手は天下の電通。
とりあえず人事の人には物産に内定もらってるってこと伝えてあるし、ここでスッパリ「物産行く事に決めたので辞退させてください!」って言ったほうが良いんじゃないか?
最終受けて「やっぱり物産」って言うよりは遥かに良いんじゃないか?
そんな葛藤。
珍しく逃げの姿勢になる僕。
そんな僕を変えるキッカケとなったのが4月28日。
電通最終面接3日前。
@高田馬場。
散々チャらいと絶賛したキー局飲みで知り合った8ちゃんの聡明な子に一喝された。
8ちゃん「なんで電通受けないの?」
おれ「もうなんかキツいしさ。断るなら今のうちかと。。」
8ちゃん「例え電通に行かなくても、最終面接を受けることは自分の力を試す良い機会だと思うよ。そんな機会誰もが与えられるわけじゃないし、ここまで来て辞退するなんて意味が無いよ。絶対後悔すると思うし。」
久しぶりに同年代に説教された。
目が覚めた。
そうだ。
またとないチャンスじゃないか。
思い出せ。
僕の就職活動の標語を。
『蹴りたい電通』だ。
日記にも書いたじゃないか。
→(参照:『蹴りたい電通』)
そんな意気込みで臨み、たどり着いた最終面接。
なぜ辞退する?
なぜ逃げる必要がある?
5月1日までやりきると決めたのに。
受けよう。受けるしかない。
そして内定を勝ち取ろう。
そしてそこからまた考えよう。
電通最終面接まであと3日。
今日はここまで。
●2007年06月24日
1社目の辞退(vol.5)
どうも。
4日連続で日記なんて初めてじゃないですか?
今日も頑張って書きます。
前回の日記は「電通最終面接まであと3日。」ってとこで終ってますね。じゃあそっから行きましょうか。
5月1日。電通最終面接。本社36階。10時~。
この電通最終面接だけでも一個の日記かけるくらい、盛りだくさんな選考でしたが、今回の日記の趣旨とずれてしまうので書きません。
噂通りその日に内々定。
面接後、健康診断、そして人事との個別面談で内々定を通知される。
ここでまた新たな人事との攻防が始まる。
僕は身構えていた。
相手は天下の電通。
「迷っている」なって言ったら、全盛期の星一徹ばりに机をひっくり返されるんじゃないか?
しかし、ここで嘘をつくわけには行かない。
負けるわけにはいかない。
人事「内々定おめでとう。」
ぼく「ありがとうございます。
人事「で、うちに来ていただけるということでいいかな?」
ぼく「いや、、、実は悩んでいまして。」
人事「ほう。どこと?」
ぼく「三井物産さんです。」
人事「物産か。確かテレ朝と博報堂も内定もらってるよね?」
ぼく「はい。」
人事「すごいねぇ。じゃあどうすればうちに来てくれる?」
いきなり核心を突く質問。さすが電通。
しかし意外に寛大なリアクションに少し安心。
ぼく「いや、あの。。OB訪問を全くしていないので、是非現場の声をお聞きしたいなと思っています。」
人事「そうなんだ! めずらしいね。じゃあ社員紹介するからちょっと別室でどんな社員紹介するかちゃんと話し合おう。」
ぼく「はい。ありがとうございます。」
てな具合。
別室ではまた別の人事さん(これ以降この人が僕の担当)と話し合い、サッカー事業局関連、営業職の人を紹介してもらう事に。
そして帰宅。
「あ~やっと就活終った!」という開放感があるものの、それよりも、「これからが大変だ」という徒労感の方が大きい。
そんな気を紛らわすかのように、4,5日と稲穂の新歓合宿に顔を出す。
しかしもう僕らの時代ではないことを痛感し、完全に現実世界に引き戻される。
帰宅後。
状況確認。
①博報堂
3人の社員さんのお話を聞く。
聞く度に魅力的な社風・会社であると実感。
しかしやはり『海外』という要素をなぜか捨てきれない僕の志望度は下がりつつあった。
そういったことも全て正直に人事のAさんに伝えていたので、言い方は悪いが断る事になってもさほど気まずさは無い。
② 三井物産
ほぼ決定。70%。さらに人事には博報堂、テレ朝は切ると宣言していたため、早めに切らなければ非常にまずい状況。
そろそろ電通はどうなったかの確認来る。
③テレ朝
前の日記にも散々書いたが。
テレビは好きだし、お笑いも大好き。
だが、自分が目指すべき社会人像ではないとの判断が強まる。
こんな感じ。
そろそろ切れるところは早めに切らなければまずいと思い始める。
ずるずるいっても仕方が無い。
悩むことは大切だが、ハッキリ言って明確な答えなどで無い。
徐々に順位付けは出来てきた今のうちに辞退しに行こう。
テレ朝に。
そう。決めたのだ。辞退を。
びびった僕はメールで「お話したいことがある」と伝える。
5月8日17時30分に本社に来てくださいと返信アリ。
ついに。きた。
憂鬱な気持と緊張が入り混じった最悪の心情。
1階から人事部のある階までの気まずさ。
そして。
人事部到着。
小部屋に案内され。
4対1。
「話とは何か?」から始まる会話。
重い口を開く僕。
「テレビ朝日さんの内々定を辞退させていただきたいと思っています。」
嗚呼。ついに。
言った。
「僕は嘘をついていました。2月25日をもって就職活動を終えることを約束したんですが、続けていました。」
人事4人は黙って僕のほうを見ている。
そのまま君がしゃべりなさい的な空気を察知。
「自分の中で5月初旬の電通までやりきるという事を決めていまして・・・ 就職活動という人生一度きりのチャンスなので、自分が行きたいと思った企業を全て受けて、結果が出てからもう一度考えたいと思ったので、嘘をつきました。嘘をついたことは本当に申し訳ないと思っています。ただ、就職活動を続けた事に関しては全く後悔していません。」
人事「なぜあの場で悩んでいることを正直に言えなかった?」 「なぜ嘘をついた?」
ぼく「それは本当に申し訳ないと思っています。あの時は言えなかったとしか言いようがありません。」
人事「人事部長を含め僕らを欺いているということはわかってるよね?」
ぼく「はい。」
覚悟していたが嫌な空気になり始める。
その後、なぜここまで長引いたかの説明。
説明といっても完全な言い訳。
そして僕の進路の話に。
その時僕の中で固まりつつあった「三井物産に行こうと思う」と言う事を伝える。
当然、「なぜ物産か?」となる。
シリーズ第1作『就職活動終了(vol.1)』にも書いたが、
「笑いに人生ささげるってどうなの?」
「寝ずに番組作るってどうなの?」
「寝ずに身削ってまで作る対象が『笑い』で良いの?」
「局の中にこもってる人生、視野狭くない?」
「てかそもそも寝れないって意味わかんなくない?」
「寝たくない?」
ってのをオブラートに伝えながらも率直に述べた。
これ今思うとテレビの人たちにとっては喧嘩売ってるようなもんだ。
良い度胸してるわ。
でもそう思ったんだからそう伝えるしかない。
それが礼儀だと思うし。
今まで嘘をついていた分、全ての気持ちをぶつける必要があった。
さらに前作にあるように、商社への思いを語った。
勉強せずに大人になっていいんだろうか? と言うこと。
こんな思いをぶつけ、こんな思いから抜け出せるのは間違いなく商社だった。俺の中で。と言うこと。
世界で自分を試してみたくない? 君の視野狭くない?
テレビや広告も面白いだろう。でもドメスティック。
外に出てみようよ。自分の可能性広げてみよう。
そうするべきじゃないか?
と言うこと。
何とか僕の気持ちを理解してもらおうと必死にしゃべった。
すると。
人事「君の言いたい事はわかった。でも話を聞いていると、テレビ局というかうちの局に対する誤解偏見が多々見受けられる。他の3社には社員を紹介されているんだよね? うちの社員には話を聞いたの?」
ぼく「いや。全く。。」
人事「でしょ? うちを辞退するにしてもうちをもっとちゃんと知ってからにしてくれよ。今のまま辞退されるのは、お互いにとって不幸なことだよ。」
ぼく「はい…」
確かに俺はテレ朝のこと知らない。視聴者レベルだ。
嘘をついていた手前、悩んでいるので社員を紹介してくださいとも言えず。
4社中4位に位置づけていたのはあくまでも、僕の独断と偏見によるものであるし。
人事の言うとおりである。
このまま辞退するにしても、ここまで来たんだからちゃんと会社のことを知るべきだし、知って損になることは一つもない。
人事「うちも社員を紹介するし、ここまで来たら話を聞いてとことん悩んでくれ。」
ぼく「はい。ありがとうございます。ホントにご迷惑をおかけしてすみません。」
人事「嘘ついてた時点でもう充分迷惑かかってるからもう気にするなよ。」
笑うしかない僕。
確かにテレビ局の仕事について理解の乏しかった僕。
知らずに辞退と言うのは確かに不幸なことだ。
さらに、話し合っているときに印象的だったのが、
「私達(テレビ局)は文化を創っている」という言葉。
商社・広告では文化を創れますか?
と言われると。
なるほど。そんな見方もあるのかと新たな発見。
「文化を創る」。
悪くない響きだ。
そんな単純な僕であったが、ぶっちゃけて言うと「社員紹介で話を聞いても物産に行くという気持ちは揺るがないだろう」くらいに思っていた。
でもとりあえず会ってみよう。程度。
そして帰宅。
冷静に考えて、辞退しに行ったのに辞退できなかったという現実。
また振り出しに戻った。。。。
急に悩み続ける日常にカムバックしてきたことを痛感し、若干嫌気がさす僕。
そんな5月8日の夜。
再び苦悩し始めた僕を見透かすかのように、物産の人事から電話が。
人事「電通どうなった?」
今日はここまで。
あと何回続くんでしょうか、このシリーズ。
●2007年06月26日
社員を見極めろ(vol.6)
どうも。
今日は2限しか授業が無かったので帰宅しました。
最近と言うか今年、早稲田大学人多すぎじゃないですか?
例年に増して。
毎年ゴールデンウイーク明けにはかなり人数減るのに。
全く減ってないんですけど。
昼休みとかマジうざいんですけど。
今年の1年生はまじめな人が多いんでしょうか?
いや、そうだとしても多すぎる。
なんで学内で渋滞起きるわけ?
なんで生協にはあんなに長蛇の列が出来るわけ?
まぁいいか。
本題に入ろう。
前回の日記はどこで終わったかと言うと。
決死の覚悟でテレ朝に辞退を申し出に行ったにもかかわらず、撃沈。
帰宅後、また振り出しに戻ったと落ち込んでいる時。
物産人事からの電話。
人事「電通どうなった?」
ここからだ。
ぼく「5月1日に内々定を頂くことができました。」
人事「マジかぁ。どうするの?」
ぼく「正直に悩んでいることをお伝えすると、希望部署の社員を紹介していただける事になりました。」
人事「そっかぁ。ホントに悩んでいるの?」
ぼく「はい。。」
人