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 ついに詰め物のガーゼもすべて取り去った ― その後の症状 2006年01月22日

昨日土曜日は、最後の脳壁に近い奥にあるガーゼを取り出した。奥のガーゼは、前々日に取り出したガーゼ(細長い付箋の束ような形をしたガーゼ)左右4本ずつ計8本と違って、一本の長い長いガーゼ、さすがにこの長さには耐えられず抜き出すときに条件反射的に涙が右目から出たが、涙がでるほど痛いわけでもない。まさに生理反応的なものだった。

もちろん、病室を出て診察室に向かうときには、(自分で)座薬を入れ、また診察室でも左右の鼻に入念に痛み止めの塗り薬が処方されていたが、それでも生理反応が出るほどの痛さはある。しかしいい年をした男が、目からぽろっと涙を流すのは(まさに大粒の涙がなぜか右側の目からだけ口元にまで一筋落ちた)、どんな場面でも格好が悪い。

その最後のガーゼは片側だけでも25センチから30センチはある。これが1本ずつ左右の鼻の内奥に入っていた。特に左側のものは血だらけだった。右のものは、なかなか手前からの尾っぽが見えず、内視鏡を使わないと見えない様子。内視鏡を使って「あった、あった」と松脇先生。実は奥のガーゼが、手前のガーゼ(綿の固まり)と違って長く一本のものであるのは、このことと関わっており、取り逃しのないように(術後、内部に残ってしまわないように)、一本のものを奥に詰めるらしい。

このあとビニール袋に被われたステンレス製の受け皿をあごの前に手で持ち、鼻の穴からどろどろの血が出てくるのを待つ。5分くらいか。ドロドロと直径5ミリくらいの血の柱が鼻の穴から20センチくらい下のステンレスの受け皿にまで切れずに続いて流れる。右はほとんど流れなかったが、左はずーっと5分くらい続いた。

私の副鼻腔は手術後の状態としては血だらけ。かさぶたのようなものが内壁にできていく途中だと、医師の解説。そのため、現在の内服薬も以下のようなものになる。

1)フロモックス(http://www.mediclick.co.jp/servlets/MediClick/DisplayDrugsDetails?p=8096&catego=2

これは、殺菌を殺して手術後の感染を予防、治療をする薬(朝・昼・夕1錠ずつ)

2)ムコダイン(http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/hukubikumukodain.htm

これは、粘膜の修復を促進し、膿などを排泄しやすくする薬(朝・昼・夕2錠ずつ)

3)セレスタミン(http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se24/se2459100.html

これは、炎症やアレルギー性を抑える薬(朝・夕1錠ずつ)

4)オノン(http://www2.ocn.ne.jp/~uo-byou2/rtra1.htm/rtra1.htm

これは、粘膜の炎症を抑える薬(朝・夕2錠ずつ) 以上4種。


点滴が一昨日金曜日まで続いていたが、昨日土曜日からはこれら4種の錠剤を飲んでいる。点滴から解放されることは病人の最大の開放感(の一つ)。寝るときはもちろん、トイレに行くときもちょっとした移動にも点滴の管とスタンドは最大の障害になる。昨日からは点滴は終わり錠剤になったので普通に動けるようになった。

今日はさらにシャワーにもいけるようになった。昨日は看護婦の今野さんに「芦田さん、髪の毛洗ってあげましょう」と言われて、「ありがとうございます」と病室に洗髪機器を持ち込んで洗ってもらった。まだシャワーは禁止だが、寝たままの洗髪はできるらしい(要するに無駄な出血を招きかねない、血圧が上がることは全て禁止ということだ)。

頭部をベッドの頭の先に突き出すという仕掛け。突きだしたところに洗髪器が設置される。ベッドは頭部の板を頭が突き出せるくらいに電動でかなり上げる(私は周知のように電動ベッドの動きには馴れているhttp://www.ashida.info/blog/2005/12/post_55.html)。そうして寝たまま通常の洗髪。温かいお湯は出るし、湯量も充分。普通の洗髪と変わらない。私持参の「サクセス」シャンプーで洗ってもらった。「リンスはいりませんか」と言われたが、毎日洗髪できるわけでもないから、返ってべとつくし、要りません」と断った。「充分すすいでください」。注文はそれだけ。これはたしかに気持ちが良かった。「芦田さんのシャンプー、手がスースーしますね」「でしょ。病院にはミント系のシャンプーがいいんですよ」。

手術日の18日以後は、シャワー禁止、もちろんお風呂にも入れない。私は手術日の朝、再度シャワーを浴び、洗髪もしておいた。術前、3日間はシャワー禁止(入浴禁止)ということだったので、いやだなぁ、と思っていたが、術後病室に戻って、ユニクロのスエットパーカーと下着に替えた後は、実はもうずーっとそのまま。パンツもそのまま。人間いい加減なものだ。体力が衰えた術後とそうでない術前との一番大きな違いはこれだった。

シャワーにも入れない、身体を洗えないで下着や着衣を着替える気がしない。身体がきれいになっていないのに下着を付け替えてもしようがない(下着がかわいそうだ)。そもそもまったく気にもならない。それが病人というものか。というか、人は下着が汚れるから着替えるのであって、身体が汚れるから着替えるのではないのだ。結局のところ、下着は下着自身を守っているだけなのである。今日午前中にシャワー解禁されて初めて着衣+下着を着替えたところだ。

私もだんだん普通の人間に戻ってきた。血圧は、手術後直後、90(最高)~60(最低)、脈拍も58まで下がっていたが、最近は130~70、60~70前後で推移している。鼻の穴には、まだ綿が詰まっているが目に見えるところだけであり(いつでも取ろうと思えば取れる)、最近はその綿に血もほとんど付かないようになってきた。

体調は身体を動かさないことによる(寝る時間が長いことによる)“不調”以外はほとんど普段通りになってきた。回復は誰よりも早いのではないだろうか。慢性副鼻腔炎の手術としては大手術だったと思うが、まずは問題なし、というところ。早く最後のつめ綿を取って日常的に綺麗な空気を吸いたいところだ。

現在はネブライザー(吸入器:http://www.kodomo.co.jp/asthma/neblizer/model/nisho.htm )を一日3回病室で行っているときくらいしか、鼻の綿を取れない(取ろうと思えばいつでも自分で取れるが感染防止のためにも我慢している)。今日、お昼のネブライザーの後、こっそりと洗面室で鼻の穴を覗いたが、以前左の鼻の穴が完全に(ポリープのみならず鼻の骨の変形もあって)塞がっていたが見事に空いていた。急にもっと覗きたくなって、看護婦さんに懐中電灯を頼もうと思ったが、理由が見つからずに断念したが(「落とし物をした」というのも病室内ではベッドの下くらいなので白々しすぎる)。

家内との電話の声の評価に寄れば、綿を詰めていても「昔の(若い頃の)声に近い感じ」とのこと。私にはほとんど(今の段階では特に)自覚できないし、にわかには信じがたいが、交通事故の手術や胃ガンの手術と違って、以前よりもパワーアップする手術を51才になって受けられたというのは、ありがたいことだ。クルマで言えば、吸入率(と空気の清浄化率)が高まるわけだから、20%くらいは馬力がアップするはず。多分、これを(むしろ)嫌がる仲間も多いだろうな、と思いつつの術後報告(その2)としたいと思います。


追記:毎日色々な方がお見舞いに来られて、大変感謝しています。BLOG上では学生くらいにしか感謝できませんが、御勘弁ください。仕事でお返ししたいと思っています。ただし、土曜日の訪問者の東中野『あづまや』(中野区東中野4丁目)の寿司(にぎり寿司+ネギトロ)だけは許せない寿司で、世の中にこんなにまずい寿司があってもいいのか、と言えるほどのひどい寿司だった。値段の割に特にそうだった。

特にネタがひどかった。さらには“ネギトロ”になっておらず、トロ巻きの上にネギがまぶしてあるだけ。これも許せない。ネギトロはネギのサクサク感とトロの乳液のような柔らかさとの(内在的な)ハーモニーがすべて。それなのにネギをお好み焼きのように巻物の上にまぶすというのはどういうことか。病人だから感謝して食べたが(病院食よりはマシと思って食べたが)、これは持ってきた人に言うことではなくて、『あづまや』の主人に言いたい。一流のわが校の側にある寿司屋もまた一流であるべきだ。

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投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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