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 「電子手帳」よ、どこへ行く ― モバイル機器入門講座 2004年09月05日

私の現在のモバイル機は、シグマリオンIII(http://www.nttdocomo.co.jp/info/products/sigmarion3/style/index.html)とSONYのCLIE PEG-TJ37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html)。

電子手帳(=PDA:Personal Digital Assistant)と私との付き合いは、1990年より前のCASIOの電子手帳時代以来だから長い。『芦田の毎日』の古い記事には以下のような記述がある。少し長くなるが引用してみる。

「『ザウルス』はPI-3000として1993年10月(定価65000円)に発売された。それを買うまでは、私はカシオの「電子手帳」派だった。シャープのそれは、カバーがビニール製で好きになれなかったことと文字入力が特殊な方法だったからである。いずれにしても1993年以前はカシオとシャープが互角に戦っていた。3代くらいのデータがたまっていたカシオ派の私が「ザウルス」に転向したのは(丸々二日間かけてデータを手入力で移した)、このザウルスで、初めて(つまり、“電子手帳”至上初めて)、文字変換せずに、手書きの走り書きができるようになったからである(ついでに言うと手書き認識ができるようになったことも大きかったが、当時の私はそれにあまり大きな魅力を感じなかった。キーボード入力については1983年以来ワープロになじんでいたからである)。

紙の手帳と電子手帳との利便性の差は、一覧性(見開きの手帳の広さ!)において電子手帳が劣るという問題と、なんと言っても速記性(走り書き)の問題が残っていた。もちろん場合によっては、走り書きにおいてさえキー入力の方が早いかもしれないが、心理的な敷居としては、即応性が求められる“電子手帳”におけるいちいちの文字変換は結構、電子派になれない“問題”だったのである。

一覧性の問題は、“電子手帳”の欠陥と言うよりは、選択の問題だ。私が一覧性を犠牲にしてでも初期の“電子手帳“に走ったのは、毎日、毎年増えていく“連絡先”の紙への記録は、データの自殺に近い出来事だと思ったからである。毎年紙の手帳を変える場合、どうやって昨年のデータをコンバートするのか。コンバートなどできない。手書きの移し替えには限界がある。データを活かそうとすれば“同じもの”を添付し続けるしかない。たまればたまるほど、文字は見えなくなる。紙もぼろぼろになる。要するにデータ“ベース”にならない。この問題の方が、一覧性の問題よりよほど深刻だった。

しかし手帳の本質を速記性に見る人が電子手帳を認めないという理由は、電子派の難敵だった。ザウルスPI-3000がそれを突破したのである。

ザウルスの成長期には、三つの予期し得ぬ、しかし並行する成熟があった。

1)パソコン通信にはじまり、インターネットへと成長するネットワーク社会の急激な成熟。

2)携帯電話の急激な普及。

3)ワープロからパソコンへの急激な転換、普及

 ザウルスと並行して始まったこれらの三つの歴史的な成熟の、(ザウルスにとっての)最も大きい衝撃は、携帯電話の普及である。手帳の大きな機能であった電話番号参照が、まずなくなった。すべては電話の中に入るようになったからである。〈電話帳〉というものがなくなったのである。

 そして、旧来の“ネットワーク”のすべてであった電話と電話帳の領域において、あらたにメールアドレスを中心にしたインターネットが普及し始める。スケジュール管理ともう一つの柱である電話(=電話帳)を想定して出発したザウルスにとって、インターネットとの結合は難題中の難題だった。一つには、モデムの電池消耗量が激しく、ACアダプタなしの使用は不可能になってしまったこと。二つ目には、メールのやり取り程度なら充分だが、ホームページ閲覧となるとモニタの大きさが致命的なものになること。

 最初の問題は、携帯電話に完敗してしまった。リアルタイムメール受発信において携帯電話(とその電池のもち)に勝るものはない。携帯電話がインターネットメールメディアとして向いていたのは、それが常時接続メディアであったこと、また常時接続状態であると共に常時携帯メディアであったことである。ザウルスは、その二つの条件において中途半端なままの存在だった。二つ目のモニタの問題は、手帳の大きさにとどまる以上、解決不可能な問題だ。

 そうこうするうちに、パソコン普及が爆発的なものとなってきた。これはザウルスの初期には想定の枠外だった。ザウルスの登場の当時には、ワープロ専用機の成熟期だった。この意味は、ザウルスデータは、まだザウルスの中だけの世界だった、ということである。今のようなパソコンデータとのシンクロなどというようなことは想定されてはいなかった。むしろキーボードに全くなじめない反ワープロ派、反パソコン派のためのせめてもの“電子”ツールがザウルスだったのである。キー入力より決して速くはない手書き文字認識機能をザウルスの第一のキャッチコピーにしていたことからもそれはあきらかだ。

 ところが、Windows95以降、ネットワークがパソコン環境の常識となってきた。電子手帳、あるいはワープロ専用機を使わない人も会社ではパソコンを使うようになってきた。キーボードアレルギーが(おじさんたちの間で)激減したこと、電話連絡の第一の機能であるアポイントメントをメール(=パソコン)でやるようになったこと、パソコンデータを持ち歩きたくなったことなどが、ザウルスの内部のデータとパソコンデータとを共有する必要、つまりザウルスをノートパソコンのように使いたいという贅沢な要望が出現し始るきっかけになっていた。WindowsCE(1997年)の登場は、この要望に直接答えるものだった。最初、この動きが活発化しなかったのは、80年代から培われた、カシオ+シャープの電子手帳の個人情報管理(PIM)のノウハウに、WindowsCEの中身がはるかに貧弱だったからである。むしろ初中期のWindowsCEは、完成したパソコン本体での情報を持ち歩くための端末0Sにすぎなかったと言える。

 ザウルス=シャープは、このWindowsCEの出来の悪さにほっとしていた。現に私も何度もWindowsCEへの転身を図ろうとしたが、そのつどザウルスに舞い戻りしていた。ところが、この現象は、当たり前のことだがザウルスユーザーだけのものだった。ザウルスのPIM(Personal information manager)の便利さを知らない多くのパソコンユーザーにとっては、WindowsCEのパーソナルな端末化は、それで充分だった(ザウルスと比較するからいけないのである)。その後、「PDA(Personal digital assistant)」(WindowsCE、PALMなど)と呼ばれるようになった多くの“端末機”の興隆は、キーボードアレルギーから(最初から)解放された新しい世代の“電子手帳”派を形成したのである(90年代の最後半〜現在)。

要するにザウルスは、キーボードのできない古い世代の“端末機”。PALMは、パソコン世代の新しい世代の“端末機”ということに、いつのまにか色分けされていた。もちろん、ザウルスは単なる“端末機”以上の自立性を有していたが、新しいパソコン世代は、メガ、ギガ、テラと増えてくるデータ量、15インチ、17インチ、21インチ、VGA、XGA、SXGAと拡大するモニタの性能、そして貯めるよりは流れるインターネット情報(オープンデータ)の有益性をよく心得ていたが故に、手帳の大きさに何が期待できて、何が期待できないかをよく心得ていた。ザウルスは、いつのまにか、おじさんが、パソコンでできることをキーボードを使わずに何でもできるためのもの、という場所に落ち込んでしまっていたのである。

 ザウルスがPI-8000(1997年1月)を最後に(MI Zaurus:1997年以降)、インターネット(+マルチメディア)に走っていくのは、それがなおも初代機のキーボードアレルギー世代を前提にしているためだと言える。だから、E-1 (http://www.sharp.co.jp/sc/eihon/mie1/)ザウルス(2000年12月)になって、簡単なキーボードが付いたときには、もうこの商品のコンセプトは、完全に解体してしまったのである。携帯電話よりは、優れたキー入力とモニタ。WindowsCEよりは手軽。これが現在のザウルスの位置づけだが、前者よりは電池が持たない。後者よりはモニタが小さい(あるいは、キー入力しづらい)という欠陥を持っている。しかし、どちらも、〈パソコン〉と〈インターネット〉を意識しなければ、生じない“欠陥”にすぎない。

 言い換えれば、携帯電話ほど常時携帯する大きさ、重さではないザウルス(ザウルスをリアルタイムメーラーとしては使えない)、モバイルパソコンほどパソコンではないザウルス(ザウルスをワープロ代わりには使えない、ザウルスを会議資料のデータベースには使えない)、という中途半端。これが現在のザウルスのすべてだ。

(2001年10月「『ザウルス』の歴史と終焉」http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=%83U%83E%83%8b%83X&mode=and&v=452&e=msg&lp=452&st=0)より」

これらの事情は、2004年の現在でも大きくは変わっていない。それでも私は、なおもSONYのCLIEとWindowsCE機のシグマリオンを併用している。ザウルスからCLIEに変わったのは、大きさと重さ(軽さ)と処理速度の速さという点でのことだ。

電子手帳(PDA)の大原則は、以下の三つ。

1)まずワイシャツの胸ポケット(実際にはスーツの胸ポケット)に入る程度の大きさでなくてはならい。

2)重さが150グラムを超えてはならない。150グラムを超えると胸ポケットに入れる気がしない。

3)予定帳からメモへ、メモからメールデータへ、などと用途を多重に使い分けるときにサクサクと(どんなにたくさんのデータを有していても)軽快に動かなくてはならない。

電子手帳(PDA)の存在の意義は(紙の手帳の存在意義と同じく)、カバンを持たないときの携行性と利用の軽快さ(すぐに使える:立ち上がりと処理速度の高速性)という2点に絞られる。そのためには、この三つが揃っていないと絶対に常時携行しない。買い立ての頃は150グラム以上でも、200グラム以上でもうれしそうに持ち歩いているが、一ヶ月経つと(必ず)デスクトップに置きっぱなしになる。また小さければいいと言うわけでもない。かりに小さくてもサクサクと動かないと人前で使うことの多い手帳の場合には利用する気が消え失せる。従って、この三条件が必須になる。

この三つが揃っているのは、現在のところSONYのCLIE PEG-TJ37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html)以外にはない。CLIEシリーズの中でも、このPEG-TJ37が断トツだと思う。何も無理して価格の高いCLIE- TH55(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TH55/index.html)を買う必要など全くない。TH55は185グラム。こんなもの常時カバンなしで持ち歩けない。逆に言えば、トイレに行くときにでもポケットに入れて持ち歩く気のない人は、電子手帳を買ってはいけない。そうでないと買っても絶対に使わなくなるからだ。現在、150グラムを切って、かつコンパクトなもの(トイレに連れて行けるもの)は以下の商品だけ。

●CLIE37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html) 外形寸法 約幅75×高さ113×奥行き13.2mm  質量 約145g

●Dell Axim X30 (http://www1.jp.dell.com/content/products/productdetails.aspx?c=jp&id=axim_x30_high&l=jp&s=dhs&~tab=specstab

外形寸法 122.4 mm x 77.2 mm x 14.9 mm (ワイヤレス突起部含む)  重量 139.0g

●HP iPAQ Pocket PC h1937(http://h50146.www5.hp.com/products/handhelds/pocketpc/h1937/

サイズ (W×D×H) 70mm×13mm×113mm  質量 約124g (着脱可能な充電式バッテリ装着時)

●東芝GENIO e400(http://genio-e.com/pda/products/400_index.htm

外形寸法(突起部を除く) 幅:77mm×奥行:12.5mm(10.15mm最薄部)×高さ:125mm

質量(内蔵電池を含む) 約137g

※上記DELL、HP、東芝の最新製品は、すべてWindowsCE機。コンパクト・軽量という点では、ザウルスよりもはるかに優れているが、Palm OS(=CLIE)の軽快さ(処理速度の)に欠ける。CLIE37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html)も上位人気機種TH55(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TH55/index.html)も Palm OSで軽快だが、両者は実は、CPUが異なる。CLIE37はARM系200MHz、TH55は、SONYの独自CPU。後者のCPUは動画処理ではたしかに優れているが、全般的にはCLIE37の方がサクサク動く。たとえば、私の20年来の「連絡帳」データ3365件を両者で処理させるとなんと下位機種のCLIE37の方がはるかに軽快だ。TH55はその点では使い物にならない。むろんWindowsCE機で3000件の「連絡帳」データを処理することなどは考えることすら無謀なことだ。

さて、しかし、電子手帳(PDA)売り場は今どこへ行っても閑散としている。新宿ヨドバシカメラでも携帯電話と並んで一階の入り口の所にあった売り場(花形売り場)が今では2階の片隅に追いやられている。なぜか? この間久しぶりに行って迷ったあげく、「電子手帳売り場はどこ?」と聞いて、指示された場所へ行ったら、「電子辞書」売り場だった…。それくらい電子手帳は客がいない。

理由ははっきりしている。キーボードなしの入力の面倒くささに耐えられないからだ。パソコンがこれだけ大衆普及し始めると特にそう感じる人が増えてきた。そこで簡易型のキーボード(主には両親指を使うタイプ)を付けてしまうと、今度は150グラム、200グラムを超えてしまう。肝心の携行性が阻害される。

CLIE-TH55などは、したがって、予定帳画面にさえ、グラフィカルな手書き入力ができる機能を持ち込んできたが、これなどは広告パンフレットでは魅力的に見えるが、買った人はほとんどその機能を使っていないはず。手書き入力するくらいなら、まだアルファベットを一文字ずつ入力してローマ字変換したほうがはるかに高速入力できるからだ。手書き入力というのは手書き入力変換も含めて、キーボード入力のできない90年代前半のおじさん世代にしか通用しない機能だというのが歴史的な、かつ決定的な結論である。SONYは勘違いしたのである。

現在のところ、電子手帳は、パソコンデータの“端末”としてしか意味を成さない。いわゆるOUTLOOK(予定帳・メール・TO DO・メモ・連絡帳)などとのシンクロデータを持ち歩けることだ。外部メモリを増設すれば、OFFICEデータはもちろんのこと、動画・音楽ファイルも利用できる。

しかし問題はそう簡単ではない。たぶん携帯電話がそのほとんどの機能をはるかに多彩な仕方でカバーしつつある。携帯電話に不満があるとすれば、モニタの大きさだけだ。私の考えでは、今持っているCLIE37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html)の大きさと重さでそれがそのまま携帯電話になれば、それが究極の電子手帳(あるいは究極の携帯電話)だということになる。CLIE37と携帯電話とでは重さがほとんどかわらないし、大きさもズボンの両ポケットに入れていてもほとんどわからない大きさだ。最近は両ポケットに入れて歩くことも多い。どちらもが入る小ポケットをポケット内にわざわざ付けてある。

CLIE37の最大の問題は(あえて言えば)、手軽にインターネットができないことにある。P-in(http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/products/phs/atfreed.html)などのデータ通信カードが使えないからだ。職場に来るメールは職場のサーバーから直接携帯電話に転送しているから、メール処理は携帯電話があれば充分だが、サイトブラウジングは携帯電話ではやる気が起こらない。私の携帯電話はFOMAのSH900i (http://foma.nttdocomo.co.jp/terminal/cell/sh900i/)だが、モニタの解像度がQVGAであっても、やる気は起こらない。絶対的な大きさがやはり足りない。

P-in(http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/products/phs/atfreed.html)などのデータ通信カードとメモリ増設カードを両者使える電子手帳は200グラムを超えるか、それともWindowsCEの電子手帳の一部になるが、Windows機では今度は処理の軽快感が阻害される(サクサク動かない)。だから、いっそのことインターネットは携帯電話。携行データは電子手帳というように2分化せざるを得ないのだ。

そのうえ、さらに問題を複雑にしていることがある。今年の春に発売されたPANASONICのレッツノートR3 (http://www.mylets.jp/r3/index.html)だ。大きさは、 幅229 mm×奥行183.5 mm×高さ24.2 mm、 重さは 約990 g。携行性は充分で、しかも標準バッテリーで「9時間」も持つ。新幹線東京-大阪を往復してもなお充分な能力だ。これは、CLIE37(あるいは携帯電話)に外部キーボード(http://www.jp.sonystyle.com/Qnavi/Detail/PEGA-KB100.html)を使ってワープロとして使い続けた場合よりもはるかに強力なバッテリー能力だ。

パソコン+電子手帳+インターネット+モバイルを足して割り算すれば、答えはレッツノートR3しかない。私が毎日外歩きをする営業マンなら、レッツノートR3を買うに違いない。

私は現在のところ、このレッツノート(モバイルパソコン)の代わりにシグマリオンIII(http://www.nttdocomo.co.jp/info/products/sigmarion3/style/index.html)+定額制のP-in(http://www.nttdocomo.co.jp/p_s/products/phs/atfreed.html)を使っているが、たぶんシグマリオンIIIの電池の持ちよりは、レッツノートR3の方がはるかにいいはずだ。そうなるとシグマリオンIIIの存在意味はほとんどなくなる。大きさと重さで電子手帳の代わりにならず、電池の持ちでレッツノートR3にはるかに勝てないのなら、シグマリオンIIIの存在意味はない。

そうは言ってもパソコン+電子手帳+インターネット+モバイルを割り算するというのは、結局のところ、モバイル問題は依然として何も解決できていないということでもある。携帯電話と電子手帳とレッツノートR3を目の前に置いて、ためいきをつく、というのがモバイル派の最大の相克だ。どれにもこれにも満足できないのである。

それもあって、ザウルスはあしかけ2年間新製品が出ていない。ユーザー用で電子手帳を出しているのは、もはやCLIEのSONYだけ。WindowsCE陣営は、最近の富士通のポケットLOOX V7(http://www.fmworld.net/biz/pda/products/ploox0407/flxv7/)などに見られるように保険業のおばさんや運送業のお兄さんの端末に使うことを想定しており、もはやユーザー用途を想定していない。要するにWindowsCE電子手帳はもはや存在しないと言ってよい。

頼りのCLIEさえも最近は「辞書付きCLIE」などと言い始めている(http://www.jp.sonystyle.com/Product/Clie/Peg-th55/Store/index_dk.html)。まるで私の「電子辞書は買わないほうがいい」(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=330)を読んだかのように、そんな製品を出し始めた。電子手帳を何に使うのかについて、製品を作っている当事者自身がわからなくなっているのである。

ここでもう一度、問題点を整理しよう。

1)電子手帳は、小さくて軽くて軽快でなければならない。

2)電子手帳も携帯電話もたとえ上記1)の条件を満たしていても入力装置が貧弱なため自立的な情報端末にならない。

3)情報の宝庫であり、公共的にも私的にも情報集積の一元化の要であるインターネットについては、電子手帳も携帯電話もモニタの大きさが貧弱すぎる。むろんこれは、上記1)の条件と物理的に矛盾する。

4)上記すべての条件を物理的に満たすためには、小型プロジェクタ付きで、投影キーボード付き、それで150グラム以下(そして連続使用10時間は持つ電池)の電子手帳が登場するしかないが、しかしそれでもモニタやキーボードを投影する場所は限られているから携行利用はできない。

5)入力装置については音声入力が考えられるが、人前で入力する場合が多い電子手帳の場合、独り言のように話すのもはばかられる。

6)したがって、電子手帳に未来はない。だからザウルスのシャープさえ沈黙してしまって、後発のSONYに負けてしまった。

7)そこで、電子手帳修正案。

8)今人々が持っているノートパソコン以外のモバイルグッズ、要するにiPodを含めたウォークマン、携帯ラジオ(FM・AM)、携帯DVDプレイヤー、デジタルカメラ(動画・静止画)、電子辞書、ボイスレコーダー、そして携帯電話、これらを一つにした“電子手帳”を出せばいい。これは今すぐにでもできる。

iPod(http://store.apple.com/0120-APPLE-1/WebObjects/japanstore.woa/80101/wo/Uc5Jvbc164oP2PW8YNM1mDd10OO/0.0.9.1.0.6.21.1.3.1.0.0.0.1.0)の大きさはほとんど私のCLIE37(http://www.sony.jp/products/Consumer/PEG/PEG-TJ37/index.html)と同じ。重さはiPodが158グラムで少し重いが、それでもHDDが20GBというのは貴重だ(CLIEは1GBが限界)。

それにSONYの20GB HDD内蔵、ネットワークウォークマン NW-HD1 (http://www.ecat.sony.co.jp/audio/walkman/products/index.cfm?PD=17461&KM=NW-HD1http://www.jp.sonystyle.com/Product/Paudi/Nw-hd1/Store/)はたった110グラムで電池も連続使用で20時間!持つ。大きさもiPodやCLIE37よりはるかに小さい(外形寸法(幅×高さ×奥行/mm) 89.0×62.1×13.8)。

このアップル社をはるかに凌ぐSONYの技術を転用すれば(要するに、このウォークマンのモニタを本体と共に少し大型化すれば)、何でもありの電子手帳になってしまう。

9)結局、最後に残るのは、文字入力問題だけということになる。案外“原始的な”問題が残ってしまうのだ。

10)外部キーボード(http://www.jp.sonystyle.com/Qnavi/Detail/PEGA-KB100.html)+何でもありのCLIEということになれば、レッツノートR3(http://www.mylets.jp/r3/index.html)も少しはかすむかもしれない。

そこで私の最終的な(結局暫定的なものにしかならないが)提案。SONYグループの全技術者の結集を提案したい。

1)まずSONYのNW-HD1(http://www.ecat.sony.co.jp/audio/walkman/products/index.cfm?PD=17461&KM=NW-HD1)を開発した技術者たち。iPodの天下もあと1年にすぎない。

2)そしてもちろん、デジカメと動画再生機能を超小型化したCLIE37(55ではなく)の技術者たち

3)動画処理のHMP-A1(http://www.sony.jp/products/Consumer/HMP/)の技術者たち

4)携帯電話のPREMINI(http://www.nttdocomo.co.jp/new/contents/04/whatnew0511.html)の技術者たち

これらの技術が中核になれば、デジカメ、電子辞書、携帯ラジオ、ボイスレコーダーはどんなふうにでも集積できる。SONYに頑張ってもらうしかない。

※ちなみにこれまで私が発表してきたモバイル論を添付しておく。

2000年10月ザウルス・モバイル論(1) ― 「シグマリオン感想」

http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&v=1&e=msg&lp=1&st=0

2000年10月ザウルス・モバイル論(2) ― 「WindowsCE再論、あるいは反「捨てる技術」論」

http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=Windows&mode=and&v=38&e=msg&lp=38&st=0

2000年12月ザウルス・モバイル論(3) ― 「12月15日発売、新ザウルス(MI-E1)を買ってはいけない」

http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=%83U%83E%83%8b%83X&mode=and&v=163&e=msg&lp=163&st=0

2001年10月ザウルス・モバイル論(4) ― 「ザウルスよ、さらば」

http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=%83U%83E%83%8b%83X&mode=and&v=447&e=msg&lp=447&st=0

2001年10月ザウルス・モバイル論(5) ― 「452 「ザウルス」の歴史と終焉」

http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=%83U%83E%83%8b%83X&mode=and&v=452&e=msg&lp=452&st=0

2002年12月ザウルス・モバイル論(6) ― 「ザウルス、復活」

http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=79

2003年6月ザウルス・モバイル論(7) ― 「世界一速い『ザウルスSL−C760』使用速報」

http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=165

2003年6月ザウルス・モバイル論(8) ― 「TOSWORD、電子手帳、MS-DOS、インターネット、ザウルス」

http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=166

投稿者 : ashida1670  /  この記事の訪問者数 :
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