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 「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」(2005年2月22日号 Neurology誌)のどこが問題か? 2009年11月05日

PDF版「多発性硬化症とは何か、視神経脊髄炎とは何か」(http://dl.getdropbox.com/u/1047853/ver3.0%E5%A4%9A%E7%99%BA%E6%80%A7%E7%A1%AC%E5%8C%96%E7%97%87%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B%E3%80%81%E8%A6%96%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E8%84%8A%E9%AB%84%E7%82%8E%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B.pdf)のピーク箇所を取り上げてみました。それでもA4紙で20頁ありますが、5分の1以下になっています(苦笑)。

私の家内の病名診断・治療判断が遅れざるを得なかったのは、この表題の論文「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」(2005年2月22日号 Neurology誌)のためです。日本のMS治療は、この論文に良くも悪くも影響されています。しかもこの論文は極めて怪しい(と私は思います)。その問題を扱っているのが、この要約版です。

【芦田の質問 PDF 62頁】― ベータフェロンの治験論文はなぜ2005年2月に登場したのか 2008年02月23日 

(略)

本題の質問に行く前に、前回の質問を蒸し返すような質問を一つしておきたいと思います。

1996年7月にMayoの医師らが、Brain Pathology誌に発表した論文で、すでに「オリゴの生き死にパターンにはバラエティがある」ことが指摘されていた。これは私の記憶では、あなたの研究論文史の指摘にはなかった年代です。

特にその「バラエティ」の中には細胞性免疫にかかわる炎症だけではなく、「免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)」も指摘されていた。

すでに1996年のこの段階で「T細胞に対して何らかの修飾をする『免疫修飾能』があると推察されて」いたベータフェロンは、十二分に疑われても良かったにもかかわらず、なぜ、T細胞免疫論=ベータフェロン有効論は力を持ったのでしょうか。

1996年、オリゴ死の「バラエティ」という重要な発表の後、あなたの指摘は(2000年の脱随4タイプ論を経て)、2004年リンパ球のオリゴの因果関係の逆転、2005年の8月(液性免疫炎症に対する血漿交換の効能)、2008年の「バラエティ」自体の否定(すべては液性免疫)の指摘に繋がって行きます。この流れは、すべてベータフェロンの有効性を疑うもの(=疑っても良いもの)ばかりです。

このあなたのMS研究の変遷の説明をまともに辿れば辿るほど、2005年2月の日本人達の論文「インターフェロンベータ1b(註:ベタフェロンのこと)は日本人の再発寛解型MS患者において有効である:ランダム化された多施設研究」(2005年2月22日号 Neurology誌)の意味が分からなくなります。この論文・研究動機は(結果はさておき)、私にはアナクロにしか見えません。

この論文の書き手達は、1996年~2004年の研究・論文の意義を踏まえてでも、なおMS=T細胞免疫炎症論(ベータフェロンの有効性)を主張しようとしたかったのでしょうか。そうだとすれば、何が彼らをそうさせたのでしょうか。1996年~2004年の間に何かまた別の発見があったのでしょうか。


【Pさんの回答 PDF 63頁】― 「MSはT細胞性自己免疫疾患である」を疑え 2008年02月23日

(略)

確かに芦田さんのご指摘のように「アナロク」に見える(またはかなり不勉強に見える(ただ、Brain Pathology誌を神経内科医が読むことは稀だと思いますが))のですが、背景の時系列からは必ずしもそうとは言い切れないように思います。

第一に、2005年2月のNeurology誌に掲載されたかの日本人「MS」患者でのベタフェロン治験結果ですが、実際の治験は1995年7月~1999年11月に行われています。このより前に治験のデザインが組まれていると思いますので、実際には1996年のMayo論文が出る前に治験はスタートラインを切っています。

よって、治験開始時には未だT細胞自己免疫説が主流で、それを疑う風潮はなかったものと思います。小生の推察では、1993 年4月のNeurology誌に海外でのベタフェロン大規模治験結果が発表されましたので、これに対応して日本での治験をデザインしたのではないかと思います。

尚、デザイン云々はともあれ、この論文のポイントは「OSMSにもベタフェロンは同等に有効である」お墨付を与えたことなのですが、論文の受付は 2004年5月となっているので、MayoのLennonが2004年12月のLancet誌にNMO-IgGを報告する前に論文は書かれたようです。

余談ですが、ベタフェロン・NMO議論で加熱している日本・Mayoの臨床医・研究者或いは、細々とMSの病理を追究する数少ない研究者以外は、どこかで聞いた(証明されていない)「MSはT細胞性自己免疫疾患である」をずっと疑わない人も居ます。2008年2月(つい先日)に掲載された Nature Medicine誌のMSの免疫研究に関連する論文の要旨にはこういう文がありました。

=====
Multiple sclerosis is believed to be mediated by myelin-specific T cells, but the mechanisms that determine where T cells initiate inflammation are unknown.
=====

believed to be、って、by whom?と聞きたいところですが。欧米では病理の知識をup-to-dateにしている人とそうでない人とかなり温度差があるように思われます。

時間がなくなりました、取り急ぎ乱文お許し下さい。

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【芦田の質問 PDF64頁】 ― 12年前の治験モデルを反復する気が知れない(そして未だにそのモデルを信じている医師達がいる…) 2008年02月23日

(略)

早速の回答ありがとうございます。でも、いやー納得できないなぁ(笑)。

あなたの言われる1995年7月~1999年11月の治験中には、

1996年のMayoの医師達の発表(Brain Pathology)があり、つまり細胞性免疫論の一角は崩れており、論文が受け付けられた2004年5月までには、

1)2000年6月の脱随進行病巣の4分類(MS=細胞性免疫炎症の相対化)

2)2004年4月のケンブリッジ大学の発見(T細胞浸潤等の炎症はなかったこと)

3)同じく4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在のオリゴの死の報告)

など提出以前(直前ですが)、論文をまとめる途中で貴重な発表はあいついでいるにもかかわらず、この論文が提出されている。

私なら、こんな“古びた”論文は、10年以上かけて書いたとしても破り捨てます。そんなことは「研究者」であればざらに起こることです。自然科学であればなおさらのことでしょう。

結局、この日本人研究者たちの論文(私には諸悪の根源とも思える)は、あなたも「推察」されているように1993年のヨーロッパでの研究をなぞっただけのものにすぎない。それを公表まで12年もかけて発表したにすぎない。その間に、現在、あるいは将来のMS研究・治療の方向性を示す論文がいくつも発表されていたにも関わらず。

結局2005年2月の治験結果は、12年前のヨーロッパモデルを日本的な実証性を装いながら反復しただけのものと言えませんか。

日本の研究者達は、さかんに「日本型MS」=OSMS(視神経脊髄型MS)と言いながらヨーロッパとは異なる亜系のMS研究を続けていた。それは、今となっては亜系でも何でもなく、液性免疫MSの本質論を展開するチャンスであったにもかかわらず、自ら1993年に先祖返りするしかたでそのチャンスを封じ込めた、と言えるのではないか(ちょっと言い過ぎかな)。この論文の影響が大きかっただけに返す返すも残念なことです。

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【Pさんの回答 PDF 65頁】 ― 「神に会っては神を切り、仏に会っては仏を切り、己に会っては己を切る」 2008年02月24日

この辺で許して貰えませんか…ってわけにはいかなさそうですね(苦笑)

最初に、かの論文について少し擁護しておきますが、臨床治験というのはとてつもなくお金がかかる(降圧剤のような安い薬でも一人当たり数百万だそうですから、ベタフェロンの治験は億単位のお金がかかっているのではないでしょうか(たぶん某製薬会社が出しているのでしょうけど))、そして日本全国かなりの数の病院・MS専門家が参加している(著者欄では「グループ」としてまとめられてしまってますがすごい数の医師名が論文には記載されています)。よってやっぱりまとめるのはやめます、と破り捨てるというのは現実的に難しい(発表せざるを得ない)と思います。

ともあれ、芦田さんのご指摘の本質は、一連の研究が本当に「研究」なのか、本邦における(少なくとも当該論文に中心的に参画した)MSの研究者は本当に「研究者」と言えるのか、との厳しいご指摘として響きます。

まず、現実的な医療と、学問としての医学とは、明確に区別しておくべきと考えます。

医療の専門家は医師である。医学の専門家は医学者である。医学とは人体の生理・病理に対する学問であり、それは科学の一分野であり、しかるに医学者とは医学を専攻する科学者(学者)と言える。

医師はMedical Doctor (MD)、医学者はDoctor of Philosophy (PhD)と一応区別できますが、「そんなの関係ねー」というのが日本の現実であることは良くご存じかも知れません(欧米ではMD/PhDの両方を持っている医師は少なく、持っている人は際立ったエリートと認められます)。

学問の本質はどの分野でも似ているのではないかと感じます。「神に会っては神を切り、仏に会っては仏を切り、己に会っては己を切る」と言いましょうか。

また、少なくとも自然科学においては、前人の道を追って最後に到達した壁にぶち当たった際に、それを乗り越えられるのは、悩んで、悩んで、考え抜いて、最後に生ずる「直観」であろうと思います。そしてその「直観」によって切り開かれた道はわずかでしかなく、いずれ誰かが屍を越えてまた新しい道を切り開く、医学もまたそのようにして展開してきたのであろうと思います。

学問論はプロの芦田さん相手に偉そうに述べるべきではありませんでした。見逃してください(汗)。

翻って、医師の眼の前に存在する患者から、その「医学的展開」として研究した成果が、かの治験結果であったかと問われれば、

>でも、いやー納得できないなぁ(笑)

の(笑)に芦田さんの情けを感じるのみです。

-------------------------------------------(幾つかのやりとりを略す)

【芦田の質問 PDF75頁】 ― なぜMS=T細胞自己免疫疾患という俗論が広まったのか、未だに分からない 2008年02月25日

未だにわからないことがある。ベータフェロン使用の前提となっているMS=T細胞自己免疫疾患という俗説のことだ。106番のPさんの再生医療論の展開の中にも次のような1990年のMayo、Lennonの優れた発見の記述がある。ふたたびPさんに質問してみよう。再生医療の議論はもう少し後回しにしたい。

Pさんの発言>1990年1月のAnnals of Neurology誌には同じくMayoのLennonらが、「脊髄を免疫してできた血清のうち、髄鞘再生に寄与したのは免疫グロブリンである」ことを報告しました。つまり、脊髄の何らかの蛋白に反応する抗体(=免疫グロブリン:液性免疫の主要な構成成分)が、「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。(Pさんの発言終わり)

ここはやはり気になりました。よくわからないのですが、1990年にすでに、免疫グロブリン「悪者」論=液性免疫「悪者」論が議論されていたにもかかわらず(この「悪者」論はPさんの議論の流れそのものでないこと、むしろその反対であることは充分に理解した上で)、なぜ「MSはT細胞性自己免疫疾患である」という(まともな検証もされていない)俗論が広がったのか。

1990年と言えば、「海外でのベタフェロン大規模治験結果」(Neurology誌/1993 年4月)の発表のさらに以前です。MS=T細胞自己免疫説の起源はいったいどこにあるのですか? MayoのLennonたちは、1993年ベータフェロンの治験結果、あるいは2005年2月の日本人達の治験結果をどう考えていたのでしょうか。

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【Pさんの回答 PDF76頁】 ― 「MS研究者」の実質大半は実は「EAEの研究者」ではないかと疑いたくなるほどです(MS=T細胞性自己免疫疾患という集団的錯誤の起源)。 2008年02月26日

文中で小生が時系列を無視した書き方をしたので混乱しますので、補足します。

=(現時点で争点となっている抗AQP4抗体やNMO-IgGというような)「悪者」というより、「髄鞘再生に寄与する味方」であると報告した訳です。 =

というのが本意です。ちなみに、MayoのLennonやRodriguezらが彼らの発表をしたころには、彼らもまた、MSはT細胞性自己免疫疾患なので、T細胞を殺しつつ、自己抗体等の免疫グロブリンを投与すれば最大の髄鞘再生化が得られると議論していました。

今やその自己抗体(NMO- IgG・抗AQP4抗体)がNMOの原因ではないかとMayoが一番騒いでいるわけで、現時点で彼らはある特定の抗体は髄鞘再生に寄与し、ある特定の抗体は脱髄に寄与すると考えているようです。

さて、MSはT細胞性自己免疫疾患であるという認識が広まり、証明されていないのに証明されたかのような集団錯覚現象に陥った根源は、小生の知る限り、実験的自己免疫的脳脊髄炎(EAE)動物の台頭にあります。

もともとはワクチン後脳炎(ADEM)に興味を持ったThomas Riversが1933年のJournal of Experimental Medicine誌に「ADEMのモデルとして」EAEを発表したのがきっかけです。

当初はサルにウサギの脳をすり潰して接種し免疫を励起していましたがなかなか発症率は高くなくあまり広まりませんでした。その後Freundが 1942年に免疫賦活化剤(今現在でもComplete Freund's AdjuvantとしてEAEの発症に使われています)を開発し、1947年からはそれを用いてEAEが作られるようになり、発症率も高く簡便な動物も出るとしてあっという間に広まりました。

炎症と脱髄という病理像が多発性硬化症に類似するということで、「ADEMのモデル」だったのに、ADEMは発症率が低く、圧倒的にMSの研究者が多いからか、いつのまにか「MSに似ているモデル」としてのEAEが扱われるようになりました。極めつけは、日本では使えませんが、Copaxone(これはもともとEAEをベースに1971年に開発されたペプチド医薬)やMitoxantrone、最近ではTysabri といったEAEでの有効性を基礎にMSでの臨床応用に繋がった薬が台頭してからは、EAEを「MSのモデル」とする風潮が更に広がりました。

本当はEAE で開発された薬の「大半が」MSでの治験で失敗しているので、これら成功例は数少ない例外的存在であったのですが、以外と「大多数の失敗例」は見向きされないのでしょうか、或いはEAEを否定されると他にモデルがないので「自称MS研究者」たる「実はEAE研究者」が困るからか、ともあれ、実は今でも、 EAEをMSモデルと要旨に大々的に書いてある論文を世界中に認めます。

で、ここからが、本題です。EAEは脳やら脊髄やらをFreundの免疫賦活剤と一緒に接種して作っていました(現在は人工的に合成した髄鞘の蛋白とFreundの免疫賦活剤で作ります)。

1960年にpassive EAE(受動的EAE)というのが報告されました。これは1匹のEAEを作成したとして、その1匹の動物のリンパ球を、他の健康な1匹に移すとそいつも EAEになるというもの、つまり「病原性を持った」リンパ球だけで(脳やら脊髄やらを接種しなくても)EAEを発症することが示されました。1981年にはそのうち「病原性を持った」CD4陽性T細胞だけでこのpassive EAEが作れることが報告されました。

小生が知る限り行き着くところは、この辺りがMS=T細胞性自己免疫説、の根源のようです。

EAEを使って研究をやっているが、実はMSについてはよく知らない、という研究者(大概は医者でない)が結構居るようです。でもMSと名前を入れると研究費が取りやすいとか、論文のインパクトが増えるということなのか、今でもNature誌などを見ていても、「EAEはMSのモデル」と書いてある論文は多いようです。「MS研究者」の実質大半は実は「EAEの研究者」ではないかと疑いたくなるほどです。本当に、「EAEの治療薬」は無数に報告されています。

こういう歴史的背景を知っていて、ましてやMSの神経病理に精通している研究者はよく「MSはEAEのモデル」と揶揄します。そして「(EAEを専門とする自称)MS研究者にとって一番恐れるのは、MSが不治の病でなくなってしまうことなんだろう」、「EAEの治療は簡単だ、最初から接種しなければいい」と。

ちなみに、最近は「EAEはMSよりもNMOに近い」論があるようです。真偽は分かりませんが。

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【芦田の発言 PDF 78頁】) ― 「EAE:誤った方向性のMSモデル」 2008年02月26日

ご親切にも、PさんがEAEに関する文献を紹介してくれています。ちょっと長くなりますが、引用します。

>EAEに関する文献の要旨を参考までに和訳しましたので御高覧下さい。

>Annals of Neurology誌 2005年12月
【タイトル】EAE:誤った方向性のMSモデル
【著者】Sriram S・Steiner I(米国Vanderbilt Medical Center)
【要旨】長年に渡る精力的な研究にも拘らずMSの理解と治療は不充分である。覇権する仮設はMSが免疫性疾患であり、またEAEがその病因と治療を解明する為に適したモデルであるとするものである。

>本総説ではEAEがMSの適切かつ有用な動物モデル足るかを批判的に吟味し、確たる証拠が存在しないことを提示する。EAEはMSよりも中枢神経系の急性炎症のモデルと言える。我々は、特に治療を検討する際には、EAEを用いることを再検討するべきであると提唱する。これは同時にEAEによる束縛を解除してMSを解析すること、即ち、類似性の解析ではなく、(実際のMSにおいて)何が起きているか、を解析することを要求するものである。


>Annals of Neurology誌 2006年7月
【タイトル】如何にしてEAEによる動物実験をMS研究に適切に応用するか
【著者】Steinman L・Zamvil SS(米国Stanfordd大)
【要旨】「EAE:誤った方向性のMSモデル」の総説においてSriramとSteinerは「EAEがMSのモデル足るかと考えた時に最も落胆するのは、MSに対する有意義な治療や治療方針を策定する上でほとんど全く役に立たないところだ」と述べている。

>実際にはEAEは、MSに役立つ3種類の薬剤の開発に直接的に寄与した。それはGlatiramer acetate(註:Copaxone)、mitoxantrone、natalizumab(註:Tysabri)である。その他幾つかのMSに対する治療薬がEAEにおける前臨床的研究での成功を元に臨床治験が現在行われている。EAE研究によって見つかった発見が、MSにおける発見と合致した際には、MSの原因や病態マーカーに新しい知見をもたらしている。

>確かにEAEの過剰に依存すると落とし穴があるが、それは他の疾患のあらゆるモデルにおいてそうである。にも拘らず、過去73年以上、EAEはMSの研究を補助する意味で極めて有効であることを、それ自身が証明してきている。

※Pさんの註:SteinmanはTysabri開発を主導した研究者でMS動物実験の大御所。今でもNature等のTop JournalにSteinmanはEAE=MS論による論文を多数出している(ある意味で「MS=T細胞自己免疫疾患」の旗振り役)。

(Pさんのコメント)一方で、「EAEがMSモデルであることを否定」しつつも、「MSにおけるリンパ球は悪である」という概念までは否定できていない」というような研究者も居ます(神と仏は切りましたが、やっぱり己は切れませんでした、ってとこでしょうか(苦笑))。下記も総説です。


>Acta Neurologica Scandinavica誌の別冊 2007年
【タイトル】多発性硬化症の免疫学的起因:既存概念と矛盾
【著者】Holmoy T(ノルウェイOslo大学)
【要旨】MSの発見から150年が経過したが、その原因のみならず病態生理すらほとんど解明されてらず、現存する治療薬は十分な効果を持たない。 MSの疾患概念はEAEという動物モデルに依存する。70年に及ぶEAEの経験に基き、MSは髄鞘特異的なT細胞によって引き起こされる、髄鞘及び神経細胞に対する炎症が主体であると広く認識されている。

>しかしながらMSにおいて髄鞘特異的なT細胞が中心的役割を担うという概念を支持する証拠は弱く、また、もしそうなら何故免疫における自己寛容(註:外来抗原は攻撃するが自分の蛋白は攻撃しないという特徴のこと)が破綻するのかという問いに答えられず、更にはMSにおける際立ったB細胞(註:抗体を産生する細胞)の反応はEAEにおいては反映されていない。

>MSの病因に関する研究は、従って、MS患者の組織標本或いは細胞を用いて、可能な限り病気に侵されている臓器に近づいて行われるべきである。多発性硬化症の脳脊髄液から得られたリンパ球の解析はT細胞の活性化にはウイルス感染が関与していることを示唆しており、T細胞とB細胞の内なる「共役」が免疫反応の維持に繋がっていると考えられる。これらの結果はMSにおける持続的な免疫反応が特定の抗原に依存せずに成り立つことを示唆している。

(Pさんのコメント)芦田さんの分野でも、医学の分野でも、研究にまつわる状況は似ているのではないでしょうか?ただまぁ、医学や自然科学の方が「学問としては素人」でも生き残りやすい土壌にはあると思いますが。


>私(芦田)のちょっとした感想。

そうですね。2006年7月の段階でも、まだSteinmanみたいな奴がいるんですね。でもSteinman自身の書き方もかなり自己弁解的な感じはしますね。

Pさんの言うとおり、「己は切れない」という感じかな。

たしかに「神」や「仏」まではちょっと勉強すれば、切れる。しかし、一番厄介なのは「己」、こいつが一番たちが悪い。

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【私の発言 PDF 81頁】 ― 『ロレンツォのオイル/命の詩』 2008年03月01日

>Pさんへ

おすすめの『ロレンツォのオイル/命の詩』、先ほど見終わりました。

映画的にはスーザンサランドンの迫真の演技が印象的でした(最初から予想していましたが)。この映画は難病患者(重い病気の患者)とその家族の人たち(あるいはおまけにお医者さん達)はすべて見た方がいい。TSUTAYAレンタルでもすぐに借りられます。

映画中、「多発性硬化症」という言葉が、4回ほど出てきました。映画で「ミエリン」なんて言葉が出てくるのもあまりにもリアルすぎて。

家内は途中から(自分のことを忘れて)泣きっぱなしでした。ロレンツォのお父さんみたいな人が「ミエリンの再生」のきっかけを掴むのでしょうね。私などは足下にも及びません。

私がこの映画を見て一番面白かったのは、やはり患者団体と医学者達の保守性です(家内と何度この該当シーンで顔を見合わせたことか)。

Pさんは、「症状報告(96)」の記事で「映画の中に描かれるLorenzoの両親の姿が芦田さんと重なりました。Lorenzoのお父さんは今でも息子の為に治療薬を自ら主体的に開発しようと動いておられます(www.myelin.org)」と書かれていましたが、実は、私のことではなくて、医学者(専門家)とそれを取り巻く患者団体の保守性を指摘されたかったのだと思います(苦笑)。

私が(再度)この映画で学んだ7つの原則。

1)病気を治すのは、第1には、医者ではなくて、患者と患者家族と患者の友人達だということ。難病患者(重い病気の患者)の場合には特にそれが当てはまる。

2)患者団体(の幹部)は医学界の保守的な層と一体になりがちで、場合によっては患者治療に敵対する。特に新しい治療や新しい発見に対して保守的。患者団体は場合によっては慰安団体に変質する場合がある。ひも付きの「治験」や「セミナー」に参加すれば、治療に積極的に参加していると勘違いしている場合が多い。

3)難病治療は、専門性を狭く掘ると解決しない。隣接科学(あるいは予想もしない領域)の意外な功績が結びつく場合がある。それを結びつけるのは既成の科学や科学知見ではない。

4)難病治療は、確かな知識(証明された知識や実績)を積み上げても解決しない。思いつきをすぐにでも行動に移しながら、一つ一つ確かめていく以外にない。これは最初から〈証明〉や〈論文〉作成にこだわる科学者にはなかなか出来ない。

5)医者や医学者は、1人の(個別の)患者の治療については、最初のそして最後の判断者ではない。中間的にしかあてにならない。治療の中間のアドバイザーでしかない。意見を求め続けて、最初の判断、最後の判断を下すのは患者と患者の周囲のものでしかない。

6)医師や医学者と本来の会話をするには、患者、患者家族も勉強する必要がある。医師や医学者はある種の専門家ではあるが、患者は身をもって病気を“知っている”別の意味での専門家。その意味で対等に話そうとする気持ちと気概がないと医師も医療も動かない。

7)難病や重い病気からの生還(回復)は、ひとえに生命と生命力への信頼がなければ不可能。特に医師と患者本人があきらめる前に周囲の者があきらめないことが大切。特に多くの患者が衰えて死んでいくのを見ている医師や医学者は対面している個別の患者の将来を真っ先にあきらめている人種。中途半端な専門家医師や中途半端な知識を持っている患者家族、患者団体こそが物知りふうに患者の再起を真っ先にあきらめている場合が多い。

追伸:今、もう一度Pさんの貴重な記述を総まとめして整理しています。しばらく時間を下さい。

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【私の発言 PDF 82頁】 ― MS/CMS/OSMS/NMOについての11の迷妄 2008年03月02日

Pさんとの(ここまでの)やり取りは症状報告91番以来A4版で30ページ、3万文字にもなりました。

そこでいくつかの実践的な“否定されるべき命題”にこの間のやりとりを解説付きでまとめてみました。理由は長くて読む気が起らないとうものと、理論的すぎて具体的にどうすればいいのかわからないという感想が多かったからです。解説はパパさんの当該個所の記述にほとんど依存しています。これら11の言明は、このPさんとのやり取り以前には、私も信じていた言明です。

1)MSとは、T細胞性自己免疫疾患である

2)MSとは、自己免疫疾患である

3)MSには、ベータフェロンが有効である

4)2005年2月(ベータフェロン有効という日本人治験結果報告論文)以前にベータフェロン有効を疑いうる医師(論文、発見)はいなかった

5)MSには、ステロイドは予防効果がない

6)MSかNMOかは、細胞免疫(ベータフェロン有効)か、液性免疫(免疫抑制剤有効)かで区別される

7)NMOでは脳には炎症は出ない

8)AQP4抗体検査結果が「陰性」の場合は、ベータフェロン投与を続けた方がいい

9)MS/CMS/NMOは違う病気である?

10)炎症、あるいは抗体が髄鞘再生を破壊する「原因」である

11)再生医療よりも再発防止薬の開発の方が現実的である

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※以下は上記項目の該当箇所説明付き(該当項目に関連したPさんの発言を再構成してみました)

1)MSとは、T細胞性自己免疫疾患である

MSといえば細胞性免疫による自己免疫疾患(Type1)、と考えられていたところに、液性免疫(Type2)の関与が指摘され、さらに、そもそも免疫が主体ではく、オリゴが「被害者」とは言い切れない病態(Type3,4)の報告がなされた

Type1=T細胞とマクロファージのみからなる炎症(=細胞性免疫)
Type2=免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)
Type3=オリゴの自発的死(アポトーシス)による脱髄が主体で免疫グロブリン・補体・髄鞘再生を認めないもの Type4=オリゴの変性が主体で髄鞘再生を認めないもの

しかし、2008年1月のAnnals of Neurology誌に、この1996年から連綿と続いた「MSにはバリエーションがある」という論(Type1 ~Type4)を全てひっくり返し、かつ、「MSと言えば細胞性免疫である」という仮説をも覆す論文がオランダから投じられ、全ての脱髄進行中のMS病巣は、Type2(液性免疫が主体)である、と指摘された。

2008年2月14日号の(世界一有名な医学誌である)New England Journal of Medicineに、MS患者を対象としたPhase2のリツキサン(日本ではリンパ腫で既に使われている抗体医薬)治験結果(1年間の観察期間)が出されました。2週間を空けてたった2回のリツキサン点滴をしただけですが、1年間の追跡で、投与群での再発は半減していたとの報告がある。

簡単に言うとリツキサンというのは、B細胞(免疫グロブリンを作る細胞)を殺す薬です。つまり液性免疫を抑制し得る薬がMSにおいて再発減少に効果を出したということになります。Phase3が終わっていないので、未だ試験途中であり、長期効果を見たものではありませんが、脱髄MS病巣は全て Type2であるとする2008年1月の論文と併せると、MSを細胞性免疫の疾患と考える論拠は乏しくなったように感じます(ちなみに、NMOについては極小数例におけるリツキサンの試験投与の結果が2005年のNeurology誌に報告されていますが、再発を抑制できるのではないかとされています)。


2)MSとは、自己免疫疾患である

2004年4月にオーストラリアの医師がAnnals of Neurology誌に「超急性期」のMS病巣において、免疫反応不在でのオリゴの死、が報告された。つまり、リンパ球とオリゴの因果関係、或いは「加害者」「被害者」概念が逆転しうることが示された。脱髄と炎症の因果関係が必ずしも定かでないのと同様に、抗AQP4抗体によるアストロの炎症、というのが果たしてNMOの「原因」なのかは分からないということ。

今のところ、AQP4を欠損した動物(既にマウスが作られている)でNMOになるという報告はありませんし、或いは正常動物に抗AQP4抗体を投与したからと言ってNMOになるという報告はありません。

またNMOで生じる病変にAQP4が出ていることは確かであるが、AQP4はもっと広い範囲で検出される、にも拘らず視神経脊髄に集中するのは何故か。

抗AQP4抗体を検出できないNMOないしHigh-risk syndrome of NMO患者は、検査感度の問題で抗体が(実際にはあるが)検出できないだけなのか、或いは抗AQP4抗体が「原因」ではなく、「結果」であることを示しているのか。


3)MSには、ベータフェロンが有効である

1996年7月にMayoの医師らが、Brain Pathology誌にMS病巣におけるオリゴの生き死にパターンにはバラエティがあることを指摘。その後2000年6月のAnnals of Neurology誌に同じMayoの医師らが、MSにおいて脱髄進行中の病巣を多数解析し、その分類を下記のように示した。

Type1=T細胞とマクロファージのみからなる炎症(=細胞性免疫)
Type2=免疫グロブリンと補体からなる炎症(=液性免疫)
Type3=オリゴの自発的死(アポトーシス)による脱髄が主体で免疫グロブリン・補体・髄鞘再生を認めないもの
Type4=オリゴの変性が主体で髄鞘再生を認めないもの

つまり、MSといえば細胞性免疫による自己免疫疾患(Type1)、と考えられていたところに、液性免疫(Type2)の関与が指摘され、さらに、そもそも免疫が主体ではく、オリゴが「被害者」とは言い切れない病態(Type3,4)が報告された。このような病態の差が、ベタフェロンの効果の差(効く人と効かない人の差)に繋がっているのではないかと考えられるようになった。

実際、 2005年8月には同じMayoの医師らがLancet誌において、Type2(液性免疫)のMS患者では血漿交換が奏効することを報告。アメリカでは(脳腫瘍との鑑別等を目的として)日本よりも気軽に脳生検を行うため、脳生検でType分けをすれば、MS治療の個別化ができるのではないかとすら言われていた。

ベタフェロンがMSにおいてどう効いているかは、前にも述べましたが、「誰も知らない」。細胞性免疫の調節がベタフェロンの効果である、という視点に立てば、芦田さんの驚き、-ベータフェロン治療は一体何だったのでしょうか-というのは良く理解できますが、そもそも謎の薬ですから、実は驚くところではありません。

ところが 2008年1月この論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると。

即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。


4)2005年2月(ベータフェロン有効という日本人治験結果報告論文)以前にベータフェロン有効を疑いうる医師、論文、発見はいなかった

1996年のMayoの医師達の発表(Brain Pathology)があり、つまり細胞性免疫論の一角は崩れており、論文が受け付けられた2004年5月までには、

(1)2000年6月の脱随進行病巣の4分類(MS=細胞性免疫炎症の相対化)

(2)2004年4月のケンブリッジ大学の発見(T細胞浸潤等の炎症はなかったこと)

(3)同じく4月のオーストラリアの医師の発見(免疫反応不在でのオリゴの死の報告) など提出以前(直前ですが)、論文をまとめる途中で貴重な発表はあいついでいるにもかかわらず、この論文が提出されている。


5)MSには、ステロイドは予防効果がない

ステロイドは免疫云々ではなく AQP4の発現を調節する可能性が指摘されている。


6)MSかNMOかは、細胞免疫(ベータフェロン有効)か、液性免疫(免疫抑制剤有効)かで区別される。

2008年1月Annals of Neurologyの論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると報告されている。

即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?

抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。


7)NMOでは脳には炎症は出ない

本来NMOの診断基準においては、名前の通り(NMO=「視神経脊髄炎」)、脳には病変を欠くことが重要でした。

ところが、NMOにもMSとは異なり間脳であることが多いが、脳病変が出ることがあるから診断基準を変えるべきだとの論文が、Mayo(Lennonも入ってます)から2006年3月のArchives of Neurology(少し格下の神経内科雑誌で忙しいと読まないでしょう)に出ました。

「脳病変を伴うNMO」であれば、日本的にはOSMSですが、事実、NMOの診断基準は2006年5月のNeurology誌上で(Lennonも入ったグループにより)改定されました。


8)AQP4抗体検査結果が「陰性」の場合は、ベータフェロン投与を続けた方がいい

東北大の論文では、抗AQP4抗体の、NMO又はHigh-risk syndromeに対する特異度は100%であったそうです(NMO又はHigh-risk syndrome以外における、この抗体の陽性率はゼロだったということ)。

特異度を高くすると感度が低くなるのが一般論で、東北大における論文で使われた検査方法は「陽性とも陰性ともとれる状態がありうる」ものと思われる。

特異度が 100%と極めて高い(特異度を優先させた)検査であれば、感度が100%ということはないのではないか、つまり本当は陽性だが、陰性と判定された例もあるのではないか、ということを考えさせます。

ちなみに、この検査の「本当の」感度・特異度は、診断基準の感度・特異度とも連動します(本当はNMOだが、NMOの診断基準の感度が低くMSと診断されてしまう例で、抗AQP4抗体が陰性である、という症例があるかも知れない、この場合、論文では「MS患者・抗AQP4抗体陰性」と判定される)。

スペインとイタリアでかのNMO診断基準の感度・特異度を調べたところ、感度87.5%、特異度83.3%とのことでしたが、このNMO診断基準を満たさない「本当のNMO」が、12.5%存在することを意味しています。 「本当のNMO」「本当のMS」ってなに?ということになります。

話題を戻しますが、検査を直接行っている大学に受診されているのでなければ、何度も何度も「陰性」と判断されている検査の再提出は、無償検査の信頼性を疑っているようで主治医は乗り気ではないかも知れませんが、少なくとも病変や病態が変わった際(身体の中の抗体価が変動したかもしれない際)には再検査してもらうのも一考です。


9)MS/CMS/NMOは違う病気である?

2008年1月のAnnals of Neurology論文においては、MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると報告されている。

即ち、ここに来て「NMOは液性免疫であるという観点でCMSから区別される」という発想すら危うくなっています。本当にNMOは「MSとは明確に区別されるべき」疾患なのでしょうか?

抗AQP4抗体は原因と証明されたわけではなく、現時点では単なるマーカー、と以前に書きましたが、例えばこの抗体が単に病変の場所(視神経・脊髄)を規定しているだけで、脱髄の本態についてはMSと変わらない可能性も否定はできません。

またEvidence- based medicineの観点からは、NMOとCMSでベタフェロンの「治療反応性が明らかに違う」ということについても、確証が得られたわけではありません。


10)炎症、あるいは抗体が髄鞘再生を破壊する「原因」である

2004年4月に衝撃的な論文がAnnals of Neurologyに出ました。不幸にも脳幹に脱髄が生じて数時間で亡くなった患者の脳を調べたところ、髄鞘を形成する細胞が死んでいる像とそれによる脱髄はあるが、T細胞浸潤等の炎症はなかったことが報告されている。

彼らは、ひょっとして髄鞘を作っている細胞が炎症とは別の原因で死んでしまい、炎症とは、あくまで二次的な反応なのではないか(炎症は原因ではなくて結果なのではないか?)と疑義を呈しました。

この後、ケンブリッジ大学の研究チームが立て続けにこの報告に支持的な実験データを提出しました。一連の動物実験の中で指摘されたのは、長い間脱髄している慢性的な病変に無理やり炎症を励起すると、髄鞘再生が開始されること(炎症は髄鞘再生の引き金を引く大事なファクター?)、逆に脱髄によって生じた髄鞘のゴミを投与すると髄鞘は再生できない(脱髄したまま炎症という「ゴミ処理班」を呼ばないで放置すると、その後再生できないのではないか?)、極めつけは、脱髄のピークでステロイド投与を行うと髄鞘を形成する細胞が死んでしまい、再生がむしろ遅延する(急性期の行うステロイドパルスは髄鞘の再生にマイナス?)ということでした。

ケンブリッジ大学の研究報告はいずれも動物実験ですが、これらの結果から、MSでの脱髄がもっと別の要因で生じていて、派手な症状を引き起こす炎症は、実は二次的に、或いは髄鞘を再生しようとする人体反応の必要悪として生じている、とも考えられなくはないのです。

この論に基づけば、真の再発抑制薬とは髄鞘を形成する細胞が死ぬのを止める薬、ということになります。


11)再生医療よりも再発防止薬の開発の方が現実的である

iPS細胞を利用した再生医療よりも(ひょっとするとMSの原因解明なんかよりも)ずっと現実的なところに髄鞘再生医薬の開発は来ており、それが、再発抑制薬開発に比して極めて少数のグループで為されたことは驚くべきことです。

再発抑制や原因解明にばかり人的経済的資本を投入しないで、そろそろ(Myelin Repair Foundationのように)こちらへ回してスピードアップしたほうがいいように思えます(Alemtuzumabが本当に前述のように高率で再発を抑制できれば、放っておいてもやることがなくなった研究者は髄鞘再生医薬開発へ流れてくると思いますが)。再生医療は上記の通り現実に向けて動いています。

現在後遺症に苦しんでいる患者においては、「夢」と言わずに期待して頂きたいものと思います。研究開発を進めるには(Myelin Repair Foundationのように)人的経済的資本も必要ですが、十分条件ではありません。100人がかりで研究していたとしても、たった一人の研究者のブレークスルーはこれらを全て抜き去ってしまう、それが自然科学の面白いところです。ブレークスルーが生まれるのは「偶然」であると研究者は言うかも知れませんが、(映画Lorenzo's Oilを見ていても)その研究者をそこに向かわせる何か大きな力(情熱)があってこそではないかと思う。

以上です ― 【PDF90頁】

※この要約版のPDFはこちら→http://dl.getdropbox.com/u/1047853/%E8%A6%81%E7%B4%84%E7%89%88%E5%A4%9A%E7%99%BA%E6%80%A7%E7%A1%AC%E5%8C%96%E7%97%87%20%E3%83%BB%E8%A6%96%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E8%84%8A%E9%AB%84%E7%82%8E.pdf

※これで詳細がわからない人は全体を読んで下さい→http://dl.getdropbox.com/u/1047853/ver3.0%E5%A4%9A%E7%99%BA%E6%80%A7%E7%A1%AC%E5%8C%96%E7%97%87%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B%E3%80%81%E8%A6%96%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E8%84%8A%E9%AB%84%E7%82%8E%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B.pdf  →「にほんブログ村」

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感想欄

芦田さん

芦田さんの奥様と芦田さん、多くの患者さんの体験されている様々な思いを想像しながらpdfを読みました。いろいろと考えたことがあるのですが、それを書くのをやめます。その代わりに、

2005 年2 月22 日号 Neurology 誌 621~630 ページ
「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS 患者において有効である:ランダム化された多施設研究」

の全文を読んでみたので、この論文について考えたことだけを書きます。

もちろん、以下に書くことは、芦田さんはもうすでにご存じのことだと思いますが、芦田さんのpdfの中では触れられていませんし、芦田さんのためにと言うよりも、このpdfを読む読者のみなさんに役にたてばいいなと思って書きました。

--------------------------------------------------

この論文はインターフェロンベータ1bを50μg使った群と、250μg使った群で効果を比較したんですね。「プラセボを使うのは倫理的ではないから(the use of a placebo control arm was considered inappropriate from an ethical viewpoint.」なんだそうです。50μgでも効果はあるので、プラセボと比較する場合に比べて、インターフェロンベータの効果は過小評価されてしまうだろうと論文の中にも書いてあります。

さて、
Pさんが訳してくれた要旨の一部、「サンプル数が少ないために統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された」の意味がまったくわかりませんでした。はじめはPさんの誤訳かと思いました(失礼)。
ところが原文でもSubgroup analyses suggested that the magnitude and direction of treatment effect in patients with OS-MS and C-MS was similar, albeit not significant due to small sample size.となっていました(Pさんの誤訳というわけではないようです)。

この文章はとても変です。

もし「サンプルサイズが小さいので、統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が異なる(!)可能性が示唆された」と書いてあるのなら分かります。OSMS とCMSを比較すると効果に差があったが、サンプルサイズが小さいので統計学的に有意とは言えない、という理屈です。

よく分からないので、本文を読んでみました。

--------------------------------------------------

著者たちが言っていることは、

一つ目
MS全部ひっくるめた解析では、50μg群と250μg群とで年間再発率に有意差があった。
(注:Pさんが訳してくれたところで言うと、
「年間再発率は250microG 投与群で0.763、50microG 投与群で1.069 であり、再発の相対減少率は28.6%であった(p=0.047)」
の部分です。

しかし、これには問題があります。この論文では、検定に片側検定を使っています。たとえそれがプラセボ対照の研究だとしても、普通は両側検定を使います。なぜかれらは片側検定を使ったのか? それは両側検定にすると有意差がでなかったからかもしれません。片側検定のほうが有意差があったと言いやすくなります。

二つ目
つぎに、OSMSグループ、CMSグループ別に、同じように年間再発率を比較してみた(サブグループ解析)。
OSMSグループでは250μg群のほうが再発率が小さかった。しかし、サンプルサイズが小さくなるので、この効果は統計学的に有意ではなかった
CMSグループでも250μg群のほうが再発率が小さかった。しかし、サンプルサイズが小さくなるので、この効果は統計学的に有意ではなかった。
です。

つまり、著者たちは、「OSMS患者に対する効果」と「CMS患者に対する効果」とを比較しているわけではないのです。

それなのに要旨で「OSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された」と書くのは、論理的に破綻しています。

--------------------------------------------------

さて、論文を読んでも、この研究の第一の評価事項である年間再発率の定義が理解できないので、もっと単純に、再発した人、再発しなかった人を数えてみました。こっちのほうが直感的で分かりやすいですよね。

623ページ
A total of 42/95 (44.2%) in the 250 μg group and 32/93 (34.4%) in the 50 μg group were relapse-free at the end of the study

624ページ
The proportion of relapse-free patients was 28% (5/18) in the 50 μg group and 27% (6/22) in the 250 μg group in patients with OS-MS, compared to 36% (27/75) in the 50 μg group and 49% (36/73) in the 250 μg group inpatients with C-MS.

わかりにくいので書き直すと

まず、
MS患者全体では、再発しなかった人は
50μg群では、93人中32人(34%)
250μg群では、95人中42人(44%)でした。
250μg群のほうが再発しなかった人が多い(再発した人が少ない)ですが、統計学的には有意ではありません。

OS-MS患者だけを見ると、再発しなかった人は
50μg群では、18人中5人(28%)
250μg群では、22人中6人(27%)
検定をするまでもありません。再発率(再発しなかった率)は差がありません。

C-MS患者だけを見ると、再発しなかった人は
50μg群では、75人中27人(36%)
250μg群では、73人中36人(49%)
250μg群のほうが再発しなかった人が多いですが、統計学的には有意ではありません。

-------------------------------------------------

つっこみどころは他にもたくさんたくさんあるのですが(副作用のため治療を続けられなかった人が250μg群には多いこと、205人参加したはずなので、解析されたのは188人しかいないこと、なぜ年間再発率の計算に、従来のやり方と違う式を使ったのかなどなど)。

それはさておき、本文を意地悪く読めば、この論文から言えることは「インターフェロン1bの再発予防効果は、MS全体を見ると、あってもわずか。OSMS群には効果なし、もちろん、サンプルサイズが小さいから有意差が出なかったのかもしれないが」、となります。

少なくとも「CMS とOSMS におけるベタフェロンの反応性(再発抑制率)は変わらない」なんて口が裂けても言えません。だってそんな比較してないんだから。

うーん、不思議だ。なんでこの論文がそんなに影響力を持ったのでしょうか?

私は、その歴史的背景は芦田さんほど知りませんが、この論文だけを読んでも、かなり怪しい論文だと思います。


投稿者 大森 : 2009年11月06日 09:54

芦田さん

数日前に投稿したのですが、自分の投稿を読み返してみて、これでは、説明が十分ではないし、正しくない説明もあるし、ブログの読者のみなさんを混乱させてしまうような気がしたので、書き直しました。

もし、掲載してもらえるのなら、こっちのバージョンをのせてもらえるとうれしいです。

また、この投稿が芦田さんのブログにふさわしくないとお考えであれば、芦田さんだけに読んでもらうのでもけっこうです。長くなってしまったし。

以下本文。

芦田さんの奥様と芦田さん、多くの患者さんの体験されている様々な思いを想像しながらpdfを読みました。いろいろと考えたことがあるのですが、それは書くのをやめます。

その代わりに、2005 年2 月22 日号 Neurology 誌 621~630 ページ「インターフェロンベータ1bは日本人の再発寛解型MS 患者において有効である:ランダム化された多施設研究」の全文を今回初めて読んでみたので、この論文について考えたことだけを書きます。

芦田さんは「日本のMS治療は、この論文に良くも悪くも影響されています。しかもこの論文は極めて怪しい(と私は思います)」とお書きになりました。

私は、多発性硬化症のことを芦田さんの100分の1も知りませんし、この論文の位置づけもよく分かっていません。

しかし、多発性硬化症についてその程度の知識しかもたない私でも、この論文の怪しさを指摘することは出来ます。

芦田さんはこの研究の結果についてはpdfの中では触れられていません。

もちろん、以下に書くことは、芦田さんはもうすでにご存じのことだと思います。ですから、芦田さんのためにと言うよりも、このpdfを読む読者のみなさんに役にたてばいいなと思って書きました。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
まずPさんが訳してくれた要旨の一部より。

<結果>年間再発率は250microG 投与群で0.763、50micorG 投与群で1.069 であり、再発の相対減少率は28.6%であった(p=0.047←註:統計上よく出現する項目ですが、簡単にはこの結果が間違っている可能性が4.7%あるということですが、5%以下の場合は通常「統計学的に有意」と判断します)。

すべての第二評価事項に関して、250μG のIFNB-1bを投与された群が勝っていた。サンプル数が少ないために統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された。(要旨の一部ここまで)

まず、「サンプル数が少ないため」は「サンプルサイズが小さいため」の誤訳だと思います。細かいことですが重要なことでもあります。それはさておき、この要旨は非常にひっかかります。

「サンプル数が少ないために統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された」の部分です。

(説明をシンプルにするために乱暴な説明をしますが)こういった研究の場合、普通は、2群(この研究では250μG 投与群と、50μG 投与群)の間で認められた効果の”違い”が、統計学的に有意であるかどうかを解析(検定)します。

ですから、上記の記述が、「サンプル数が少ないために統計学的有意ではなかったものの、サブグループ解析ではOSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が”異なる”ことが示唆された」ならまだいいのです。

つまり、「OSMS とCMSとでは、治療効果がちがっていた。この違いが統計学的に有意かどうかを調べるために検定したが、残念ながら有意差はなかった。これはサンプルサイズが小さいためと考えることが出来る」という理屈です(これでも、かなりひっかかるのですが、まだましです)。

しかし、上記要旨ではそうなっていない。治療効果が同等であることを検定したように読める。これはおかしい。

誤訳ではないかと原文を読んでみました。Subgroup analyses suggested that the magnitude and direction of treatment effect in patients with OS-MS and C-MS was similar, albeit not significant due to small sample size.となっていますので、訳に間違いはありません(Pさん、疑ってスミマセン)。

ひっかかる、ひっかかる。いったいどういう解析をしたのか想像も出来ない。

もしかしたら私の知らないような特別な統計学的な解析方法(検定方法)を使ったのかもしれないけれど、要旨を読む限りは、そうは思えない。あやしい。

で、本文を読んでみるとツッコミどころが満載です。

ツッコむ前に、この論文の内容をかんたんにまとめると、MSの患者さん200人くらいを半数ずつに分けて、一方には250μGを、もう一方には50μG を注射して、2年間の再発を調べた。MSの患者さん全体で比較したあと、OSMSの人と、CMSの人とを別々にして比較もしてみた、という研究です。

--------------------------------------------------------------------------------

<ツッコミポイント1>
この論文では、治療効果のMS全部ひっくるめた解析では、50μg群と250μg群とで年間再発率に有意差があった、と報告しています。(注:Pさんが訳してくれたところで言うと、「年間再発率は250μG 投与群で0.763、50μG 投与群で1.069 であり、再発の相対減少率は28.6%であった(p=0.047)」の部分です。p=0.047ですから、有意差と言って良いように思えます。

しかし本文をよくよく読むと、この論文では片側検定を使っています。

50μG 群よりも250 μG群のほうが効くという前提で解析したと書いてある。これは問題。たとえプラセボ効果以上の効果がない偽薬を使った研究でも、両側検定をするのが普通で、片側検定をやっている研究はあまりありません(全くないとは言いません。探せばあるのでしょう。

でも、あったとしてもそれが正しいとは思いません)。

ましてや、この研究ではプラセボではなく、50μG 群と比較しているのです。片側検定を採用するのは、なにか意図があってのことではないかと疑ってしまいます。

片側検定をするとなにが問題か? 片側検定は有意差が出やすくなります。

もし上記の検定で、普通に両側検定を採用すれば、p値はおそらく 0.05を超えるでしょうから、結果は「年間再発率は、250μG 投与群で0.763、50μG 投与群で有意差がなかった」となります。

両側検定では有意とならなかったので、片側検定を行って有意差があったという結果にしたのではないか、と疑うということです。

<ツッコミポイント2>
さて、著者たちはOSMSの患者さん、CMSの患者さんごとに、250μG 投与群と、50μG 投与群との年間再発率の比較をしています。

要旨にあったサブグループ解析というのはこの比較検討のことを意味しています。

この論文で報告されている結果は、OSMSの患者さんでは250μg群のほうが再発率が小さかった。

しかし、サンプルサイズが小さくなるので、この効果は統計学的に有意ではなかったCMSの患者さんでも250μg群のほうが再発率が小さかった。

しかし、サンプルサイズが小さくなるので、この効果は統計学的に有意ではなかった。

つまり、MSの患者さん全体の解析では、普通は使わない片側検定を使って有意差を示したけれど、サブグループ解析をすると、OSMSの患者さんでもCMSの患者さんでも、有意差はなかったのです。

有意差がなかった理由としては、250μgの治療に効果がないのかもしれないし、あるいは、本当は効果があるのにサンプルサイズが小さいため、それを示せなかったのかもしれない。

これは考察です。どういう考察をしても自由ですが、結果は「有意差がなかった」です。

また、この論文では、患者群ごとにそれぞれ別個に、インターフェロンの効果を比較したのであって、「OSMS患者に対する効果」と「CMS患者に対する効果」とを比較しているわけではないのです。

要旨には「OSMS とCMS における本治療効果の程度や方向性が同等であることが示唆された」なんて書いてありますが、そんな比較検討なんてはじめからしていないのです。

<ツッコミポイント3>
さて、論文を読んでも、この研究の第一の評価事項である年間再発率の定義が理解できないのです。

著者たちが引用している北米の研究の定義ならすんなり分かるのですが、なぜわざわざ異なる計算方法をしたのか分からない(専門家の先生には分かるのだろうと思うので、これは理解できない私の問題なのですが)。

で、もっと単純に、再発した人、再発しなかった人を数えてみました。

こっちのほうが直感的で分かりやすいし、著者たちが引用している北米の研究では、年間再発率とならんで、この非再発率も第一の評価事項となっています。

しかし、この日本の研究では、非再発率は、第二の評価事項の最後になっていて、しかも要旨では非再発率の結果については触れられていません。

で、結果はどうなっていたかというと、

623ページ
A total of 42/95 (44.2%) in the 250 μg group and 32/93 (34.4%) in the 50 μg group were relapse-free at the end of the study

624ページ
The proportion of relapse-free patients was 28% (5/18) in the 50 μg group and 27% (6/22) in the 250 μg group in patients with OS-MS, compared to 36% (27/75) in the 50 μg group and 49% (36/73) in the 250 μg group inpatients with C-MS.

わかりにくいので書き直すと

まず、MS患者全体では、再発しなかった人は、
50μg群では、93人中32人(34%)
250μg群では、95人中42人(44%)でした。

250μg群のほうが再発しなかった人が多い(再発した人が少ない)ですが、統計学的には有意ではありません。(たとえ有意水準を0.10にしても有意にはなりません)。

OS-MS患者だけを見ると、再発しなかった人は
50μg群では、18人中5人(28%)
250μg群では、22人中6人(27%)
検定をするまでもありません。

再発率は差がありません。

C-MS患者だけを見ると、再発しなかった人は
50μg群では、75人中27人(36%)
250μg群では、73人中36人(49%)
250μg群のほうが再発しなかった人が多いですが、統計学的には有意ではありません。(有意水準を0.10にするとぎりぎり有意にはなります)。

さらにまとめると、非再発率は、MSの患者さん全体でも、OS-MS患者だけを見ても、C-MS患者だけを見ても、2群間に有意差はなかった(インターフェロンに効果はない、少し正確に言うとインターフェロンを上乗せする効果はない)ということになります。

<ツッコミポイント4>
実はこの研究に参加した人は全部で205人いたのです。

しかし、解析されているのは188人。マイナス17人はどこに行ったのか。

本文を読むと説明してあります。

この研究では、50Μgなり250μgなり、目標とする量を注射するのに、はじめからその量を注射するのではなくて、少しずつ増やしていきます。

この増やしていく過程の途中で研究参加をやめた人が13人います。この13人は、50μg群だったのか、250μg群だったのか書いてありません。

もちろん、OSMSの患者さんだったのか、CMSの患者さんだったのかも書いてありません。

なぜ薬を増やしていく途中に研究参加をやめたのか、その理由も書いてありません。

これは非常に問題です。なぜか。

インターフェロンには副作用があるからです。

薬を十分に増やした後でも、50μg群で96人中5人、250μg群で96人中15人もいます。

薬を増やしていく途中に研究参加をやめた13人の中にも、副作用のせいで薬を続けられなかった人がいる可能性があります。

さらに、もし、OSMSの患者さんにはインターフェロンには効果がなく副作用しかないのなら、この13人の多くはOSMSの患者さんである可能性が高い。

この13人の患者さんを解析からのぞくことは、OSMSの患者さんに対するインターフェロンの価値を過剰評価することになってしまう。
--------------------------------------------------------------------------------
大きなツッコミポイントは以上の4つだと思います。

これをふまえて、改めてこの論文の結果と考察を私なりにまとめると、

【結果】
(他の多くの研究と同じように、両側検定を行うのであれば)、年間再発率も、非再発率も、50μg群と250μg群とで有意差はない。

ましてや、OSMS群、CMS群それぞれを見たサブグループ解析でも有意差はない。

【考察】
有意差がなかったのは、インターフェロンには効果がないからかもしれないし、サインプルサイズが小さかったからかもしれない、となります。

なぜ、この論文の著者は、多発性硬化症についてはシロウトの私でも分かる怪しい解析をしたのか?

以下は、疑り深い私の妄想です。そんなことはない!と怒られれば素直に取り消します。

おそらく結論ありき、だったのではないでしょうか。

「インターフェロンには日本人のMSに効果がある。もちろんOSMSにも効果がある」という証明したい結論を証明するためにこの研究を行ったけれど、普通の解析では有意差がなかった。

だから、両側検定では有意差がでないから片側検定を行い、従来の研究と違う年間再発率の計算式を使い、従来の研究では第一の評価事項となっていた非再発率は重視せず、治療の初期で研究参加を取りやめた人たちをを除外して解析した。要旨にも、行っていない解析を書いた。

スミマセン。とても意地悪な妄想です。

しかし、Pさんがおっしゃっているように、この論文が、「事実上OS「MS」はCMSに治療反応性が類似するとのお墨付きを与えた」のであれば、やはりこの論文の怪しさは批判されるべき問題だろうと思います。

繰り返しになりますが、「OS「MS」はCMSに治療反応性が類似する」なんて、この研究では、そんな解析・検定はやっていないのですから! 

さらに、繰り返しになりますが、MSの患者さん全体についても、普通の解析・検定なら、有意差はなかったのですから。

本文を読めば分かることです。要旨を読んだだけでも、怪しい(普通ではない)ことが分かるはずです。

この論文に影響を受けた人の中には、要旨しか読んでいない、要旨を読んでもその問題点を評価できない、本文を読んでもその問題点を評価できない人がいた可能性は否定できないと思います。

この論文発表後の治療の変化が本当にあったのだとしたら、「インターフェロンはMSにも、OSMSにも効くはずだ」という医師の経験や勘による治療についての信念が、臨床研究の結果の解釈をねじ曲げた、一つの悲しい例であるような気がします。

投稿者 大森 : 2009年11月10日 09:56
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