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 ふざけた話だ(「基本情報」病は重い病か?) ― 昨日の説明会は大成功だったが、それでも許せない連中が2、3人はいた(カリキュラム体系資料付き) 2009年02月21日

昨日(もう一昨日になったが)の4年制カリキュラム説明会(http://www.ashida.info/blog/2009/02/it.html#more)で出た質問は、案の定、経産省の「基本情報」、「情報処理技術者試験」(http://www.jitec.jp/1_08gaiyou/_index_gaiyou.html#shikentowa)を外して専門学校がやっていけるのか? というもの。また「基本情報」をやらずして就職は可能なのかというもの。

未だに専門学校からこんな質問が出る。「ふざけやがって」という感じだ。

何度も言うが、では経産省の「基本情報」をかかげて成功している専門学校がどこにあるというのか。何度も言うが、では「基本情報」をとらせてまともな就職をさせている専門学校がどこにあるのか。そんな学校はない。断言してもいい。

逆の言い方も出来る。「基本情報」以外のことをやって大丈夫なのか、という疑問を100歩譲って認めたとしても、それでは、そう「心配」している専門学校は「基本情報」以外の何をやれるというのか。「『基本情報』以外のことをやって大丈夫なのか」という「心配」が「できる」ためには、「基本情報」なしでもカリキュラムができる、人材教育が出来るという能力を前提していなければならない。本当にそんな能力があるのか?

あるわけがない。要するに現在の専門学校の現状は、やれても「基本情報」どまりなのである。それは「基本情報」を意識的に目標にしていない学校でさえそうだ。その意味では「基本情報」を目標する学校の方がまだまし、と言える。

いずれにしても「基本情報」以外のことをやっても大丈夫かというのは、専門学校の無能力の表現(無能力の心配?)にすぎない。

そもそも「カリキュラム」さえ存在していない。「時間割」が存在しているだけである。「カリキュラム」と「時間割」との違いさえわからない。

「頭のいい」文系大学生(さえも)が一人で勉強しても取得できる程度の「基本情報」を、専門学校が2年間かけてやっと取れる現状(それでも専門学校の平均合格率は40%以下だろう)で、「『基本情報』を外してもいいのか」というのは、どういう質問なのか。私には理解できない。

要するに、「まともな勉強さえ出来ない偏差値40の学生に、やっと『基本情報』を取らせました。学校のプレゼンスはありませんが、「経産省」のお墨付きです。それでお許し下さい」というのが、この質問の意味するところである。要するに専門学校唯一のプレゼンスを外して大丈夫なのか、というのがこの質問の意味。

ふざけた話しだ。偏差値40の学生しか相手に出来ないのは、(できても)「基本情報」くらいしか教育目標に出来ない専門学校教育の現状の結果であって、その逆でない。

学校の教育(体質)に問題があるにもかかわらず、それを学生のせいにしている。問題を解決する方向にではなく、棚上げにしようとしている。偏差値40なのは、学校の教育や教員の値であることを忘れている。学校に実質的な力がないのにどうやって「一流」の学生が来るというのだ。自分の無反省を忘れて、わざわざ高い金を払って入学してくれた学生にケチを付ける。どういうことだ。だから専門学校は誰にも相手にされない。

さらにこんな質問も出た「『基本情報』は大学のその分野の先生方や企業の人の意見も聞いて作った人材像に基づいて出来ている資格。そんなに軽々しく扱ってはいけないと思う。『基本情報』もまた産学協同の成果ではないか」。

何を言ってるのか(怒)。ではその(偉い)教授達の学校で、「基本情報」カリキュラムをやっている学校はあるのか。東大、東工大、早稲田、慶應、あるいはその周辺校から「二流」と言われる学校も含めて、どこの大学工学部のIT系教育で「基本情報」カリキュラムをやってるのか。どこにもない。それは情報処理学会がアメリカの情報教育を元にして作った「J07」カリキュラム(http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/taikai70sympo/index.html)も同じこと。

その連中も(エライ)自分たちではやろうとも思わないカリキュラムを作って、「何も出来ないのならこれくらいやっておけば」と言っているだけ。乗ってくるのは三流以下の大学にすぎない。その延長の末席に専門学校の情報系が存在している。ふざけた話しだ。

基本情報のお膝元の「IPA」(http://www.ipa.go.jp/)でさえ、人材確保のウイングを広げたい(つまり大学文系にもIT業界に入ってもらいたい)と思って作っている「基本情報」になぜ「専門」学校の情報系がのっからなくてはならないのか。

乗っからざるをえない理由についてはもう何度も書いているので(http://www.ashida.info/blog/2008/10/1.html)、ここでは触れないが、就職が出来ないのではないかという質問については実績だけ触れておく。

この4年制カリキュラムの前提になった(私の指導した)専門学校2年制WEBプログラミング科カリキュラム実績(間近の2007年度)は以下の通り。

就職実績は、2年生の4月末で100%(在籍比)。この専門学校の学生は2年になった途端に全ての学生が就職できている。もちろん「基本情報」は誰も受験すらしていない。この就職内定率は全国の大学、専門学校含めてもっとも早期の就職実績。年度末でどうしようもない会社に就職させて就職率100%(しかも就職希望者が分母の就職率)というのはむしろ「基本情報」を目指している学校にありがち。「基本情報」を捨てたおかげでやっとまともな就職が出来るようになったということだ。

ついでに言っておけば、2年次就職内定以後の年間出席率平均も98%を誇っている。何を学ばねばいけないか、どういった仕事をするためにはどんな技術を身に付けて卒業しなければならないかを学生がよく理解しているからだ。カリキュラム(具体的な人材目標に基づく科目配置)がしっかりしているからである。カリキュラムのない時間割だけの学校は入学して時間が経てば経つほど出席率が落ちる(就職内定が出ればもっと出席率は落ちる)。上級生は長い学校との付き合いで学校の教員とカリキュラムの出来の悪さ、あるいは履修管理のずさんさを見極め始めるからである。

それでも出席率が落ちない場合があるとしたら、それは、カリキュラムが出来ているからではなくて「担任がしっかりしている」だけのこと。その場合はクラス毎(=担任毎)に差が大きい。専門学校は、カリキュラムと教員の専門性の無さを担任の「人間性」で補ってきただけのこと。しかし、「専門性の高い人間」がそうどこにでもいるわけでないのと同じように、「人間性」にすぐれた「担任」もどこにでもいるわけではない。

卒業年次の4月末で100%というのは、優良会社の就職を意味している。内定実績は、日本総研、日立ソフトウエアエンジニアリング、リコーテクノシステムズなどかつて専門学校の就職を拒んできたそうそうたる会社。「一流」大学の学生さえ就職が難しい会社に「総合職」(=SE採用)就職している。「『基本情報』をもっていないと就職できない」というのは嘘、「嘘」とは言わないまでも根拠のない話にすぎない。何もやる気のない学校の言い訳にすぎない。

※なお、この実績における私の学生達への檄演説はこちら→http://www.ashida.info/blog/2007/11/post_227.html

「『基本情報』」を取っておいて欲しい」という企業はIT技術者人材を要求しているのではない。「基礎」勉強をよくやりましたね、ということにすぎない。しかし、そんな「基礎」勉強にすぎないものを「よくやりましたね」と評価するのなら、東大や早稲田の理系学生の方がはるかに「基礎」勉強が出来ている。

つまり「『基本情報』」を取っておいて欲しい」と言う企業は元来学歴志向なのである。基本的には高学歴学生を取りたいと思っている企業である。そんな(くだらない)企業に学生を入れて、どう専門学校の就職実績になるのか。たぶん「頭のいい」大学生人材のお手伝いをするマンパワーになるだけのこと。学生を見殺しにするだけのことだ。

なぜ、そんな人材評価しかできない企業の言うことを聞くのか。しかもその企業でさえ、そんな人事部の人材評価に(事業現場や経営者は)必ずしも満足していない。「『基礎』だけやってもらっておけば」と言う割には、その企業の人事部も社内研修(専門研修)などろくにやっていないのだ。研修屋の教育もはるかに程度が低い(この記事の末尾の「当日のメイン発表資料」4~7参照のこと)。

つまりわけのわからない専門学校教員(専門学校教務・就職部)とわけのわからない人事部の共通言語が「基本情報」だということになぜ誰も気付かないのか。

日本のIT人材教育は大学も企業内教育もろくに機能していない。ここにこそ実践的な専門学校の活路があるのに、なぜ専門学校はそのことに気付かないのか。

我々の今回の試みは、その初の本格的な試みとなる。絶対に成功させてみます。


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追記(1):もっとふざけた参加者がいた。我々の発表が終わると我々メインの発表者と名刺を交わさずに、協力してくれた早稲田の鷲崎先生とだけ名刺交換して帰る参加者だ。「このオッさん、何考えてんの?」と思わず叫ぼうと思ったが、我慢しておいた(苦笑)。

専門学校はこんな程度である。「基本情報」を作ったり、「J07」を作ったエライ先生とだけ名刺を交わそうとする。こういう輩(やから)こそが、鷲崎弘宜(http://www.washizaki.net/ja/wiki.cgi?AssociateProfessor)の本来の仕事の業績がわからない連中。関わり方、連携の仕方を知らないくせに「名刺」だけは交換しようとする。連携とは実力がないときにするものではなくて、実力があるときにこそするものだ。

高校生諸君、大学の先生を単に「エライ」先生と思っているような専門学校に入学してはいけない。最初から専門学校を自分で否定しているのだ。この連中はカリキュラム開発の本格的な発表会の現場でさえ、まともな質問一つせず「人間関係」しか見えない。営業にすぎない。なぜ、高度なカリキュラム開発発表の現場に、営業しかできない担当者をよこすのだ。とっと専門学校から立ち去れと言いたい。

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追記(2):この発表の準備をしている、木曜日(実際は金曜日)の夜中2:00くらいか、NHKの深夜番組(地球特派員なんとかという番組だったと思うが)で、福田内閣の経済担当大臣だった大田弘子(http://ja.wikipedia.org/wiki/大田弘子)が面白いことを言っていた。「少子化高齢化時代の日本では、若者が少ない。若者が少ないということは一人一人の若者に求められていることが多いということだ。そこをどう考えていくか」といったようなことだった。大田でさえ、この程度のことを言うようになってきている。少子化現象は学校関係者にとっては募集の問題ばかりが目立っているが、そうではない。日本の若者の一人一人の生産性を付加価値も含めて高めなくてはならない。それが最後の学校としての高等教育の課題だ。そう思うと身の引き締まる瞬間だった。4年制カリキュラム発表会の当日にふさわしい大臣の発言だった。

それもこれも含めて24日(火曜日)の専修学校フォーラム(http://www.invite.gr.jp/news/2008/forum2009program.htm)の私の発表とパネルディスカッションで、この問題をのっけから取り上げようと思います。

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●以下が当日の参加者のアンケートです。

オブジェクト指向、WEBシステム開発で4年間がまとめられたカリキュラム、コマシラバスのボリュームだけではなく、「流れ」が出来ていることに感心した。

「基本情報」が余り必要ではないのではないかと考えていたので、とても納得できた内容でした。企業との関わり方もお話ししていただいて、ありがたかった。学生の就職に関しての不安な部分だったので心強く思いました。

カリキュラムロードマップ、コマシラバスの作成方法などが印象に残りました。

カリキュラムは何を目指しているのかが非常に明確で、かつ高いレベルを目指されているのがよくわかりました。別の機会で芦田先生から4年間全体の資料は頂いていたのですが、今回はその流れとどこまで教えるのかの全体を知ることができ、大変参考になりました。

大変膨大な作業を提示していただき、本当にありがとうございました。JAVAとオラクルを用いたオブジェクト指向設計や実装を指導している立場としてはたくさん参考になる点がありました。5学期制も基本情報に対する考え方もためになりました。ぜひコマシラバスを詳細に検討させていただきたいと思います。

整備されたコマシラバス、シラバス間、科目間の流れ(綿密な連携構造)に感心しました。大学に充分競合できるすばらしい内容だったと思います。芦田先生のお話をもう少し聞きたかった。

「資格」脱却の思想からカリキュラム開発が始まっている点がすばらしい。実装「パターン」教育を取り入れている点が素晴らしい。

「基本情報」主義反対について、私も賛成です。もっとそういった企業が増えていって欲しい。

カリキュラムの中で、習ったことを忘れさせないための工夫が織り込んであったことが大変参考になりました。

「基本情報」くらいは、このカリキュラム(あるいは以前の2年制カリキュラム)を経た学生であれば、一ヶ月か一週間で合格するというお話が印象に残りました。

形式や「基礎」教育にとらわれずに実質的人材を作ることが先決ということと大学の人材育成動向についいての芦田先生のお話が印象に残りました。

体系的なカリキュラムの作り方、座学と実習の比率について印象に残りました。また入り口を意識するのではなく、出口側の企業を中心にしてカリキュラムを考えるところが素晴らしいと思いました。

5期制の考え方は、学生に対してもよいシステムだと思いました。段階分けで学習状況をレベル分けして学習状況を確認できると思いました。〈分析〉についての専門学校の取り組みは少なく、教員の講義の中でしか触れられていないと思っていたので、科目群として本格化するのはよいことだと思いました。

脱「基本情報」カリキュラムということに感心しました。

従来の専門学校では「分析」教育が出来ていないということ、概論から具体的な展開、そこから実習への流れといった授業の進め方が印象に残りました。

「基本情報」の重要性に対する質問がずいぶんと出ていて、これに対するポリシーの必要性を考えさせられました。

具体的な内容を〈シラバス〉で示されていてとても興味を持った。今までの情報教育について改善すべき点があると思いながら仕事をしてきたが、具体的に示されたところがよかった。ぜひ受け入れてみたい。

全く違った分野の者(服飾)ですが、4年制カリキュラム作りの参考になりました。

(以上アンケート終わり)

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※当日の私のパワポのアウトライン(発表時間20分)

【パワポ1枚目】「人材」教育とは何か(1)
●はびこる「基礎」教育主義 ― 「基本情報」「J07」の基礎教育主義
①CS(Computer Science:コンピュータ科学)
CSは、情報の表現・蓄積・伝達・変換に関するアルゴリズム的プロセスを、理論・分析・設計・実現・評価の各面にわたって系統的に扱う領域である。この領域の根底にある問題意識は、「何が効率よく自動化できるか」である。

②IS(Information Systems:情報システム)
ISは、社会や組織の問題点を見つけ出し、組織の変革を行い、費用対便益の高い情報システムの開発・導入を創造的・効果的に実現するために必要となる、理論・技術・技量を幅広く扱う領域である。この領域の根底にある問題意識は、「いかにして最大の費用対便益をもたらすか」である。

③SE(Software Engineering:ソフトウェアエンジニアリング)
SEは、CSおよびソフトウェア工学を基にし、「体系化された方法論および計量技法を用いて、ソフトウェアシステムを開発、運用および保守すること」を目的とする領域である。

④CE(Computer Engineering:コンピュータエンジニアリング)
CEは、情報のプロセスを応用各面にわたって系統的に扱い、ハードウェアでの実現を目指す領域である。

⑤IT(Information Technology:インフォメーションテクノロジー)
ITは、情報システムから、アプリケーション技術、そしてシステム基盤に至るまでの広い範囲にわたって、組織や個人の情報技術に関する広範なニーズに答えることを目指す領域である。

以上が「J07」のカリキュラム体系(「基本情報」はもう少し人材意識を持っているがこれに似た内容にさらに経営系の内容が加わる)。こんなものを並列的に教えても人材教育にはならない。何かが「できる」人材を作ろうとしてない。人材教育の基本目標は、「知る」教育目標ではなくて、「できる」教育目標でなければならない。


【パワポ2枚目】「人材」教育とは何か(2)
●「基礎」教育主義は、反人材教育
①知識の体系と人材教育の体系とは別
②そもそも「基礎」人材というのは存在しない。人材教育とは専門人材教育でしかない。

●「基礎」教育主義は、偏差値50以下の学生に馴染まない
①「あれもこれも」の勉強スタイルは、資格・受験教育。受験勉強が一番苦手な人が集まっているのが、専門学校(教員も学生も)。受験勉強の単調主義(暗記教育)、抽象主義は、人材育成に反する。お勉強「パーソナリティ」だけが人材の徴表になってしまう。
②専門学校生は具体的なもの(知識ではなくて人材 ― 何かが出来る人間)に関心を寄せる学生達。具体的なものから始まり、具体的なものに終わる勉強以外に彼らが熱心に勉強する契機は存在しない。

●「基礎」教育主義は、人材専門教育への断念を前提している
①大学では専門教員が「多すぎて」人材専門教育が出来ない。「あれもこれも」は各大学教員の身分保障。「基本情報」も「J07」もそれぞれの分野(CS,IS,SE,CE,IT分野)の専門教授が自分勝手なことを執筆しているだけ。お任せ執筆にすぎない。だから「基礎」教育と言っても全体の「基礎」教育ではなく、それぞれの分野の「基礎」が並列してだけ。「基礎」同士のつながりは依然として抽象的なものにすぎない。「基礎」教育としても成功してない。ここを横断して全体的に体系化しようとすると大学教授は連携できない。ひとかどの専門家たちであるために、百花騒乱、議論がまとまらなくなるに違いない(苦笑)。「全体の専門家」というのは矛盾した表現だからだ。
②専門学校では専門教員が「少なすぎて」人材専門教育が出来ない。「あれもこれも」は各教員の専門能力の欠如の結果。実習授業の放漫な運営か、過去問のパブロフ的な訓練で時間をつぶしているだけ。「実装」でさえ教えきれない、実装「パターン」はほとんど出来ない、その上、設計、分析は、授業で触れることはあっても本格的な時間をとって教えることが出来ない。〈設計〉〈分析〉の授業はほとんどない(記事末資料2を参照のこと)。そんな現状での3年制、4年制カリキュラムは、「卒業研究」「インターンシップ」「PBL」「演習」で水増しされたカリキュラムにならざるをえない。まともな知識や技術がインプットされていない状態で、何を「卒業研究」させるというのか。専門学校における「卒業研究」「インターンシップ」「PBL」「演習」という授業モデルは、全て教員の手抜き授業モデルにすぎない。3年目、4年目を担当できる高度教員がいない。3年次、4年次は実装復習教育でしかない。
③高等教育の「あれもこれも」教育による専門教育の断念が人材評価におけるパーソナリティ評価(コミュニケーション能力、問題発見・解決能力、人間力、社会力、マナー教育などの)を前面化させている。

●本来の「基礎」教育は、目標(人材イメージ)の方から決定される
最終地点のための基礎教育は、「あれもこれも」型ではありえない。「あれもこれも」は何にでもなれるための「基礎」教育であるために、学生が勉強の具体的な目標を持てない。自分がどんな具体的な職場でどんな具体的な期待を背負って活躍できるのかの想像が出来ない。この目標の欠如に耐えられるのは、一流大学の大学生(の一部)だけ。人材教育の「基礎」は、教育目標の方から選別されなければ、基礎にはなり得ない。基礎教育は最小化されなければならない。本来の基礎教育は目標の数だけ存在している。何にでもなれる「基礎」教育は何にもなれない。


【パワポ3枚目】大学生か、専門学校生か
●18歳で自分の仕事を決める危険性(専門学校生)
①高度な消費社会では、仕事の決定が遅れる
②特に家系と仕事のつながりが皆無な特異日本社会では、仕事の決定が遅れる
③大学生の受験動機は、18歳で仕事を決める危険に対する担保

●22歳で自分の仕事を決める危険性(大学生)
①学んだことを活かせる就職にはなり得ない
②パーソナリティと社風だけが会社選びの基準

●専門学校が「あれもこれも」の「基礎」教育に走るのは、自殺行為
①「あれもこれも」は、大学型教育。それでも大学が済むのは、「学歴」という資格の王様があるため。
②専門学校で一周遅れの三流の受験勉強(資格勉強)をさせるのは、最初からの敗北主義

●狭い選択の危険性を信頼と自信の選択に変えるには、「深い」「高度な」勉強をさせるしかない
①技術指標を25歳、30歳、35歳、40歳、それ以上というようにキャリア人生パス化し、一生をかけるに値する仕事だ、というように確信させるのが、専門学校の職業教育の使命。狭さの危険を「深さ」と「高み」でお返しするのが専門学校のミッション。
②卒業の出口で、入り口の危険を安心と自信に転換させるのが専門学校。そのことによって今の大学生の就職選択とは別の道があることを示すべき。

以上パワポスライド終わり。

3枚ではほとんどないも言えないが(私のこれまでのプレゼンで作った最も短いパワポだった)、詳しくは以下の一連の論考を読んでもらいたい→http://www.ashida.info/blog/cat34/

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※当日のメイン発表資料(PDF)→http://www.ashida.info/blog/images/OOP_curriculum.pdf

※4年制カリキュラム体系図(PDF)→http://www.ashida.info/blog/images/OOP_map.pdf

※科目毎に90分単位の〈シラバス〉(=コマシラバス)が、コマ毎の授業法、参考文献と共に存在していますが、それを見たい方は、私に直接メールを下さい。hironao@ashida.info です。

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(Version 5.0)

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感想欄

夜中に起きて拝読させて頂きました。

「頭のいい」文系大学生(さえも)が一人で勉強しても取得できる程度の「基本情報」を、専門学校が2年間かけてやっと取れる現状(それでも専門学校の平均合格率は40%以下だろう)で、「『基本情報』を外してもいいのか」というのは、どういう質問なのか。私には理解できない。

↑まさしくその通りです。
今の専門学校の大半は、このような現状です。だから、整理が必要です。

と言うより整理されています。

「企業」が、「社会」が望む人材とは何か? これが理解できていない関係者が多すぎです。

しかも「企業」経験が無い、もしくは少ない、またはそのような人との交流がないから、リアルな情報を手にしていない。

そうなると教育できなくなるに直結してしまう。

さらに質の悪い「マナー教育」「一般教養」という授業を増やしてしまう。

シラバスを見ると「一般教養」=「漢字教育」と思っている専門学校が多々ある。ビックリします。

専門学校の経営陣もしくは教務の中心者は「ふざけている」の分類に入る方が多いですよ。

「人材育成」は「出口」だけが重要ではありません。これは断言できます。

重要なのは、卒業後(社会人になって)9年後です。

ある規模以上の企業(年商2000億円以上)は新社員に対して、3年、6年、9年、12年、15年で分岐路を設定しています。

その中で一番重要になるのが9年時です。これを知らないで
人材教育は出来ないと思います。

つまり社会人9年生の像を描いてカリキュラムを構築しているのか?と言うことです。生意気に聞こえるかもしれませんが、
これをやらないといくら「出口教育」「出口が重要」「出口勝負」と言っても机上の空論です。

就職させた喜びだけに満足して人材育成をしてないのです。
企業は9年目で「こいつは管理職になれるのか?否か?」を判断します。

つまり「S級社員」以上になれるか?どうか?です。企業が社員の格付けを「J」「M」「S」「G」に格付けします。

それをさらに4段階に。つまりJ-1から始まり、



G-4までです。(12段階)
S以上が管理職です。

9年目までにM-2通過がひとつの分かれ道になります。
この制度は公には絶対になっていませんが、年商2000億円以上、社員数1000人以上の企業の一般的なやりかたです。
M-2を通過する人材像が重要になります。

生意気な意見でしたが、正直な感想を書かせて頂きました。
ご無礼をお許しください。

投稿者 masa : 2009年02月22日 02:18

>masaさん

いやいや、そういった企業の昇進体系(マネージメントキャリアパス)自体について、経営者も現場も決して満足していない、という資料を添付したのです。

一体全体、人材評価システムは、大企業も中小企業もなく、どこであっても悩みの種です。精緻なITSSさえも誰が満足しているというのですか。そこが見えないからこそみんな悩んでいるのですから。マネージメント系の人材評価システムは精緻すぎても大まかであってもうまくいかないのです。存在したとたんに次のことを考えなくてはならないのが、人材評価というものです。

私が「出口」といったのは入社時という意味で言ったのではなく、高校生の「基礎学力」に対比して使っただけのことです。「出口」というのは、教育目標(終わり)とほぼ同じ意味です。

投稿者 ashida : 2009年02月22日 02:42

拝読いたしました。

実際IT業界(NW関係)で働いているものです。

専門学校教育の実態というものをよく知りませんし、企業の昇進体系にも、疎いので、的外れな意見になるかとは思いますが、正直かつ愚直な感想を書かせてもらいます。

まず、基本情報という資格、現場では全く意味ありません。

それを2年もかけてとらせるという学校の目論見も分かりません。

現場で本当に必要になのは、実務経験に裏づけされた知識であって、教養ではありません。

昨今国家資格よりも、実務に近いベンダ資格がもてはやされるのは、そういう背景によるものだと思います(ベンダ資格の問題の原案は、実務で実際起こった障害が下地となってますから。。と言っても限界がありますが。)

「専門学校」というのだから、専門性、実務性を考慮したカリキュラムを考えてほしいと思いました。

たとえば、ベテランエンジニアを講師に招いたり、構築や検証業務を履修科目に入れるなど(難しいとは思いますが)。


勝手なことを書いてしまい、申し訳ありません。

無礼をお許しください。

投稿者 藻朱 : 2009年03月10日 12:12
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