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58 情報化社会とローン社会と終末論と
2000/11/6(月)00:15 - 芦田 - 10645 hit(s)


 ザウルスの新製品が出ると、手持ちのザウルスを安く売って、新しいものと買い換える。ノートパソコンの新製品が出るとまた手持ちのものを売って、新しいものと買い換える。ローンが終わるとまた別のローンが始まる。
 消費は欲望の充足というのが経済学の原則だが、むしろ消費こそが、欲望の充足を延期している。消費が生産を喚起している。買えば買うほど欲しくなる。それが「消費社会」といわれるゆえんだろう。この社会の特質は、〈終わり〉が見えないということだ。いつまでたっても充足することがない。ローンがずーっと続くということだ。もともと近代経済は信用(ローン)の経済であり、信用の本性は破綻を先延ばしするということである。つまり信用の本性は延期ということにある。
 そういえば、ずーっと続くということの始まりは、冷蔵庫だった。電気をつけっぱなしの家電の最初が冷蔵庫だった。それまでは、外出するときは、電気メータの停止を確認して出るくらいに、付けっぱなしということはなかった。今では、まずテレビのブラウン管に低電流が流れっぱなし(テレビがすぐ付くというのは最近のできごとで、昔は2〜3分かからないと画面が出なかった)。ビデオデッキやその他の家電に潜んでいるタイマー表示の液晶が付きっぱなし(もちろんタイマーも動きっぱなし。まるで時間が永遠に続くかのように)。ようするに家の中では、いつのまにか目に見えぬ消費の慢性化がおこっていて、誰もスイッチを切ろうとしない(=終わろうとしない)。
 付きっぱなしという現象は、時間や空間を支配する仕組みだった。冷蔵庫は、都市化現象(生産地である農家と消費地である都市との分離)とともに登場した。隣の畑に野菜があった頃は、保存冷蔵の必要はなかったのである。冷蔵庫のために、新鮮な野菜は犠牲になったが、この分離のおかげで、日本中、世界中の食べ物を食べられるようになった。あるいは、冬でも夏の食べ物を食べることができるようになった。
 食べっぱなし、食べることに終わりのない現象。
 つまり、食べることが自然(的な時間や空間)からの制約としてではなくて、意識的な選択の結果として生じるようになったということ。ビデオが登場して、テレビの時間(テレビの昼と夜)が意識的な選択の対象となったように、ここ数十年の近代化は、すべて選択性(=意識)の増大という動機を原理にしている。というより、近代化は、選択性の増大こそを主題としていたのである。「自由」「平等」「主体」といった近代的な諸概念は、すべて選択性の増大なしには成り立たない概念である。
 そうして、情報化は、その選択性の増大の極限の現象である。大型コンピュータが、「パソコン」になり、「パソコン」は「モバイル化」され、「モバイル化」されたパソコンは「携帯電話」になった、ということだろう。こういったコンピュータの進化は、「いつでもどこでも」を動機にしており、それは世界大の情報受発信、世界大のデータベースの形成と利用を目指している。これほどまでの選択性の増大はありえないだろう。〈情報〉という装置はあらゆる自然的な差異を中性化し、DNA操作によって〈身体〉も選択の対象としつつある。
 選択性の増大は、意識の増大を意味している。無意識、偶然、歴史的な所与を嫌う。携帯電話をもった恋人たちが、その破綻の瞬間に(彼や彼女の浮気を予感して)病的なくらいに(秒刻みで)「リダイヤル」ボタンを押し続けるのは、意識が関係を規定しているからである。自然な壊れ方ができなくなっている。別れるときにも〈選択〉しなければならない。別れるときにも〈理由〉がなければならないのだ。
 結局、〈意識〉はいつまでも死なない、ということだ。ずーっと電気が付きっぱなしのように、意識もその本性からして連続的なのである。〈都市〉が24時間生き続けている、そして今では〈サーバー〉が24時間生き続けるように、〈意識〉が極限まで拡張されつつある。すべては終わらない(かのようである)。
 人間の死も、同じようにDNAの解読(情報解読)によって相対化される。それは、身体を情報化する技術であって、人間も終わらない。〈ローン〉を払い続けなければならないからだ。死ぬこともできないかのように、〈終わり〉が退却し続けている。
 休息のない日常。
 それに疲れた人たちが、〈宗教〉に走る。〈ローン〉に終わりが欲しいように、〈終わり〉がほしいのだ。死にたいということだ。
 終末論と情報化社会は対局のところにある。情報化が進めば進むほど、宗教化(宗教的な逃走)も進む。膨大な〈終わり〉のストーリー、この世をあの世から分け隔てるストーリー、死のストーリーができあがる。
 しかし、こういった〈終わり〉のストーリーが〈終わり〉を忘れるためのもうひとつのストーリーだとするとどうであろうか。情報化も宗教も、結局のところ〈終わり〉を根源的に隠蔽するストーリーだとするとどうであろうか。


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