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120 re(2):HONDAのロボット「ASIMO」について |
2000/12/1(金)18:45 - 佐藤 - 7632 hit(s)
私は手塚治虫さんの漫画が好きですが、彼が「BLACKJACK」の中で死んだ人の(脳死に限らない)皮膚や臓器を他人に移植して使えるようにしてしまう。それは機能してなかったものが機能するようになる事で、そういったことは一部現実に行われていると思います。たとえば、皮膚や角膜をもらって普通に暮らせるようになった人はその皮膚や角膜の元の所有者の一部を受け継いで生かしている。「心」とか「気持ち」の部分で私が感じるのは、人間同士である部分の「再生」、「再利用」が行われた場合にも気持ちの部分で元の所有者が残る(生きる)と考えられるけど、鉄の塊のロボットの一部分が再利用されても元の所有者(ロボット自身)が残るとは考えずらい気がします。どうしても感情論になってしまいますが、その感情こそが人間にとって大事だと思います。私の思ってる「感情」の部分までロボットが持ってしまうと、もう人間=ロボットになってしまう。涙や汗を流せるロボットの涙や汗はしょっぱいか?と言っても、食塩水を使えば・・・。世の中は答えのない問題が多い。ところで、僕の友人は「ASIMO」の中には白木みのるが入ってるんだって言ってます。(笑)彼の中ではすでにロボット=白木みのるになってしまっている。
宮川先生のおっしゃるように脳死=人間の死と定義する事は便利だと考えれば、便利になるのは無条件に受け入れられる事ではないんだな、と考え込んでしまいます。こうして考える姿勢を与えてくれる人は私の周りには少ない気がします。その位に多くの人が無関心なのは何故でしょう?お金に感心がある人は多いですけど・・・。芦田先生がテラハウスはパソコンスクールじゃないと言っている意味が「芦田の毎日」を読んでいると何となく解かる気がします。
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