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156 5/25(日)
01:45:30
 NHK 『阿久悠・時代を超えた歌たちよ!』  メール転送 芦田宏直  5642 

 
今日(24日)は夜の七時半から9時までNHKで阿久悠特集(http://www.oto.co.jp/otoakuyuu.html)があった。

私にとっての阿久悠は、やはり北原ミレイの『ざんげの値打ちもない』(1970年)だが、『ジョニーへの伝言』(1973年)の「友だちならそこのところうまく伝えてよ」もいい。「そこのところ」なんて、歌詞に入れることができるのは阿久悠だけだ。

今でも気になるのは、和田アキ子の1972年『あの鐘を鳴らすのはあなた』の「希望の匂い」。「匂い」はないだろう、と最初に聞いたときから気になっている ― この歌は、阿久悠が「女性ボーカリストの限界を越えて欲しい」と和田アキ子に念願して書いた詩だ。そう阿久悠が熱く語っていたのを今でも覚えているが、この歌から以後和田アキ子は少しもうまくなっていない。むしろたばこで声をダメにしていてとてもプロとは思えない。

●ざんげの値打ちもない(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?PDID=20019107
(阿久悠作詞 村井邦彦作曲/1970年)

あれは二月の 寒い夜
やっと十四に なった頃
窓にちらちら 雪が振り
部屋はひえびえ 暗かった
愛と云うのじゃ ないけれど
私は抱かれて みたかった

あれは八月 暑い夜
すねて十九を 越えた頃
細いナイフを 光らせて
憎い男を待っていた
愛というのじゃ ないけれど
私は捨てられ つらかった

そしてこうして 暗い夜
年も忘れた 今日の事
街にゆらゆら 灯り付き
みんな祈りを する時に
ざんげの値打ちも ないけれど
私は話して みたかった

「あれは」−「やっと」―「窓に」−「部屋は」、「あれは」−「すねて」−「細い」−「憎い」と一番、二番の頭の詞は、この歌の作曲家・村井邦彦(グループサウンズの歌ばかり作っていた村井邦彦は実はこの歌で一曲で充分歴史的である)の技量で意味的な韻を踏んでいる。このアクセント全体を「そしてこうして」と三番の歌い出しと全体が受け止めている(この歌は3番まで連続して歌わないと意味がない)。

北原ミレイの独特な声は、二番の「細いナイフを光らせて」という歌詞を歌うためのものであるように(太い声質のくせに)鋭利な切れ味のある声になっている。「あれは二月の 寒い夜/やっと十四に なった頃」と最初に聞いて、私はこの歌は演歌ではないと思った。十四の不幸など(私はそのとき16歳だったが)、1970年代(高度成長のまっただ中)の日本人はずーっと昔に忘れた不幸(忘れかけていた貧乏な不幸)で、この不幸の喚起の仕方が人工的な分、むしろ衝撃的な歌だったのである。高度成長の世間の流れに背を向けていた新人・阿久悠の私生活がよく感じ取れて、その反発感が北原ミレイを(敗北感漂う70年安保世代の)大学の学園祭の女王にしていた。

西田敏行『もしもピアノが弾けたなら』(1981年)は歌よりもテレビの『池中玄太80キロ』(http://village.infoweb.ne.jp/~kagibori/ikenaka/index.htm)が面白かったが、西田敏行はもう俳優としては終わっている。10年以上前から入れ歯になってしまって、せりふ(発声)が口内に籠もっている。入れ歯で上唇の肉も落ちてしまった。今日の阿久悠特集でも栄光の4番目(尾崎紀世彦・『また逢う日まで』1971、ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』1973、沢田研二『勝手にしやがれ』1977に続いて)に出てきたが、この歌を歌っていた頃(の「池中玄太」時代)が彼の絶頂だったのかもしれない。ときどき世田谷の『ヤマギワ』(今は石丸電器に変わってしまった)のCD売り場で見ることがあったが、和田アキ子のたばこといい、西田の入れ歯といい、こういった人たちは健康管理が命取りになる。「芸能人は歯が命」というコマーシャルがあったが、普通の人は(私の家内のように)普通に病気になるが(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=124)、この人たち(芸能人)は、健康が芸のすべてであるように生きている。そのことを忘れてしまってはダメだ。

石川さゆりの『津軽海峡・冬景色(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?PDID=20155982)』1976。「上野発の夜行列車降りたときから/青森駅は雪の中」。「たった二行で上野から青森まで行けるのはこの歌だけだ」と阿久悠自身が解説していたのを思い出す。なるほどね、と当時思っていた。それより私には石川さゆりだ。この娘は、確か石坂洋次郎の『光る海』のテレビドラマ化第二弾で、沖雅也(http://www.din.or.jp/~tapon/oki.html)の妹役で出てきた娘だ(http://homepage1.nifty.com/sayuri/s62.html)。なぜか劇中、帽子を被っていた。私には『光る海』というドラマが印象的だった。石坂洋次郎は単なる俗物だが、この人の小説にはいつも(若い人であっても)金持ちしか出てこない。その生活感のなさが私には魅力的だった。最初にテレビドラマ化されたときにも見ていたが(誰が主人公だったか忘れてしまった)、第二弾の沖雅也+島田陽子も悪くはなかった(映画では和田浩二+吉永小百合だった)。

1972年『京都から博多まで』。藤圭子。やっぱり娘(宇多田ヒカル)よりはるかにうまい(http://www.ashida.info/trees/trees.cgi?log=&search=%89F%91%bd%93c&mode=and&v=517&e=msg&lp=517&st=0)。「馬鹿」という歌詞をこんなに後悔を込めてうまく歌う人はいない(肩につめたい、小雨が重い、思い切れない、未練が重い、鐘が鳴る鳴る 哀れむように、馬鹿な女というように)。「馬鹿だな 馬鹿だな だまされちゃって 夜が冷たい 新宿の女」。

それにしても番組の途中途中で出てくる大竹しのぶの朗読はひどかった。阿久悠の散文(作詞の技量に比べればはるかにくだらない三流の散文)を歌の間間に読んでいたが、歌は少しくらい歌えても朗読まではこの俳優の技量ではまだ無理だ。同じNHKの武内 陶子(http://www.nhk.or.jp/a-room/ana500/ana/00047.html) や加賀美幸子(http://gtpweb.net/twr/mguest29.html)の朗読に比べれば、足下にも及ばない。番組の中ではじゃまな存在でしかなかった。そもそも劇中でなければ、もはやカメラの前に立てる年齢ではない(小じわしか目にとまらない)。

私の関心の外だが、森進一の1984年『北の蛍』(日本作詞大賞受賞)もよかった。「山が泣く 風が泣く 少し遅れて 雪が泣く  …  ほーほー蛍 翔んで行け 恋しい男の胸へ行け ほーほー蛍 翔んで行け 恨みを忘れて 燃えて行け」。森進一(や五木ひろし)はいつ歌っても(最初に歌った歌い方と)同じ歌い方をする。〈現在〉に自信を持っているからだ。昔の歌を歌っても昔の歌を歌っていると思っていない。それがすごい。

尾崎紀世彦(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20110782)が名曲『また逢う日まで』(阿久悠作詞)を歌うときには当時と違う歌い方をしてしまう。一緒に歌おうと思っても“向こう”が外す。まるで「俺は昔の歌だけで生きているわけではない」と抗弁するかのように。それが彼の〈現在〉をダメにしている。この番組のサブタイトル「時代を超える」というのは時代に沈潜することであって、それこそが〈現在〉を拡大することの意味である。尾崎紀世彦にはそれがわからない。歌い方を変えることによって、むしろ彼は時代に流されているのである。

2001年・48歳で死んだ今は亡き河島英五(http://www.amiru.net/EIGO/index2.htm)の『時代おくれ』(1986年)も私の関心の外だが、NHKは、故・河島英五(http://www.chaeil.net/HTML/Stories/2001/11/03/10048061553.html)というテロップも入れずに放映した。どうするのだろうと歌が終わるまでそのことばかりを気にしていたが、河島が歌い終わって舞台の袖にさがるときに、一瞬その歩みをスローモーションにしていた。それがやけに悲しかった。そのときに河島の優しい目尻が目に浮かんだ。私はこの歌手は好きではないが(そもそも本当にシャイな男が「妻には涙を見せないで 子供に愚痴をきかせずに」なんて人前で歌うはずがない)、自作の『酒と泪と男と女』(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20102905)よりは、この阿久悠作詞の『時代おくれ』(http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20021903)の方がはるかにこの人に合っていると思う。

阿久悠の作品のすべては、ほとんど私や同級の家内の“青春”時代を被っている。今日の午前中に入院した家内(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=155.124.18)にも携帯メールに「NHK阿久悠特集」と送ったが、ステロイド点滴中で見られなかったらしい。

「私が再々入院した当日にそんなに盛り上がらないでよ。太郎(息子)が変に思うでしょ」と電話口でも『ざんげの値打ちもない』を歌う私にあきれていたが、まあ、退院後にでもゆっくり再鑑賞しましょう。『コクーン』(http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=73)に最上画質でしっかりと録画しておきました。


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