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結婚おめでとうございます、大谷選手 ― 彼のお相手が彼に?似ている?ということについて[日常]
(2024-03-17 18:06:31) by 芦田 宏直


大谷選手の結婚相手が大谷の顔に似ていると言われているが、それは、ある意味当たり前で、たぶん、大谷のお母さまの若い時代の顔に彼女が似ていたからに違いない。

こういうカップルは大谷選手にかかわらず長続きする(と、私は彼の結婚を勝手に楽観視しているが)。似ても似つかぬ顔の場合は、男性の方に、女性の顔の原型について像が存在していないため、女性と同じような異性彷徨が生じやすい。そんな男に?引っかかる?と女性は大変だ。

女性が彼氏との最後の決断(結婚)を判断するときには、彼氏のお母さんに会えばいい(一番いいのは彼氏のお母さんの若いときの写真を見ること)。似ても似つかぬ人であれば(たとえば、自分は丸顔なのに、お母さんは面長だとか)、結婚は避けた方がいいかも。これは、結婚に限らず、普通の?交際?であっても、自分が彼氏の(単なる)遊び相手かどうかの判断にとても役立つと思います(笑)

それにしても、大谷に同伴して初めて人前に登場したときの彼女の姿は、なんとまあ晴れ晴れしいことか。
なんのスターでもない私であっても、家内と13年以上付き合って、?公表?したのは仲間内にさえ結婚式一週間前だった。

女の人が彼氏と共に表(おもて)に出るというのは、とても不思議な出来事なのだ。言語がピラミッドの竪坑のような時間性(デリダ)をもつことに似ている。大谷本人こそ、彼女が母親似だとは全く自覚していないからだ。
私も、家内と母親が似ていると思ったのは、私の(昭和5年生まれの)母の大学時代、テニスしている姿の写真を見たときでした。私はその時48歳。決して仲良くはなかった蟹座の母でしたが、その時、ぞっとしました(笑)。男の人が好きな女性と出会うというのは、ある種、曲がった時間の中でのことなのです。

『愛がなんだ』(脚本・田波靖男、監督・広瀬襄、 2019年)という岸井ゆきの、成田凌の名演が光る映画。そこには、女性がどんなに愛していくら迫っても全く微動だにしない男と男女の恋愛の悲喜劇が描かれていますが、男の恋愛の本質は優しい、冷たいという軸を超えているわけです。

学生だった吉本隆明に、太宰治は「男らしさとはマザーシップだよ、きみ、その無精ひげを剃れよ」と言ったらしいが、そんなことは、『愛がなんだ』の成田凌には全く通じないというのが、男のマザーシップの本質だ。


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