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【増補改訂版】今日の大学教育の衰退について ― あるいは、学力論、動機論、試験論、そして教育の組織性についてver15.0[これからの大学]
(2022-10-18 22:51:24) by 芦田 宏直


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※文科省が「多様な学生」という言葉を使った最初の答申は、(私の知る限り)1991年の大学審答申「平成五年度以降の高等教育の計画的整備について」だったが ― まさしく中曽根臨教審直後の答申 ― 、そこでは「高等教育の規模が拡大し、多様な学生が学ぶ状況で、学生の学習意欲の向上を図り、学習内容を着実に消化させるためには、学生の学習に配慮した教育プログラムの開発・提供に取り組むことが重要である」と指摘されている。「学生の学習意欲の向上を図り、学習内容を着実に消化させるため」の「多様な学生」ということだ。アメリカ的な「ダイバーシティ」(ある種「生物多様性」論的な)とは異なる「多様な」という言葉の使い方で導入したことは明らかだ。
アメリカの大学の「ダイバーシティ」は、留学生であれ、経済的に恵まれていない学生であれ、学力は高くて当たり前というような風潮があるが(『ハーバード大学はどんな学生を望んでいるのか?』栄陽子)、日本のように受験偏差値による大学間格差が(一部の超エリート校との格差を除いて)大きくない分、一つの大学内での学生格差はむしろ大きく、リメディアル教育の必要性はアメリカの方が深刻な面もある。R・ホーフスタッターは、第一次世界大戦前後から始まる「大津波のように押し寄せてきた移民の子どもたち」への教育の取り組みを指摘しているし、ギデンズは17世紀まで遡って、ピューリタン的な「子どもの訓育」がアメリカの学校教育の起源だとしている。元々母国語が異なる移民の国だったアメリカの言語的・文化的な「アングロサクソン化」の移行機関が「学校教育」だった。「それに加えて」とギデンズは続ける。「それに加えて、学校は機会均等というアメリカ社会の理想を教え、移住者に新たな生活を築きはじめるよう奨励していった。誰もが平等に生まれているという観念は、他の国で同等の制度が確立されるかなり前に米国における大規模な大衆教育の発達を結果的にもたらした」(『社会学』改訂第三版)。苅谷剛彦が「アメリカでは一部の超エリート大学を別にすれば、学生の学力の分散は日本以上に大きい」(『アメリカの大学・ニッポンの大学』)と言うのも、ヨーロッパ型と異なるアメリカの大学の特殊事情を物語っている。その意味ではアメリカの大学の方が日本の中途半端な(研究もできない、教育もできない)大学よりはるかに「教育」の大学である。
文科省はすでに「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」=「四六答申」(1971年)において、アメリカ型に倣うような教育重視の大学組織論を提案していたが、「この改革構想は大学関係者の強い反発を買うものであり、政策としては具体化されることなく終わった」(天野郁夫『大学改革を問い直す』)。アメリカでは、学生の所属する組織は「カレッジ」と呼ばれ、教員組織は「デパートメント」と呼ばれている。日本では〈教育〉と〈研究〉とが一体化したヨーロッパタイプの「ファカルティ」(学部)に教員と学生の双方が属している(同前)。そのため日本における大学は、?一流?から?三流?まで、すべて「教育も研究も」というマインドに充ちている。昨今の「学長ガバナンス」論は、この「四六答申」の半世紀後の展開ともなっている。なんといっても「多様な学生」の現状は1971年(四大進学率20%以下)と今とでは比べようがない。大学=大学生「多様性」論の詳しい言及については、拙著『シラバス論』57頁以降参照のこと。

もちろんどこの大学にも優れた教育を行う教員はいるし、どの低偏差値大学の学生にも、偏差値の高低にかかわらず入学後の成長度の高い学生はいる。どこの大学のパンフレットにもその種の教員や学生が登場している。個人的な成果としてみれば、したがって低偏差値大学(?三流?大学)であれ、高偏差値大学(?一流?大学)であれ、どこでも同じ?成果?を出している。

これらの成果は、?一流?大学の場合には、「さすが」と言われることになるが、?三流?大学であれば、世間的には例外扱いになる。入学前、高校生が大学選択を行う際に、「私もこうなりたい」「私もこうなれる」と(偏差値を超えて)保護者共々確信してもらえるような大学を作るには、大学側が個人の(多様な)成果の一つとしてではなくて、大学の組織的な教育の成果だと示せるもの ― まさに「学修成果の可視化」 ― が必要になってくる。入学した誰もが、入学した時点から、大学の教育目標(授業目標)に向かってどこまで前進できるか。これが「組織的な」成果で問われている。


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