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【増補改訂版】今日の大学教育の衰退について ― あるいは、学力論、動機論、試験論、そして教育の組織性についてver15.0[これからの大学]
(2022-10-18 22:51:24) by 芦田 宏直


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もう一つ、奈須には決定的に欠けている観点がある。なぜ教員は、その子どもが時間内にその課題を完遂できるように指導できなかったのかということだ。時間(パンクチュエーション)のない学校教育など存在しないのだから ― アーレントも、「教育(education)は、学習(learning)と異なり、予見できる終わり(predictable end)を持たなければならない」(『過去の未来の間』)と言うとおりのことだ ― 時間切れの子どもは、子どもの?内発性?の程度、?才能?や?能力?の程度から生じたものではなく、教員の教育力と相関している。時間切れの子どもは、別の教員の指導下にあれば時間内に課題を完遂したかもしれない ― これが教育におけるクリプキ的〈可能世界〉論(『名指しと必然性』)。〈可能世界論〉的には、素質・才能論や動機論は、むしろ学生差別論であって、ありもしない(厳密に言えば〈記述〉できない)素因をでっち上げながら、教育を延期し続ける思想にとどまっている。〈可能世界論〉的には、子ども、あるいは〈人間〉は、いつでもそのつど〈自由〉だ。そもそも学校教育の教員の教育は、寝食を共にする徒弟制教育でもない限り、?時間との闘い?に関わっている。教材開発は?時間との闘い?なしには生まれようがない。「昨年まではこのことを教えるのに5時間かかった内容を今年は3時間で脱落者なしに教えられるようになった」というように授業改善の行動主義が存在する。余った(●●●)2時間はより高い教育目標の設定に関わっている。授業改善は落伍者を出さないことだけではなく、教育目標の更新に関わっている。奈須は、教育目標は子どもの才能次第という個人主義(デシ的な自己実現主義)に陥っているため、この?時間との闘い?という観点が逆立ちしても出てこない。だから彼は「教室は、一般に信じられているほどには、行動と結果の随伴性は高くない。つまり、必ずしも『為せば成る』環境ではありません」と言い、「一斉指導や相対評価に代表される伝統的な教室システム」自体を否定するわけだ(奈須の原理が個人主義だからこの結論は月並みなもの)。「行動と結果の随伴性」を高くすることこそが教員の教育行為であるという課題を棚に上げるのである。現場の教員の俗耳に訴えるこのそぶりこそ「俗流」心理学者のそれだ。

そもそも、動機(やる気)とはなにか? 動機論は、たとえば科目教育を離れて、「人間力」とか「問題発見・解決能力」とかを抽象的に分離して議論することと同じ傾向から発している。たとえば、専門書を読むには、「?専門書を読むとはどういうことか?という解説が必要」というのも同じ動機論の抽象性に属している。読むべき専門書(object)とは別に、それへの梯子(方法)があるという対象と方法との分離論だ。一年次の「基礎ゼミ」という動機論の固まりのような科目がこの分離論の掃きだめのような科目になりがちだ。しかし、そのもの(●●●●)(object)を離れて万能ハサミのような動機(導入)というものが存在するのだろうか。

たとえば、「わからない言葉があってもそれを気にしないであせらないで。先へ進めばわかるようになるよ」と(「基礎ゼミ」で)優しく言っても、最後までわからなかったらどうするのだろう。最初からその文献のどの頁の言葉でも、助詞単位の解読レベルで、前置詞単位の解読レベルでわかるように準備する以外に授業は成功しない。その解説はもはや「基礎ゼミ」ではなく、具体的な一つ一つの科目本体でしかない。動機の形成は本体にしかない。文献へ向かう動機は抽象的な?勇気?ではなくて、その文献自体が「わかる」ことなのだから。

たとえば、マルクス主義者にとっては『資本論』読解への動機は動機もりもりの対象だろうが、私は資本論を読んでいるマルクス主義者に会ったことはない。話を聞いていると、どの著作のどの頁でマルクスはそんなことを言っているの?と聞き返したいことばかりを彼らは話す。ただし彼らがどんな解説書を読んでそんなことを言っているのかは大概の場合予想が付く。それはハイデガーの『存在と時間』の場合でも変わらない。アリストテレスの『形而上学』の場合でもその事情は変わらない。

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