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症状報告(18) ― 〈人生〉を語ってはいけない[家内の症状報告]
(2003-06-19 00:06:56) by 芦田 宏直


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家内は、幼虫の毎日のように変化している。「左足少し動き始めた。右足かなり上がる。足先の感覚も戻り始めた」(9日)、「鉛のようだった左足が軽くなってきてあがるようになった」(10日)、「左足の支えが昨日より強くなっている」(12日)、「今朝左足先がかなり動いた」(13日)、「今朝、左足が(元気な)右足と同じように寝たままの膝立ができた! これができないと立っても前に踏み出せないから、大進歩」(16日)、「リハビリしました。まだパルス(ステロイド)の昂ぶりが体中に感じられてぐんぐんしています。これから効いてくるはず」というように。何だか、自分の体で遊んでいるみたいで、思わず、「楽しそうだね」と言ってしまいました。

 

11日の髄液検査では濁りは見られず、MRI検査でも患部は見えないくらいになっているとのこと(ミエリンの“炎症”箇所は、今のところ初発時と同じ箇所にとどまっている)。毎回の入院で同じようなことを繰り返しているから、今となってはどうということもないが、こんな急激な変化は、それ自体、体によくないんじゃないの、とも思ってしまう。この足の回復はすべて「ステロイド」治療の効果だ。「ステロイド」は免疫作用の抑制効果があるから、自己免疫疾患にはよく使われている。三日連続のステロイド点滴(単に「パルス」と呼んでいるが)が、昨日から4クール目に突入した。現在、家内の場合のステロイドの副作用は、免疫力の低下にあるらしい。それ以外には数値はほとんど正常値。風邪が大敵。清潔に保つことも大切だ。「病院」と言えば、ウイルスの集積所のようなところ。そんな病院で免疫抑制の治療を行うというのは背理だが、家庭にしても掃除をまめにする必要があるだろうから、どちらにせよ面倒くさいことだ。

最近は、仕事から帰って息つく暇もなく(息子に)夕食を作る〈生活〉にも慣れてきた。三品以上は用意することにしているから、われながら大したものだ。それに3月の初回の入院以来ずーっと乾燥機で乾かし続けた洗濯物も、最近ではすべて干すようになった。今日も室内干しが続くので「抗菌ハミング1/3」(http://www.kao.co.jp/soudan/answer/cloth/select/ans_03_win/soft3.html)を買ってきた。サラダも素手でレタスをちぎり取ることに不潔感を感じて、自分で作るのがいやだったが、その不潔感にも慣れてきた(たぶん、家内よりも水洗いは徹底してやっているし、私のサラダは世界一清潔なサラダだと思う)。仕事の方も、息子への夕食作りのために職員にゴメンナサイをして19:00〜20:00には学校を後にしているが、逆に自宅では家内が居ない分、土日も含めて仕事に集中できるようになったということもある。それは彼女との会話が減ったというよりは先のようなメール(携帯メール)のやり取りに変わっただけのことだ。自宅で上の空で聞いていた(失礼!)家内のおしゃべりよりは、メールの方がはるかに集中できるという点でも、全体は何も変わっていないのかもしれない。私と息子とでは(男同士では)、家庭での会話はまったくない(もともとない)。特に朝は一緒に食事を取るが、全く無言。5分くらい前後してどちらかが家を先に出るが、私が先に出るときは「電気消しておけよ」。息子が先に出るときは「行ってくるわ」。この会話が朝のすべて。お互いが、自分の時間を黙々と消化している。私は私、息子は息子、そして家内は家内だ。これが、私=私たちだ。

もともと〈生活〉なんて慣れることと同じことを意味しているのだから(〈生活〉というのは、人間が片手でも片足でも世界に順応するという意味で有機体であるというのと同じであるのだから)、それ以上でも以下でもない。恋人を無くして(亡くして)、追って死ぬほど悲しみに明け暮れた娘も、一年も経つとケロッとして他の男に夢中になってもいる。こんな変化(無変化)も、〈生活〉の中ではありふれた風景だ。もともと生きること、死ぬこともまたそれらを〈変化〉ととれば、〈生活〉の一部に過ぎない。

私は、父を18歳の時に急性白血病で失っているが、声も顔ももはや覚えていない。家には仏壇も写真も置いていないからなおさらのことだ。お墓参りももう何十年もしたことがない。「父を失う」ということは、「覚えている」とか「忘れる」という〈生活〉の問題ではないだろう。私に父親がいる、などという問題は、記憶の問題であるわけがないし、ましてや仏壇や写真に向かって手を合わせる問題ではない。私に父親がいる(いない)、ということは〈生活〉の問題ではないし、あれこれの〈変化〉に関わることではない。

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