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症状報告(14) ― 本日(14日)、退院します。[家内の症状報告]
(2003-05-14 00:04:40) by 芦田 宏直


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 色々とご心配をおかけしていますが、本日(5月14日)、退院ということになりました。一ヶ月ぶりの「再」退院ですが、とにもかくにも、この病気、「多発性」という言葉が付いているように、前触れもなく再発することがあります。だから「難病」指定なのでしょう。全く再発しない場合もあるし、何回か繰り返す場合もあります。繰り返す場合も、今回の家内の場合は、骨髄(首の少し下)の神経がおかしくなりましたが(そうやって足への指示系統がおかしくなり歩きづらくなる)、そこではない、たとえば視神経が病変になる場合もあります。場所も「多発」する可能性があるのです。ややこしい病気です。

 「難病」とは言ってもアメリカやヨーロッパには多く、日本では5000人〜8000人くらいの患者しかいないまれな病気です。もっともこの人数は曖昧で、診断が付かず「更年期障害です」と言われている患者の中の中にも“多発性硬化症”の人は潜在しているらしい(自然治癒する場合も多いため) ― もっともこの病気自体は20代、30代の若い人に多く、家内のように歳を取って発病する人はさらにまれなケースになるし(家内自身は「30歳、若返ったと思ってよ」とわけのわからない冗談を言っていました)、高年齢での発病は症状もそう重くはならないらしい(と言う人もいる)。アメリカ・ヨーロッパに多いおかげで、最近はかなり治療薬の研究も進んで(本気で再発を防ごうと思えば、現在でも「インターフェロン」の投薬もあるし、ここ数年のうちに完全治癒薬が開発されるという情報もあります)、ここ数年のうちに(この緊縮国家財政の中で)、「難病」指定も外されそう、という情報もあります(これはいいことかもしれない)。とりあえず、“発展途上国”の病気ではなくてよかった、というべきか。

 どちらにしても、私の考えでは、これは病気ではなく病気そのもの(THE 病気)です。歳を取れば、みんな“多発性硬化症”です。足は動かなくなる、目は見えづらくなる、病院へは通いがちになる。挙げ句の果てにガン、なんて病変は、まさに“多発性”“硬化症”です。

 社会的に言っても、組織の中にも“多発性硬化症”に陥っている人は一杯いて、何度注意しても同じ過ちを繰り返す人、忘れた頃に失敗する人、上司に見えづらい失敗を繰り返す人、そんな人は捨てるほどいます。その意味では、多発性硬化症は、THE社会(THE 職場)です。職場でも、家庭でも“難病”者を抱えて、私は家内の担当医よりも“名医”にならなければならない。大変、大変。病気とは比喩の比喩なのです。

 最近は、スーパーでの買い物の仕方に取り組んでいる。だいたい私がスーパーで買い物をすると、すぐに2000円を超える。たいした買い物をしているわけではないのに、すぐに2000円を超える(これを毎日繰り返している)。レジの前に並んでいる年金暮らしのおばあさんは、かごに一杯モノが入っているのに1000円以下、たいていは700円、800円止まり(まるで竹中緊縮財政の悪例http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=119、あるいはシュンぺーターのイノベーション理論の悪例http://www.ashida.info/jboard/read.cgi?num=121.119.2のような消費の仕方だ。こういった緊縮化や豊かさを“先のない”緊縮化、“豊かさ”と言うが、私の今の立場では、このおばあさんに脱帽だ)。この差がなかなか乗り越えられない。

 もう一つ、気になっているのは、レジの対応。単品を2,3個だけ入れたかごで夜の9:00すぎのレジ。店内にはそれほど人もいない。もちろんレジには誰も並んでいない。そこで中年過ぎのスーパーで食材を買うスーツ姿の(独身でもなさそうな)私。普通、こんな状況なら、精算を済ませば袋に入れるくらいのことはしてくれてもいいだろう。若い高校生くらいのアルバイトがそうしないのはわかるが、中年過ぎの主婦のアルバイトがそうしないのはどうしてか。腹が立つ。

 若い高校生でも優しい(あるいは気の利く)娘は、自然にかごに入れてくれたりもするから余計にこの中年の主婦に腹が立つ。そんな主婦レジには、わざとかごを置き去りにして立ち去ることにしている(もっとも夜の九時過ぎにレジアルバイトに立つ“主婦”というのも奇妙なものだ。ひょっとしたらろくでもない亭主に苦労を強いられている“不幸な”主婦で、私がその亭主に見えるのかもしれない)。

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