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私立中学受験に私は反対する(学歴社会とは何か) ― 子どもを愛せない親たちに再度捧げます。(2009-01-26 11:29:53)へのコメント

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by トロク(2010-04-22 14:01:33)

rainbow さん

芦田さんは、一部の人にとっては、わざと極端な意見に読めてしまうような書き方をたぶんあえてしているのでわかりにくいところがあるのですが、よくよく読むと、芦田さんの意図はもっと違うところにあるような気がしますよ。

代わりに説明しろと言われてもできませんが。

芦田さんの書き方から、それぞれの体験を思い出し、感情的になってしまって、もともとの内容を誤解してしまう人もかなりいるのだろうなあと思います。

私自身も時々そうなることがあります。でも、本当は書き方や文体ではなく、内容について考えたいと思っています。

今は、感情的になっておられるようなので、難しいかもしれませんね。私自身も感情的になってしまうとまったく文章が読めなくなってしまいます。

ですから、今すぐではなく、もう少ししたら、芦田さんの言っている個性という言葉の意味や、芦田さんが別に公立対市立のどちらがよいかというレベルのことを言っているのではないということが、伝わるといいな〜。

大きなお世話ですね。


by 高橋(2010-10-10 10:39:37)

私は元塾講師です。現在は違う業界で仕事をしております。

>>親が社会的でないこと、それが親の子供に対する最大の教育なのです。家庭は(くだらぬ社会学が言うように)「社会の基本単位」ではありません。家庭はもともと反社会的なものです。それを私は、「子供を信じること」(親であることを信じること)と言ったのです。そうやって自分すら信じることができない子供を誰が育ててくれるというのですか。卑屈なNobilityの集団。それが東京の私立中学校というものです。それは結局のところ、家族の力を信じていない者たちの集団なのです。

>> こういったときには、学校を選択したことぐらいでは、あるいは名門私立中学へ入れたくらいでは子供を養育したことにはならない。ただ単に「世間」に従って受験勉強をさせただけのことなのだから。親が社会的なものから自立していなければ、子供も自立しない。大人を小さくしたような子供にしかならない。「分別」をもった子供を作ってもしようがないではないか。親が本気で子供を育てようと思ったら、どんな社会的なノイズからも自由でなくてはならない。そもそも自由「である」のが家族なのだから。

本当に仰るとおりです。私は過去の中学受験世代で、知性と知識、教育と訓練は違うことを実感し、自分が社会からいまだ自由になることの困難さを実感しています。
中学受験進学塾の講師連中に読ませたい気分です。

私立中学受験教育に関しては、宣伝が多い中、最も内容のある批判だと感じます。今後のご活躍に期待します。


by あい(2013-08-28 09:54:39)

私は、現役の中高一貫女子中学の三年生です。

私は、自分が中学受験をさせてもらったことに感謝しています。
小学校の時の遊ぶ時間を削ってしまうのはよくないと言われがちですが、私たちの世界は、受験時代、小学校という狭い世界だけではありませんでした。

私たちは塾で、同じ志を持つ仲間たちと、友情をはぐくみ、大切なものを学んでいきました。

そして、私の小学校は公立でしたが、公立は最悪だと思いました

厄介事は見て見ぬふりする教師というのが、わたしのたんにんとして実在していたからです。

クラスメイトの向上意識も皆無、教師たちには生徒のひいきがはびこり、中学受験生いじめもしていました。
最低です。
偏見かもしれませんが、私は、公立小学校でさえこんなひどいさまなのに、中学の公立が、いいとは思いません。私の通う私立中学では、みなが同じ志を持っています。
学校の勉強は先取りで、普通の都立高校より、現役性の合格実績は格段にいいです。
そして、先生は最高です。
少しでも生徒に変化があると、積極的に電話をしてきて、しかも、一人でいる生徒がいると、職員室に誘って、よくゲームなどをしてくれます。
公立小とは大違いです。
私は、私立中学に入る意味は、たくさんあると思います。


by わかります(2016-02-27 13:34:43)

自分は、30年前地元の中学がものすごく荒れていたうえ、校長先生がこの学校に来るやつはさいしょから落ちこぼれだなんて公言する公立でしたので親の意向で中学受験をしました。

しかし当時は5年生からの通塾で十分、その上親も別に上位の学校を目指さなくていいという感じでしたので、親にいろいろ言われずもちろん家庭教師や個別みたいなくだらないオプションもなし。自分で入りたい学校を見つけ(多分塾誘導ですが)頑張ったので大学受験とそんなに変わった感じはありませんでした。

しかし子育てをして子供を受験と考えた時、今の塾業界のあまりに煽るやり方にどん引き(低学年の塾なんて・・・)。

まず遅くても4年生からを進められ4年生でも宿題わんさか・・御三家が偉いみたいなやりかた。偏差値至上主義。毎月の組み分け、 子供たちはカンニングしてるらしい・・・

その上昔のように受験する子は一部でその親もしっかり考え家庭の方針で行かせたい私立がある親ばかりでなく、偏差値がいい学校がいいと思い込んでいる。

田舎出身の親や自分が御三家出身で御三家以外学校ではないという価値観のまま大人になってしまった親の間で個別や家庭教師まで塾以外にお願いする始末・・なんだかあほらしくなりました。

子供の犠牲は?価値観が偏るのでは? その上今は学校群制度もなくなり 今や公立もかなり頑張っています。

私は実は御三家出身なので中学受験は普通だと思っていましたが、この現状をみてやめようと思いました。

また40にもなると私学で狭い価値観で育ったことの負の部分〈芦田さんがおっしゃること)も感じるようになります。もちろん通っていた時は それなりに楽しかったですが、一貫校だからよいという感覚は違うと思います。


by せんせと呼ばれ早?年(2018-02-21 11:14:25)

ひさしぶりに(コメ欄での切実なやりとりも含め)興味深い文章を読ませて貰いました。ありがとうございます。社会、世間、教育、いろいろなトピックを論じるネタが詰まっていますね。

「こどもに個性なんてない」という芦田さんが書かれた(やや過激な)一文は、つまりこういうことなんじゃないでしょうか。

個性などというものをこどもに簡単に見つけるのは、まちがっていると。こどもの個性なんて所詮大人(とくに親)たちの都合の良い投影にすぎず、むしろ、世間の既成概念にまみれてしまっている大人たちがどう捕まえて良いかわからないような得たいのしれないものを抱えているのがこどもであって、そしてそれこそがこどもの可能性(=社会や世間を変えてくれる素晴らしいもの)であって、どこに転ぶかわからない、それこそがこどもという総体の本質=個性なんだと。それを簡単に「個性を伸ばす」などとテキトーなことを言ってくれるな、ということなのではないでしょうか。


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