by ashida(2009-01-30 13:27:03)
>k さん
あなたは子どもをまるで純粋無垢のように考えていますが、それは間違いです。子どもは元々荒れているものです。それに比べれば、公立中学の「不良たち」なんてはるかにお人好しで、単純です。
彼らから、自分の子供を「守る」ものなんて何一つないのです。子どもは元々「不良」です。
「いい子」「悪い子」なんて存在しません。元から〈子ども〉は親殺しのために存在しているのですから。
by MIRACLE(2009-01-30 22:29:18)
子供の本質といったことでは、芦田さんの言うとおりだと思います。
私は、前職は公立の教育機関の教員でした。その関係で、いわゆる「不良」とよばれるような子供たちに接してきました。
行動がひどすぎて、関東の教育機関では受け入れる教育機関がほかにはない、というような子供たちとも接してきました。
そのような彼らでも純粋というようなところを持っていました。
「いい子」とか「悪い子」というのは存在しないのだろうと思います。
子供の世界に、安易に大人が干渉するのもよくないようです。
「子供」には「子供」の世界もありますし、「子供」でいられる時間もあるのだろうと思います。
「子供」であるうちは、(これも芦田さんの言うとおり)同じ「友達」との関係のなかで育っていくのだろうと思います。
by ashida(2009-01-30 22:49:38)
>MIRACLEさん
そうですか。公立の現場からの発言ですので説得力がありますね。
私のいた専門学校には、公立高校の教員に相手にされなかった学生がかなり入学してきていましたから、間接的にそういった高校の「教育」(教員)や「生徒」が見えてきます。
ただしまだまだいくらでも彼らのアプローチする方法はある。偏差値40で入ってきても、偏差値60の学生が入学した大学と同等かそれ以上の就職を実現させる方法は私の専門学校はもっていました。
だから、「不良」なんて大したことはないのです。彼らは、一度心を開くとしつこいほど向こうから寄ってきます。あっちへ行け、と言っても付いてきます(苦笑)。
若い子達はみんなそういった孤独や愛情不足を有しています。だから、こちら側(教育する側)の態度を変えればいいだけのことなのです。向こう(生徒や学生)の問題ではありません。
でもそのことを教員集団に理解させるのは、とてつもなく大変なことでした。未だにわかっていない教員もたくさんいます。
たぶん、教育の本質は、生徒や学生を変えることにあるのではなく、彼らにかかわる人間が不断に変わり続けることです。相手を変えるには自分が変わるしかありません。それが私が理解している教育の本質です。
by みちまなぶ(2009-01-31 00:35:23)
私は結構前から芦田さんの教育論に惹かれています。
私は公立中学に通っていたのですが、今思うとかなり冒険していたと思います。ただ、中学生がいくら悪いことをするといっても、実際は教育者が制御できていない為(または見放すだけ)に「荒れている」と表現されるだけなのではと思います。
局所的には想像を絶する所もあるというコメントを拝見させていただきましたが、たぶん私もその局所を経験した人間ですが、現役で国立大学へ入れています。
ただ、社会構造的には子供には辛い環境が増えてきていると感じています。その子ども達を救うためには、芦田さんのような考えを持った大人が増えるしかないと思います。
追記「日本語のゆくえ」読了しました。
by Nより(2009-02-08 22:59:30)
はじめまして。
突然メールを差し上げる非礼をお許しください。「にほんブログ村」の教育カテゴリーからたどり着きました。
私は中学高校受験指導に長年携わってまいりました。
家庭教師として、また以前は大手進学塾の時間講師として、中学高校とも御三家と呼ばれる学校を筆頭に、多くの学校に合格させてきました。
その経験から、また公立中学から芦田さんの息子さんと同じ大学、学部に娘を進ませた体験(高校は特殊なところでしたので東京の私立でしたが)から、現代の「私立中学受験ブーム」に反対しております。
理由は、芦田さんがあげられたものにすべて同意いたします。
小学校時代は、勉強より大切なものがあること。家族との団欒、友達との交流、今でなければできない「遊び」も含んだ人生体験。それらをすべて犠牲にして中学受験にのめりこむほどの価値は、ほとんどの子どもにとってないこと。
小学校3年から通塾、5、6年では22時近くまで塾にいて、就寝時間は0時を回る、そんな生活をしていて、出口がGMARCHと呼ばれる大学に入れれば御の字である。
あまりにコストパフォーマンスが悪すぎます(教育はコストパフォーマンス重視であるべきでないことは重々承知しておりますが)。
そういうと、「私立に進ませるのは大学進学のためだけではない。環境を買うのよ」という「私学教の信者」としか思えない方々の反論が寄せられます。
でも、それはほとんどの場合綺麗事であるし、また「環境を考えるなら、なおさら公立を選ぶべき」と思うのです。
その理由も、芦田さんがおっしゃっているとおりです。
純粋培養で育てて、ろくなことはありません。世の中にはいろいろな人もいると知り、どんな人たちとでもそれなりに付き合っていける術を身につけるべきです。
特に男子は。この点だけは、芦田さんがおっしゃっていた「特に女子中に入れる価値はない」とちょっと異なります。
女の子であれば、これからはますます少なくなるでしょうけれどまだしばらくは存在するだろう「同じ価値観、生活レベルの人しかいない社会から出ない専業主婦」という選択肢がある、しかし男子はそれでは社会でやっていけないという理由です。
また、「女子校」(別学)の問題点という面では、私は県立の女子校(浦和第一女子高校」出身であり、長い人生の一時期別学を体験することは、異性の大切さを再認識する意味からも、決して無駄ではなかったと思っているからです。
しかし、それでもなお「地域の公立の価値」を否定するものではありません。
確かに、ごく一部、公立に行かせたらつぶれてしまうお子さんもいるでしょう。
でも、それは「優れているから」でなく、逆に「弱すぎる」ことが理由なのですよね。
親か子どちらかが精神的に脆弱で、多様な価値観の中でうまくやっていけない。
同じ立場の人と傷を舐めあって生きるしかない、そういう人は私学を選ぶしかないでしょうね。現代社会の荒波を泳いではいけないでしょうが。お気の毒です。
健全な心身を持っていれば、公立恐れるに足らず、のはず。
それがどうしてこんなブームになるのか。それは少子化におびえる私学と塾業界の煽りに踊らされているに他ならないと思うのです。
「公立中学に進んだだけで人生負け組」そんな根拠のない妄想から、多くの保護者を解き放つことを私は自分のライフワークにするつもりです。
今までの自分の仕事は、上記の信念との葛藤に悩まされてきました。
しかし、去年から、私と同じ考えの塾長(小学校生活を犠牲にしてまで望む価値を私立中学に見出さない)の経営する個人塾で主に公立高校受験生の指導を任されております。
私が在住しているのは埼玉県の浦和地区です。もとから公立王国といわれている地域で、保護者にも高学歴、堅い職業の方が多いです。
そのため、塾産業に踊らされることなく、しっかりした考えを持ち、小学校時代は実体験と交友関係、社会体験重視、当たり前のように公立中学に進学させています。
そして、U高校、U一女をはじめ、大学進学実績では私学に遜色のない公立高校に余裕を持って進学していくのです。
私は、部活動に生徒会活動にと活躍しながら、勉学にいそしんでいる生徒たちを心の底から誇りに思っています。
中3の駿台模試(中学生対象としてはおそらく日本最難関のレベル)で、私が指導している教科で、おそらく中高一貫私立や国立、難関私立受験のために過剰な通塾を強いる大手塾の生徒を尻目に、全国3位(性別では全国1位)をとった子さえいます。
彼らを見ていると「健全な中学生の典型を見る」思いであり、「こういう子たちが将来の日本を背負って立って欲しい」と思うのです。
これからも、彼らの持てる能力を、最大に引き出す手伝いをしていけることを、心からの喜びと感じていきます。
長々と書いてしまいました。申し訳ありません。
今まで教育系のサイト(インターエデュなど)で、こういう主張をしても「私立にいけなかった僻み」と一蹴されるばかりで、切歯扼腕しておりました。
「わが意を得たり」の書き込みを読んだあまりの嬉しさに、筆が進んでしまいました。
今、上に書きました、息子さんの太郎さんの後輩に当たる我が家の一人娘は、就職活動に走り回っております。
やはりマスコミ第一志望で、すでにテレビ局は何社か落ちてしまい、当日はショックのようでしたが、気持ちを立て直してがんばっているようです。
娘の憧れの企業に複数合格された太郎さんにあやかりたいです。太郎さんのブログを読むように勧めたいと思います。
ご縁がありましたら、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
見ず知らずの方に、初メールで長文をさしあげましたこと、ご寛恕いただけましたら幸いです。
末筆ながら芦田さまのご健勝とますますのご活躍を心からお祈りしております。