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家内の症状報告(95)番(http://www.ashida.info/blog/2008/02/post_264.html#more)は私には衝撃的でした。特に、Annals of Neurologyの2008年1月の論文の内容。「MS再発時病理像はたった1パターンに集約され、その唯一のパターンとは、髄鞘に対して免疫グロブリン(抗体)と補体が結合し、マクロファージが集積している脱髄、つまり、液性免疫が主体であると」。これを理解するためには、私が昨年7月、読売新聞医療取材班が私の自宅に訪問したときに書いた記事が参考になります。一部修正しながら再録します。
●多発性硬化症(あるいは日本型視神経型多発性硬化症)と視神経脊髄炎との違いは、(私がこれまでに参照したいくつかの論文を粗雑にまとめると)以下の7点。
1)視神経や脊髄に局所的に炎症が起こる(古典的多発性硬化症のように脳内や視神経、脊髄に遍在しない)。
2)炎症箇所が長大な場合が多い。脊髄炎の場合、長軸方向に3椎体以上にわたる病変がある。古典的多発性硬化症の場合、基本的に脊髄の腫脹はない。長軸方向の長さも2椎体未満(視神経炎と脊髄炎のみを呈する場合でも、脊髄病変が短い場合はNMO-IgGは陰性である場合が多い)。 。
3)一回の再発での症状の悪化が著しい。重度障害が多い。高度の視力障害(失明)、高度の下肢障害が起こる。
4)女性が圧倒的に多い。
5)古典的多発性硬化症の発症年齢に比べて10年くらい発症年齢が高い。高年齢者が多い。
6)インターフェロンベータが症状を悪化させる場合がある。
7)NMO-IgG(抗アクアポリン4抗体)が陽性。
最後の7点目の検査が最近日本のいくつかの病院で行われるようになって、長い間、MSの「亜系」と思われてきたNMO病(=DEVIC病)、日本で多い視神経脊髄型MS(=日本型MS)が少なくとも古典的MSではない、と判断できることが明らかになってきた。
この判断が重要なのは、少なくとも古典的MSとは治療法が異なるということ。インターフェロンのような免疫調節作用のある薬は効かないばかりではなく、むしろ症状を悪化させる場合が多く、免疫抑制型(ステロイドやアザチオプリンなど)や血液浄化法(血液吸着、血漿交換)を処方する必要があるということ。
ステロイドも血液浄化法も、予防効果はないとされてきたが、NMO-IgG(抗アクアポリン−4抗体)が陽性の“MS”では、予防的にも意味があることがわかってきた。
アクアポリン(AQP)は、全身に分布しており、細胞間の水移動には欠かせない分子。様々な病気と関係しており、現在までには3つの疾患への関与が報告されている。
AQP1は腎性尿崩症、AQP0は先天性白内障、AQP5はシェーグレン症候群に伴うドライアイなどである。中枢神経において存在するAQP4は、脳虚血後の脳浮腫に関与しているとも言われ、脳浮腫の治療に用いられるステロイドホルモンがAQP4の発現を押さえることも報告されている。
AQP4が、NMO-IgGの標的抗原であったことには、二つの意味がある。
一つは、水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患があるということ。これまで水チャンネルに対する自己抗体により発症する疾患は報告がなかった。もう一つは、NMO-IgGの標的が、ミエリンやオリゴデンドロサイト由来の蛋白ではなかったこと。
AQP4は、アストロサイトのfoot process膜(astrocyte foot process)に豊富に存在しており、アストロサイトを主座とした免疫異常が中枢神経脱随性疾患を引き起こす可能性があるということ。
そういった意味で、今回のNMO-IgGの標的抗原が発見されたことは、治療法の大きな転回となる。特に細胞性免疫ではなく(MSは脳脊髄炎モデル動物の研究から細胞免疫優位な疾患と考えられてきたが)、液性免疫に関与する治療法(血液浄化法など)の開発が課題。
これまで、MSの有力なマーカーは、髄液のオリゴクローナリバンドやIgGインデックスが中心だったが、アメリカのLennonたち(メイヨー・クリニック)によって、視神経脊髄型MS(アメリカではDEVIC病)の患者の73%の血清中に抗AQP4抗体(=NMO-IgG)が陽性であることが発見された。これが2004年。要するにMSとNMO(視神経脊髄炎)とが区別されるようになったのが、このLennonたちの2004年の発見だったのである。
日本(東北大学以外)では、この発見の認識と重視が遅れた。日本ではこの時期が細胞性免疫に関わる免疫バランス型治療薬ベータフェロンの認可と重なったために余計に遅れたのである。「MSで唯一エビデンスがある」とされているベータフェロンを2004年以降も無反省に使っていた。
ベータフェロンを打って悪化する事例が多数あったにもかかわらず、「これを打たなければ、もっと悪くなったかもしれない」という医師は2004年以降もたくさんいたのである。
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